介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2019年03月

厳然とした事実として、死、というモノがある以上

若い頃はエネルギーが横溢しているので、その必然の結果として能動的なもの、あるいは攻撃的なものへ、思考、もしくは、行動が、傾くのは当然である。

そのため、活動的でないものを軽視し、華々しいものにあこがれる。

僕の場合で言えば、格闘技や喧嘩腰の議論、海外への旅、などが、それになります。

強いモノ、アクティブなモノ、への志向から、空手や少林寺拳法、中国武術などに興味を持っただけでなく実際に道場に通いました。また、ブルース・リーへの傾倒から、香港にも3回行きました。

武道や格闘技の話をしだすと止まらなくなるので、この辺で押さえますが、要は、若い頃は、能動的攻撃的傾向があるということです。

ところが、年を取るとともに、僕の場合は、次第に受容的、内省的になっていきました。

まず、厳然とした事実として、死、というモノがあります。

3年前には、在宅で父を看取り、去年は母を亡くし、ますます、死、というモノを考えるようになりました。

そして、死を考えて思ったことは、どんなに鍛えても、強さにアイデンティティを依拠するのは虚しい、ということです。

これは、美についても言えます。

どれほど美に執着しても、年とともに容色が衰えていくことを止めることはできません。

それゆえ、美、にアイデンティティを置いている人も、早晩、苦しむことになります。

ですから、この世の移ろいやすいもの、今の例で言えば、強さとか、美とかに、アイデンティティを置くべきではない、というのが、僕の考えです。

で、まず、大切なことは、衰えていく自分、という事実を受け入れる。

その上で、自分が最善と思えることを成していく、ことではないか、と思うのですね。

で、縁あって出会った自彊術ですから、僕は、これに、今日から取り組もうと思います。

そしてできれば、自分の肉体と対話できるところまで行きたい、と思っています。

格闘技には戦う相手、つまり敵がいますが、自彊術には、敵はいません。

敵がいないことを、無敵と言うのです。

60代最大の関心ごとの一つかもしれない

元横綱の、北尾氏が亡くなったことを聞いたとき、僕が改めて思ったのは、格闘家が意外にも短命であること。

千代の富士もそうでしたが、僕が若い頃に馴染んでいた空手でも、たとえば、黒澤浩樹。

極真の全日本大会で、初出場初優勝した、ファイティングマシーンと呼ばれた男です。その黒澤が亡くなったのが、50代。

また、かつて、マンガにも登場した、ケンカ十段、芦原秀幸も、短命でした。

芦原秀幸は、極真会館を破門されたのち、四国松山に、芦原会館を開きました。

四国と言えば、僕が十代の頃に影響を受けた宗道臣の少林寺拳法の本部道院があるのが香川県。

で、武道とは離れますが、僕が18年弱、信仰していた幸福の科学の教祖、大川隆法が生まれたのが徳島県。

そして、僕が尊敬する坂本龍馬が生まれたのが高知県。

と言うことで、四国四県は何かと縁があり、いずれの県にも行っていますが、どこに行っても、食べ物がうまい印象です。

まあ、それはさておき、何を言いたかったのかと言うと、あまり無理な鍛え方をすると、健康寿命に影響するのではないか、ということです。


そして昨日、僕の友人のSSさんが、やっている自彊術と言うのを、見に行ってきました。

昼頃に仕事を終えたあと、隣の市のレストラン天狗でランチ。支払いは、500円分の株主優待と、現金140円。税込み640円の日替わりランチをいただきました。

午前勤務のときは朝食は食べないので、ライスとお味噌汁をお替りしました。


その後、お寺で開催されている自彊術を見に行ったのですが、そのお寺が、レストラン天狗の近くで、単立のお寺で、街中にあるため、駐車場もないようで、くるまはそのままレストラン天狗の駐車場に置いたまま、歩いて行きました。

そして、高齢者の集う、自彊術教室の片隅で、見学させてもらいました。


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うーん、自彊術。よさげです。

自分で、器具も何も使わず、自宅でも、できるのがよろしいかと。

で、帰りに、SSさんが、DVDを貸してくれました。これを見て、独習しろ、と。

で、できれば、本も買ったほうが良い、ということで、本も紹介してもらいました。

その本も、楽天ブックスで、楽天ポイントを使って購入しようかと、今、検討中です。

うーん、自彊術。

とりあえず、ぼちぼちと始めてみて、その後どうなったかは、またいずれ、経過報告いたしますね。

何と言っても、健康あっての人生だと、改めて思った昨日でした。


実は、身近にいる億万長者

僕は自分の資産(というほどのものではないが)も、ブログで公開しているので、いかに倹しい生活かは、わかってもらっているとは思いますが、実は意外にも、億万長者は身近にいたりします。

たぶん、あなたのすぐ隣にもいますよ。

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その点は、浮遊霊と同じかもしれません。

たとえば、この人、ロナルド・リード

1922年、アメリカのバーモント州ブラトルボロで生まれたロナルド・リード。彼は地元のバーモント高校を卒業した後、第二次世界大戦で北アフリカ、イタリアで兵役につきました。


やがて第二次世界大戦が終わり、彼は地元のバーモント州で、兄とともに自動車修理工として働きました。

しかし、その工場は他社に売却され2人は職を失ないます。

ロナルドはその後、大手デパートでの掃除夫やガソリンスタンドの店員として働きました。


彼は少ない給与でもコツコツと真面目に働き、倹約質素な生活を続けていました


彼の死後、遺産分与に関する遺言状が弁護士に託されましたが、彼の職業や収入から考えると、その遺産は当然微々たるものだと思われました。

しかし、実際には、ロナルドが所有していた株式の束を確認したところ、なんと彼の資産は800万ドル(約9億610万円)にもなっていたのです。


その遺産はロナルドの遺志に従い、ブラトルボロ・メモリアル病院に480万ドル(約5億4300万円)、ブルックス図書館に120万ドル(約1億3500万円)が寄付され、残りは親族や友人に分けられました。


もう一度言いますが、ロナルドの職業は自動車の修理工やガソリンスタンドの店員です。


あるいは、日本人であれば、本多静六なら、知っていますよね。

僕が住む埼玉県が生んだ偉人です。月給の4分の1を天引き貯金して、財を成した人です。


実は、僕の職場のアルバイト仲間にも、億万長者がいることが判明しました。

今度、その人についても、書いてみます。

赤毛とソバカスにまた行きたい(もうないけど)

高校時代のときどき行っていたロック喫茶、赤毛とソバカス。

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吉祥寺にあったのですが、高校3年ともなれば、車の免許を持っている友達もいて、そいつらの車で吉祥寺に。


赤毛とソバカスは、ジャズ喫茶もあったのですが、当時は僕も仲間もだれ一人、ジャズを聴く者はおらず、当然ロック小僧で、ツェッペリンとか。


まあ、僕は、イエスとか、クリムゾンなんかをリクエストしていたのですが。あとは、ピンク・フロイドね。プログレが多かったですね。






ただ、当時一番耳にしたのが、ジェフ・ベックだったと思います。

ファンが多かったんでしょうね、その必然として、リクエストも多かったのだと思います。

確かに、ジェフ・ベックのギターはすげえとは思います。僕も、今でもたまに聴いています。


で、それはさておき、やっぱ、クリムゾンをリクエスト。






イエス、キング・クリムゾンときたら、ピンク・フロイドをリクエストしないわけには行きませんね。

と言うことで、




当時の、プログレ御三家と言うか、何と言うか。

思春期にいい音楽をたくさん聴いていたおかげで、老後も、これらの曲を聴くたびに、当時の楽しかった日々がよみがえります。

今でも年に三日くらいは、ひとりプログレ祭りで、プログレを聴きまくることもあります。


一か月更新のアルバイトで食いつなぐ日々

今月も無事、お給料をいただけましたことを、皆様に報告いたします。

そしてまた、無事、一か月更新の契約書を更新できたことを報告いたします。


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上記雇用契約書は、去年のものですが、このような書面を、毎月渡されます。

だいたい、給与明細書と一緒に渡され、サインと印鑑をして返却します。そして、自分でも一枚持って保存します。

上記文面にあるように、「会社の経営状況、本人の能力に」とあるように、一か月更新のアルバイトは、雇用の調整弁の役割もありますね。

そもそも派遣社員でもあるわけで、派遣されてその工場に行き、働いているわけで、まあ僕は、もう60歳だし、子育て世代でもないので大丈夫ですが、現役世代はきついでしょうね。

どうも聞くところによると、僕が働く工場も、正社員よりも派遣社員のほうが多いという噂です。

まあ、僕の目から見たら、誰が正社員で誰が派遣社員なのか、見分けがつくはずもなく、とにかく顔を合わせれば、誰にでも挨拶して、つつがなく仕事をこなすだけです。


年金をもらえるまでは、あと5年。

報酬比例部分をもらえるまでは、あと3年。

住宅ローン完済までは、あと9年3か月。

まあ、そんな先のことは考えず、毎月、更新された仕事に取り組むといたしましょう。


天涯孤独のおひとり様にとって、近所づきあいはある意味死活問題、でも素顔のままでいられたらいいよね

昨日は、自治会の総会でした。

年に1回の総会、欠席するわけには行きますまい。

ましてや、天涯孤独のおひとりさま。

近所づきあいは、ある意味、死活問題。

ゆめゆめおろそかにはできませぬ。

僕のご近所も世の中の縮図である事実に変わりはなく、高齢化が問題になっています。

で、昨日議題に上ったのは、毎年春と秋に行われる一斉清掃について。

この一斉清掃は、介護離職後は、僕は欠かさず出席しています。

それまでは、ホテル勤務だったため、日曜日が出勤日に重なることもあり、必ず出られるわけではありませんでした。

で、父も母もなくなり、天涯孤独の身となった今は、アルバイトを探すときも、必ず、日曜休みのところでした。

それは、勿論、自治会の活動に欠席しないため。

近所づきあいをなめてはいけません(誰も舐めていないって)。

会社の人間関係から解放されても、近所の人間関係は、自分が今の家に住む限りはついて回ります。

そして、この家は、終の棲家。

だからこそ、近所づきあいは大事なのですよ。


人生なんて、良いときもあれば、つらいときもあるもの。

以前、僕は、近所づきあいで、つらい経験もしているので、特にそのへんは気をつけています。

まあ、肩ひじ張らずに、肩の力を抜いて、なるべく素顔のままの付き合いを心がけています。





天涯孤独のおひとり様にとって、近所づきあいはある意味死活問題。

でも素顔のままでいられたらいいよね、と思っています。

自分の思い通りになることとならないことを見極めて、足ることを知って生きる

昨日は、午前中は霙交じりの雨が降っていたので、自宅警備とブログパトロールの日と決めて、コルトレーンを聴きながら、パソコンの前に座っていたのですが、ずっと座っていたら、ちょっと苦しくなってきました。

なんか、事務職の人って、こんなふうに座っているのだとすると、やっぱそれだけでも大変な仕事なのだな、と思ったりもしました。

ジョン・コルトレーンのアルバムはものすごい数があるので、とても全部を聴き切れるものではありませんが、縁あって入手できたものを大事に聴いています。

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昨日、繰り返し聴いていたのは、ジョン・コルトレーン アンソロジー1956-1958。

さて、世の中には、自分の努力ではどうにもならないことにこだわって悩んでいる人がいます。

まあ、そういう僕も若い頃は、そうだったのですが、あるときに気づいたのですよ。

この問題は、俺が、どんなに悩んでも解決しない、と。

だったら、悩むだけ損じゃね、と。


その気づきを得てからは、徐々に悩みからは解放されていきました。

悩むたびに思うのですよ、これは俺がどうにかできる類のものか、とね。

そうすると、次第に、悩みを客観的に突き放して見られるようになりました。

つまり世の中には、自分の思い通りになるものとならないものがあるのですよ。

で、自分がどうにもできないことは、悩むだけ損なのですよ。

その無駄なエネルギーを、もっと建設的なと言うか、もっと自分が楽しくなるために使ったほうが良いのではないのかと、思いますね。

昨日は僕は、コルトレーンを堪能して、楽しかったですよ。楽しかっただけでなく、味わい深かったですよ。

ジャズとボサノバと沖縄民謡が好きだと他人には言っているのですが、今は家にいるときは、8割がジャズですね。で、あと1割がクラシックで、もう1割が、その他諸々。

で、そのように音楽でも、自分の好きなものを聴く。これは、100パーセント自分の自由。

自分の自由になることは、全部自分の好きなようにする。

だけど、自分がどうすることもできないものに関しては、あっさりとした気持ちで眺める。

そのようにして、足ることを知って毎日を暮らしていれば、まずそうそうストレスなどもなく、伸び伸びとやっていけます。

普通に起こり得る遺産相続の怖い話

昨日アルバイトから帰って、昼食を作っていたときに、何気なくつけたテレビ。

NHKの「助けて!きわめびと」約40年ぶりに変わる「相続の新ルール」というのを、みていて考えさせられました。

高齢の夫に先立たれ、一人残された老婆とその二人の子供、長男、長女、の三人の相続の話でした。

長男も長女もそれそれ自分の家庭を持っています。

で、法律では、妻である老婆が二分の一、残りの二分の一を二人の子供がわけるのですが、資産は持ち家(2000万円相当)と預貯金1000万円。

どうしても分け前が欲しい長男長女は、老婆の住む自宅売却を提案。

老婆は渋々売るのですが、高齢のため、なかなか次の住処が見つからず、やっと見つけたアパートは、知らない町の中にあり、近所づきあいもなし。

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誰も幸せにならない、あえて言えば、長男長女だけが、それぞれ750万円という現金を得ただけの話。

で、このほど、相続のルールが変わり、高齢の夫に先立たれた妻は、その家に住み続ける権利を持つというモノ。


遺産相続は、僕も経験しています。

ただ、僕の場合はきわめてシンプル。

兄弟もなく、義理の母とも仲が良かったので、もめることはまったくありませんでした。

と、ここまで書いたところで外を見ると、何やら霙交じりの雨が降っています。

今日は外は寒そうなので、自宅警備とブログパトロールとしますか。

まあ、週末の休みは、雨の日はのんびり過ごさなくちゃね。


栄華を極めたときのソロモンでさえ

お金のある無しにかかわらず、人生における幸福の種はそこかしこにあります。

たとえば、季節の移ろい。

僕が、今のアルバイトを始めたのは、昨年の7月。

暑い盛りでした。

母が死んだのが5月。

そして、母の四十九日法要を終えたのが7月初め。

その区切りがついて、すぐに仕事につけたのは、天の恵みとしか言いようがありません。

介護生活ののち、ミッシングワーカーになってしまう人もいると聞きますからね。

で、仕事は、午前勤務と午後勤務を月替わりでやるのですが、たとえば午前勤務であれば、冬などは、暗いうちに家を出ます。

そして、3月の今は、もう、出勤時間には空が明るくなっています。

こうした季節の移ろいを身をもって感じられるのも、早朝に家を出るからこそです。

午後勤務の場合は、午前をゆったりと過ごせますし、それはまたそれで良いものです。

わずか25分ほどの通勤時間でも、季節の移ろいを感じたり、今の時期であれば、菜の花の咲く風景を見たりするのも心が和みます。

昨日、勤務先の工場の片隅に、黄色い花が咲いているのを見て、写真にとりました。

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この黄色い花を見たときに僕が自然につぶやいたのが、マタイによる福音書の一節。

「栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」

ソロモンというのは、イスラエルの王で、巨万の富を持っていた人です。そのソロモンでさえ、この一輪の花ほどには着飾ってはいなかった、ということ。

豊かさというのは、すぐ足元にあったりします。ただ、それに気づくか気づかないかは、人それぞれ。

この一節の前後の記述は、深い内容です。マタイによる福音書だと第6章に当たる部分。ルカによる福音書だと12章に当たる部分ですね。

うーん、深い言葉だと思いませんか。

アルバイト先の工場の敷地の片隅に咲く黄色い花に癒された時間でした。

ライフで見た二人のおばさんのびっくりする行動

僕がメインに利用しているスーパーマーケットのライフで、二人のおばさんのちょっとびっくりする行動を見たときのことです。

一人は、品の良さそうなおばさんで、キャベツの安売りの日でした。

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ひとつ98円だったのですが、そこは野菜のこと、大きさに違いがあります。

で、誰でも少しでも大きなキャベツが欲しいところ。

そうは言っても、そこにあるものから選ばねばならず、僕も御多分にもれず、複数並んでいる中から、大きめのものを選んだのです。

で、キャベツを買い物かごに入れる際、外側の汚れた葉は、横に置いてあるごみ箱に捨てます。

そのため、隣接のごみ箱はキャベツの葉でいっぱいに。

そのキャベツの葉を数枚、品の良さそうなおばさんが拾っていたのです。

僕は、嫌な気は全くせず、どこか申し訳ないような気持ちになりました。

この同じ日、別のおばさんのびっくりする行動も目撃しました。

こちらのおばさんは、どことなく身なりが汚らしい感じで、顔つきも卑しさが出ていました。

そのおばさん、何と刺身コーナーから、カゴに置いてあるワサビと生姜を大量に手につかんでポケットに入れていました。

そのワサビと生姜は、刺身を買った人が必要なだけ、たいていは一つか二つ持ち帰るものなのです。

それを、刺身を買いもせずに、ワサビと生姜だけを鷲掴みしてポケットに入れ、何を思ったかまた戻ってきて、別の場所のカゴの中のワサビと生姜もまたいくつかつかんで、そそくさと歩いて行きました。

最初に見たおばさんには好感を持ち、あとに見たおばさんには嫌悪の感を持ちました。

まあ、その感情も一瞬想起しただけで、いろいろな人がいる、と思い、自分の買い物を続けたのですが、いろいろな場所で見る人の行動で、いろいろなことを想像することがあります。

人生いろいろ、おばさんもいろいろです。

ヤクザの足抜けもラインで済ませる時代

ヤクザと言えば、昔は、仁義なき戦いとか、それなりに映画館でも人気があったように記憶しています。

で、今時のヤクザはと言えば、シノギが大変だということを、ネットで知りました。

どこに行っても、タトゥーお断りの看板を目にします。

たとえば、スーパー銭湯にしても、そう。

僕は、40代の頃でしたか、両親と親戚の叔父を車に乗せて、行った群馬県の老神温泉で、たまたま深夜に、大浴場で、二人の入れ墨をした男性と脱衣所で遭遇しました。

向こうも、多少は遠慮をして、深夜に入ったのでしょうが、僕は、温泉旅館に泊まるときは、基本、夕食前、と夕食1時間後、そして、深夜の、3回、そして翌朝早くに、1回、計4回は風呂に入るので、僕にとって深夜の大浴場や露天風呂は、普通なのですが、タトゥーをした者に遭遇したのは初めてでした。

まあ、びっくりはしましたが、別に変に意識するほうが良くないと思い、普通に風呂に入りましたけどね。

で、最近のヤクザですが、経済的に追い詰められていることが多く、若い衆も、食えなければいても意味がないので、やめていく 者も多いとのこと。

そして辞める際には、指を詰めるどころか、ラインで、ヤクザ辞めます、でバックレて終わりだそうです。

うーん、どの世界も、諸行無常ということでしょうね。

お金を使わずに楽しく暮らせるのも、一つの才能じゃね

さて、一昨日の記事で、僕が生活保護費以下でも楽しく暮らしているという話をしました。

で、今日は、その暮らしについて話してみたいと思います。

人間に必要なものは、突き詰めて言えば、衣食住、たったこれだけ。

僕の場合、親の介護で建て替えた家の住宅ローンがあるので、その分の固定費は避けられませんが、それを除けば、だいたい月6万円ほどで十分やっていけます。

その理由は、シンプルな生活をしているからです。

住宅ローンを払っている家がある。これが住ですね。

小食になったとは言え、人は食べなければ生きられない、これが食、ですね。

残りの衣は、年間にしても1万円くらい。だって、もう育たないし、おしゃれの必要もないし。

まず、人間としての基本的な欲求が満たされた上で、必要になるのが、教養費や交際費などでしょう。

教養費については、僕は公立図書館を最大限活用しています。新刊で読みたい本はリクエストします。つまりタダで、しかも一番手でその本が読めるというわけですね。

また、新刊に限らず、僕は3つの市と僕の町、つまり計4つの図書カードを持っており、それを有効活用しています。

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現代は、YouTubeもあるので、たいがいの娯楽はそこで見れます。つまり、昔と違い、無料で手に入れることのできる情報や娯楽がわんさかあるのですよ。

また、恒常的に見ているブログも100近くあり、そうしたブログからも楽しみを得ています。

交際費は、現役を退いたら、最低限に絞り込めば、楽になります。

たとえば、僕は2年前から年賀状を書くのをやめました。もう、儀礼的なあいさつなどは、めんどいだけで意味がありませんからね。

まあこれも断捨離の一つですが、老後を生き抜く上での知恵でもありますね。


ということで、老後生活は意外にお金を使わずに済みそうです。

ただし、それには前提条件があります。

それは、心身ともに健康であること。

体が普通に健康で、心のほうものびのびしていること、これが、前提です。

そのためには、くよくよせずに、明るく生きることではないでしょうかね。

人生は死ぬまでの旅ですから、楽しい旅にするためにも、明るく生きることは肝要だと思っています。


集める泡のもろさより君の心は傷つきやすいから

ブログなどを書いていても、だいたいは、思っていることの半分も書けずに終わるのが常で、それでも言葉にすることで、少しは整理が付いたりすることもあります。

僕の友人の身内に、長い間引きこもっている人がおり、たいがいそのような人たちは、社会に出て傷ついて、世間が怖くなり、引きこもることが多いように思います。

まあ僕も、引きこもりに近い経験をしていますが、人は言葉で傷つきもし、言葉で元気になったりもしますね。

聖書の中にも、「口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」とあります。






海なし県に住んでいるので、ときどき、無性に海が見たくなるときがあります。


僕が生活保護費よりも少ない金額で暮らせる理由

僕の毎月の収入は、ザックリ言って12万5千円ほど。

勿論、日給月給のアルバイトなので、月によってばらつきはあります。

そこで、アルバイト収入を11万円として計上。

そして、ある資格を貸していることから得られる収入が、1万5千円。

これで、12万5千円です。

住宅ローンが、約6万6000円。端数は切り捨てています。

すると、残りが、6万円弱。

これで、一か月、十分暮らしていけます。って言うか、現に暮らしています。

一方、生活保護費はと言うと、


高齢単身世帯(68歳)のケースで、78,470円

これに加えて家賃分の金額が住宅扶助として現金で支払われることになります。たとえば、6万円の家賃なら、そのまま6万円が支払われるわけです。

つまり、上記の、78,470円は、純然たる生活費です。

また、生活保護受給者は医療費他、さまざまなサービスが無料で受けられます。

僕の場合は、医療費も、生活費の6万円の中から支出しています。

今の季節ですと、3月初旬に耳鼻咽喉科に行き、花粉症対応の薬をもらってきました。これによる支出が3000円(医者への支払い約1200円、薬局への支払い約1800円)ほど。

生活保護需給者の全員ではないと思いますが、保護費が少ないと文句を言う者がいます。

僕から言わせれば、これだけ優遇されていて文句を言うのは如何なものかと思います。

生活保護については、以前に、以下の記事で言及しています。

生活保護のY氏に薬痴寺(やくちじ)先輩からも一言が

生活保護について、もう少し言わせてください

さて、僕が生活保護受給者よりも少ない金額で、楽しく暮らせているのは、お金を使わないで楽しく暮らす工夫をしているからだ、と思っています。

その楽しい工夫についても、いずれ記事にしたいと思ています。

糸の切れた凧のように過ごす喜び

今は5時間という短時間とは言え、平日はアルバイトをしているので、ときどき、糸の切れた凧のように過ごしたいと思うときがあります。

糸の切れた凧は、どこに飛んで行くのも風任せ。

まあ、僕の場合は、だいたいの枠組みだけ決めて、あとは流れに任せる、という感じ。

で、昨日は、久しぶりの有給を取った平日だったので、ふらりと東松山方面へ行ってみました。

母が生きていた頃、毎週金曜日は、高坂の気功整体に行っていたのですね。気功整体の時間はおよそ1時間なので、その間僕はピオニウォークをぶらぶらしたり、ケーズデンキで無料マッサージを受けたりしていました。

それを思いだしたので、まずは東松山の藍屋へ。

11時についたので、個室に案内してもらいました。


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早く店に入れば、ひとりでも個室に案内してくれます。

で、たのんだのは、本日の刺身定食。


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で、僕は3月生まれなので、今月は、お赤飯かワインのプレゼントがあるので、迷わずお赤飯を依頼。

お赤飯をお土産にもらいました。

支払いは、1000円分の株主優待券と、オーバーした分はクレジットカードで。Tポイントを付けるのも忘れずに。

その後、ケーズデンキに行き、マッサージチェアで、無料のマッサージを堪能。

その後、空中廊下を通ってピオニウォークへ。

一階のスタバでドリップのトールをマイタンブラーに入れてもらい、2階の見晴らしのいいフードコートで、人々と風景を眺める。

いろいろな人を眺めるのが好きなんですよね。

で、何かやたらと、中学生くらいの子供を見かけたのですが、今日は平日じゃね、と思ったのです。

ああ、もう中学3年くらいになると、卒業式ももしかしたら終わってるのかな、などと、子供のいない僕が想像。

事実はどうなのかわかりませんが、中学生くらいの子供もかなりの数うろうろしていましたね。

その後、カインズホームに行き、一番安い急須を購入。

しばらく前に、急須を落として壊してしまったのですよ。

その後、坂戸図書館に行き、期限の過ぎた本を返却。

僕は3つの市と、僕の住む町の図書館の、4つの貸し出しカードを持っており、これは、隣接する市町村が協力して、発行しているものなのですが、重宝しています。

その後、ふるさとの湯というスーパー銭湯に行き、壺湯や露天風呂、炭酸泉などに浸かって、帰りにコモディイイダで買い物をして帰ってきました。

コモディイイダの弱点は、僕が普段利用しているライフやベイシアと違って、現金しか使えないところ。でも、ちょうど帰り道にあったので、寄ってみたのですよ。

久しぶりの温泉で、多少湯あたりしたのか、昨日は21時にはねてしまい、今日起きたのは8時なので、11時間も寝た計算になります。

まあ、好きなだけ寝られて、幸せですよ。

僕の家は陽当たりがいいので3匹の猫ちゃんもリラックス

今日は、今年2回目の有給休暇を取って、のんびり過ごそうと思っています。

通常であれば5時に起き、そそくさとゴミ出しをして出勤なのですが、今日は有休なので、目覚ましではなく自然に起きるまで寝ていて、起きたのは7時15分。

その後、ごみ捨てに行ってきたのですが、その帰りに、我が家の狭い庭に置いてあるエアコンの室外機の上でくつろぐ3匹の猫ちゃんを発見。


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飼い猫ではなく、野良ちゃんなのですが、僕の家は日当たりがいいので、午前中、暖を取るには最適なのかもしれません。

思えば、3月は工場アルバイトの午前勤務で、6時頃には家を出てしまうため、まだ、この場所で日光浴ができないネコちゃんたちは、その時間は別な場所にいるのでしょう。

出勤するとき、軽自動車の下にいたりするのを見たこともあります。

今日を入れて、土日と3連休なので、僕の気持ちもノンビリ。

溜まった洗濯をして、コーヒーでも飲みながらジャズでも聴くことにします。

ちなみに、今よく聴いているのは、スタン・ゲッツ、ケニー・バロン、キース・ジャレットなど。

ネコちゃんと言えば、前回、写真に撮ったのは、去年の12月15日でした。


ネコちゃんが僕の家周りでよくくつろいでいる

前回は、玄関ポストにある新聞を取ろうと、玄関ドアを開けたときに、遭遇。

あのときは、1匹だったネコちゃん、仲間が増えて良かったね。


過ぎ去ってみれば、すべてが幻のよう

わずか半日仕事のアルバイトとは言え、平日は工場に行く僕の日常は、それなりに慌ただしく、午前勤務の今月は仕事から帰ってきて昼を食べたあとは、少し眠ることが多いです。

どうでしょうかねえ、1時間から、長いときは3時間近くも寝てしまうときがありますが、そんな昼寝でも、夢を見るときがあります。

大したことのない夢ではありますが、目が覚めて起きるときに、少し切ないような、虚しいような、寂しいような感覚に襲われるときがあります。

今日も、先ほど昼寝から目覚め、昨年亡くなった母が不調を訴えだしたのは、今頃のことだったなあ、と思い直しました。

ちょうど昨年のこの時期に、湯河原温泉に行きました。結局この温泉旅行が、母との最期の旅行になってしまいました。


そろそろ限界かもしれません

旅行に行った記事を書く場合、ノリがあるときは、かなりの枚数の写真をアップするのですが、この時は、わずかに2枚。

わずか一年前のことなのに、遠い記憶のようにも感じられます。


60歳になって思うこと

60歳になって思うのは、なんか嬉しい、です。

50代は、波乱の多い日々でしたが、60代は、安定期に入った、と、自分では思っています。

年を取るほど不安になる人も多いのですが、僕はむしろ安心感が増しています。

確かに、体力的な衰えは隠せません。

しかし、それをカバーして余りある経験と感覚があります。

これは、説明するのが難しいのですが、そのようにしか今の時点では言うことができません。

今日、久しぶりに連絡があったSSさんさんと、マクドナルドで会い、話をしたのですが、彼から、自彊術というのを教わることになりました。

ちょうど体力の衰えを感じていたときだけに、渡りに船と言うか、いい感じで運勢が流れています。

60歳の誕生日に、何よりのプレゼントです。

健康に勝る宝は、そうそうありませんからね。

すべての人は忘れ去られる運命にある

去る者は日日に疎し、という言葉があります。

死んだ人のことは、次第に忘れていく、ということでもありますし、生きている者でも、交流の機会が減れば、次第にその関係は希薄なものになっていきます。

思えば、この宇宙の星々も、ものすごい勢いで遠ざかっているわけで、一切のものが遠ざかっているのかもしれません。

人は、どんなに有名な人でも、やがて忘れ去られていきます。ましてや凡夫であればなおのこと、そんな人いたっけ? みたいになっていきます。

仏陀やイエスのように、歴史の風雪に耐えて記憶されている人たちでさえ、その存在は記憶されていても、本来の彼らの教えは亡骸のようになり、彼らがもし生きていたならば、おいおいそれは違うだろう、と言うでしょうね。

自分の考えに固執する人であれば、自分の教えなり考え方を違った形で解釈されるのはとても残念でしょう。

ただ、仏陀もイエスも、さっぱりとした性格の人だと思うので、そのことで苦しみを作ることはないと思います。

誰であっても、すべての人は忘れ去られ、忘却の彼方へと消えていきます。

こういう話をすると、気が楽になる人もいれば、虚しくなる人もいます。

何が正解かは僕にはわかりませんし、そもそも正解などというモノがあるのかないのかもわかりません。

ただ、諸々の事象は過ぎ去っていきます。

どうやらそれだけは、真実のようです。

さらば50代、されど50代

今日のタイトルは、僕が友人のAさんと見た映画、「さらば青春、されど青春」が、元歌です。

50代でいられるのも、あと二日ぐらいなので、あっさりと振り返ってみようと思ったのです。

まあ、大半の50代は、子供が大学生とか、高校生とか、あるいはもう社会人になっていたりして、結婚した年齢にもよりますが、だいたいその年齢あたりの子供が一人や二人いたりするのではないでしょうか。

子育ても一段落して、自分の老後のことなども考え始める時期かもしれません。

僕の場合はずっと独り者だったので、子供を通して自分の成長や衰えなどの変化を感じるということはなく、まあ、かなり浮世離れした人生を歩んでいたように思います。

50代を端的に言うと、自分でもはっきりとわかる体力の衰え、ですね。

体力が落ちると、気力も削がれます。

さらに具体的な年齢を言うと、僕の場合は、56歳がギアが落ちるように体力の低下を実感した年でした。

疲れやすくなり、気力がなくなり、ついでに好奇心も少なくなりました。

56歳前と後では、体力気力的には、別人のように感じます。

で、その体力が落ちてきて、いくぶん内省的になってきてから、このブログを始めたので、ブログを書くという点においては、この衰えは良いほうに作用したのかもしれません。

拡大と収縮、という考え方がありますが、人生も、思春期から働き盛りへと拡大していくときと、やがて盛りを過ぎ、収縮していくときがあるのだと思います。

その転換点の年が、僕の場合は、56歳だったということでしょう。

で、早期退職と、父と母を相次いで見送ったのも、50代。

自宅を建て替えて、新たなローンを背負ったのも、50代。

天涯孤独になったのも、50代。

まあ、あとどのくらい生きるかわかりませんが、男の平均寿命プラス10年くらいのスパンで、自分の未来を眺めています。

兄弟がいないので、その必然として甥も姪も存在せず、まさに正真正銘の天涯孤独なので、その点では、さっぱりとしています。

あとは、自分が、ひとりで死んで行けばいいだけですからね。

3年ぶりに書く、回顧的自己紹介



今月60歳になることもあり、そうなると、50代ではなくなるため、50代おひとり様カテゴリーを離れます。

セミリタイアカテゴリーのほうは、そのまま居続けますが、なにかもうひとつ、所属するカテゴリーを今、模索中です。

自然な流れで行けば、60代おひとり様カテゴリーに移行するのですが、あまりにも村人の数が少なく、盛り上がりもなさそうなので、他を探しています。

さて、そこで、ほぼ3年ぶりに、自己紹介を、回顧的に書いてみることにしました。

進路も決めないまま高校を卒業。

フジパンというところで、アルバイトをしながら自動車教習所に通い、18歳で自動車免許を取得。

19歳のときに父が再婚。これで、安心して家を出られると、自宅を出て、いろいろなところを放浪。

当時、練馬区桜台に住んでいた、友人Oのところに居候させてもらったり、それ以外にも、神奈川県の葉山町の友人宅に居候など、住居を転々。

いや、この調子で書いていくと膨大な長さになるので、端折りながら書いていきます。

20歳のときに、僕を含む友人、計4名(男2名女2名)で、高尾に一戸建てを借りて住む。借主は僕だが、他の3名にもそれぞれお金を負担してもらう。

この形態で、その後、僕は神奈川県逗子市へ。ちょうど愛甲の、横浜高校が優勝した年でした。逗子では、書店のアルバイトをしながら、逗子市山の根という、ちょっとした山の中腹に住んでいました。

ほぼ一年ほど住み、その後実家に戻ります。このとき、22歳。まあ、大学に行ったと思えば、ちょうど卒業の頃。

そこで、入間市の工業団地にある、主に避雷針などを製造している工場に就職。これが、最初の正社員で、約2年勤めます。この時、初めて、厚生年金にも加入。このとき、テニスとスキーにはまり、運動三昧。

スキー好きが高じて、24歳のときに会社を辞め、新潟へ移住。

その後、25歳の夏に、板橋区のアパートに住み、そのときに、悪名高き統一教会に伝道される。

で、この板橋時代に、上福岡にある不動産会社に束の間就職、ただし厚生年金は未加入。統一教会には、2年ほどいましたが、赤羽にいる期間が長く、その後、新小岩、葛西へ。さらに、愛知県名古屋市、瀬戸市などを放浪。ただし、いずれも短期間。

28歳で、廃人のようになって実家に戻るが、その前に、当時、武蔵境に住んでいた友人Oの家に、しばらく居候。でもまだ、この時は、完全には洗脳がとけておらず、一度連れ戻される。

しかし、使い物にならないということで解放され、実家に戻り、廃人のような生活。

家で寝てばかりの生活の果てに、何とか、米軍横田基地のNCOクラブで働くようになる。このとき、英語に目覚め、英語を独学。ただ、給料のあまりの安さに、半年でやめて、植木のリース会社に就職。

そうこうしているうちに30歳を過ぎ、その後、坂戸市にある不動産仲介会社に就職。この不動産会社は2年ほどいました。仕事をしながら英語の勉強を継続。

英語熱が高まり、不動産会社をやめて、東武ストアでアルバイトをしながら、英会話学校に通い、その一年後、念願のイギリスへ。

イギリスが初めての外国となりましたが、チチェスター、エディンバラなどに住んで、イギリスを堪能し、さらに、旅行もして帰国。

その後地元の食品会社で働きなどしましたが、長続きせず、再びの引きこもり生活に。

再びの、というのは、統一教会をやめたあとの廃人生活は、全く働くこともできない、引きこもり生活でしたからね。

ここまで書き流してきましたが、アルバイトは長く続けたモノ以外は、端折っています。

で、35歳のときに、友人Oの紹介で、設備管理会社に入り、まあ、この時から、生活が安定しました。

35歳までは、年金加入も虫食い状態ですき間だらけでしたが、ここからは、継続しての支払い。

この設備管理会社時代は、仕事も楽で休みも多く、僕には打ってつけでした。この安定期に、アメリカ、タイ、香港、韓国など、海外旅行にかなり行きました。

9年数か月勤めた設備管理会社をやめたあと、一年間充電期間を置き、その間に、九州と四国を旅してまわりました。

その後、ビジネスホテルに就職。11年働き、介護のために退職。

年金加入期間は25年以上はあるものの、30年には届かない感じで、このあたりが、高校を卒業後ずっと働いてきた友人たちとは、年金受給でかなり差がついている点ですね。

若い頃は気にもしなかった年金ですが、僕の友人でも、勤め人と自営業の間でかなりの格差が生じていたりと、現役時代には見えなかった金銭事情が露呈し始めています。

まあ、僕は、転職が多かったとはいえ、厚生年金にも加入していたので、自分次第で何とかなるローコスト生活でなら、何とか生きていけると考えています。

将来受け取れる年金が月7万円から9万円に増えた理由

もう3年近く前になりますが、このブログを始めてすぐの頃に、ねんきん定期便を公開しています。

ねんきん定期便を公開します

この時は、将来受け取れる年金を月7万円と予想していました。

それが、今現在は、9万円に上方修正されています。

この理由は、いくつかの過去記事で書いていますが、介護離職するまで働いていたビジネスホテルで、厚生年金とは別に、旅行業界の年金基金に入っていたからです。

この基金は解散していまはありませんが、そこでの支払い分が厚生年金に加算され、将来受け取れる年金が、月に2万円ほど増えたわけですね。

この2万円は大きく、生死を分けるとまでは言いませんが、かなり大きな意味を持ちます。

今にして思えば、基金に加入していた社長に感謝、です。もっとも、人間とは勝手なもので、当時は、余計に給料から天引きされる分、何だよ、と、思っていたものですが。

しかしそれはいいとして、11月に参加した同窓会では、大半のクラスメイトが、僕の2倍か、それ以上の年金受給予定であることが判明。

まあ、人と比較しても仕方がありません。すべては、自己責任。

僕の場合、まともに仕事に就いたのが35歳と、圧倒的に遅く、それまでは、厚生年金をほとんど払っていないような、放浪生活。

国民年金のほうも空期間が長く、また、統一協会というカルト宗教の専従だった二十代の間も、丸々空期間となっていて、また、カルト宗教とは別に、日本各地をフリーターをしながら移り住んでいた期間も、年金、何それ? みたいな。

まあ、そのおかげで、年金は少ない分、楽しい、刺激的な、同時に苦しい、悲惨な、18歳から35歳までを過ごしたわけで、その、ほぼほぼ年金を払っていない時期が、空洞でもあり、また、僕の青春でもあったわけで、それも人生だと思っています。

お金は大切ですが、お金以上に大切なものを、心に蓄えることができたのですからね。

貯蓄が1000万円以上ある50代おひとり様はどのくらいいるのか

いろいろなブログや経済記事などを読んでいると、多くの人が、貯金1000万円というのを、一つの目標にしているようです。

そこで、各年代と比較して、50代の、それもおひとり様の、1000万円以上保有率を調べてみました。


金融広報中央委員会が2018年11月9日に発表した「家計の金融行動に関する世論調査」の[単身世帯調査]によると、

一人暮らしの人のうち、20代~60代まで、貯蓄が1000万円以上あると答えた人の割合は以下のようになっています。

●20代・・・2.9%
●30代・・・17.5%
●40代・・・28.9%
●50代・・・42.6%
●60代・・・52.8%


うーん、50代、60代と年齢が増えるごとに、貯金額も増えていますね。


ちなみに、二人以上世帯の場合は、上記よりも高くなっています。おひとり様は、預貯金においても少ない、ということでしょう。


僕の所属する50代おひとり様は4割以上が、1000万円以上所有者ですから、まあまあ皆さん、お金をお持ちであると、思いますね。

もっとも、普通に過不足なく働いて、しかも結婚していなければ、子供にかかる費用がないわけですから、2000万円くらいは持っていても不思議ではありません。

しかしそこが人生、そうは問屋が卸さなかったりします。

僕の場合は、親の介護で、定年前に離職していますし、それ以前には、カルト宗教に散財しています。


ただ、カルト宗教での体験も、今の自分の肥やしになっているし、親の介護も、親との関係をさらに深める良い体験でした。

なので、マイナスには、まったく考えていません。

そもそも、あの世にまでお金は持って行けないので、生活するに困らないだけあればよいので、むしろ、体験こそが、人生の醍醐味だと思っているからです。

で、多くの人が、1000万円を一つの貯蓄目標にする気持ちもわからないではありません。

区切りのいい数字ですし、何かあったときに慌てずに乗り越えることができる金額なのかもしれません。

38歳の再就職で、年収800万が100万に

日刊SPAに身につまされた記事があったので紹介します。

なぜ、身につまされたのかと言うと、僕も、オーナー社長の会社に長らく勤めていて、似たような経験をしたからです。

以下の記事は、SPAからの引用です。

「30代半ばまで、東京の大手ITベンチャーに勤務していました。でも、地方の実家に一人残してきた母が認知症を患ってしまい、介護のため退職。38歳で地元企業にUターン就職することを決めたんです」

 田山悟さん(50歳・仮名・未婚)は当時の年収800万円を捨てて帰郷後、地元企業に就職するが、入社初日から職場環境に愕然としたという。

「使っているパソコンやツールも古いし、仕事のやり方も時代遅れ。非効率的なので、東京で働いていた時の経験を活かして『このツールを使ってみては?』、『こういう方針を導入しては?』と社長に提案したんです。良かれと思ってのことでしたが、社長の目には生意気に映ったんでしょうね。『ここはお前がいたような大手じゃない! この東京者が!』と一喝され、無視されるようになりました」

 少人数の会社ゆえ周囲も社長のイエスマンばかり。完全に孤立して、ストレスに耐えきれずに退職。

「地方の小さな企業は、社長はワンマンが多いことを事前に知っていればよかったんですが……。それがトラウマで、その後は企業には就職せず、母の介護をしながらフリーランスで働いています。会社員時代よりも気楽ですが、仕事が安定せず、年収は300万円前後まで落ち込みました。

 100万円くらいしか稼げない年もありましたね。母の年金のおかげで、ギリギリ成り立っている暮らしです」

 地方の企業文化に身をもって触れた田山さん。一般的に見れば、「介護離職を機にキャリアデザイン失敗」ということになるだろう。


うーん、僕の場合は、上司と口論になり、その上司の僕に対する勤務評価が劇下がりとなり、年俸ダウン、となったのでした。

年に一度、社長室にて、年俸の提示があるのですが、上司とやり合ったことが見事なまでに反映されました。

その後、時間をかけて上司との関係を改善。

少しずつ、給料を上げてもらい、現状に回復し、さらにその後も昇給を重ねて、それでも、一番稼いでいたときでさえ、500万円には届かない、490万円ほどだったと思いますが、会社の規模としては、良く出してくれた年収だったと思っています。

とにかく会社は、仕事ができることと同じか、それ以上に、人間関係がものを言います。

人間関係で悩んでいたときに、とにかくよく読んだのが、斎藤一人さんの本。

一人さんに、ずいぶん大人にしてもらいました。

会社も、世の中も、必ずしも正しいことが通るわけではない、そこのところの、深い話を、斎藤一人さんから学びました。

一人さん以外にも、いろいろな人生の達人から、その著作を通していろいろなことを学びました。

悩んでいるときが、一番、吸収力があり、実践で使えることも、知りましたね。

松田優作のヨコハマ・ホンキートンク・ブルースなんてどうよ

松田優作と言えば、男なら誰もが憧れるナイスガイ。

ジーパン刑事から始まって、あれやこれや。

で、その松田優作、僕にとっては、ショーケンと並んで、好きな俳優です。





うーん、横浜は100回くらい行っていますが、また行きたくなりました。

貯蓄100万円未満でも、それほど心配していない人が12.8%もいるってよ

これはひとえに、性格によるものだとは思うのですが、貯蓄が少なくても平気な人もいれば、1億持っていても不安な人もいます。

で、オールアバウトの記事によると、貯蓄100万円未満でも、それほど心配していない人が12.8%もいるとのこと。

なんか、おおらかですねえ。

まあ僕も、そちらに分類されるのでしょうが。

3世帯に1世帯が貯蓄ゼロ、とも言われている今の日本。

そう考えれば、100万円でも、貯蓄があるだけ、勝ち組なのかもしれません。

まあ、勝ち組というのは大げさですが、とりあえず、100万円もあれば、急場はしのげますしね。

ただ、おひとり様は注意が必要。

以下は、オールアバウトからの引用です。

一人暮らしで老後を迎える方は、夫または妻や、子どもがいる方に比べると、家を借りるときや、入院や手術が必要になったとき、介護を受けるとき、介護施設に入るときなど、家族の助けを得られない分、お金でカバーする機会が増えるものです。

また、受け取る年金も、共働き夫婦の世帯に比べると、単純計算で半分になります。ところが、家賃や水道光熱費が半分になるわけではないので、基本的な生活費は、夫婦2人分の半分よりは、やや多めになります。

50代、60代で老後について考えるようになってから「老後資金が足りない!」と慌てることになっては大変。できるだけ早いうちから、貯蓄を増やしておくと安心につながります。「老後資金」と限定しなくても、何にでも使えるように、貯めていく習慣をつけましょう。



うーん、家族の助けを得られないおひとり様は、その分、多めに貯蓄が必要とのこと。

僕も、少しでも貯蓄を増やすようにしないといけませんね。

そのためにも、ローコスト生活を今後も継続していく所存です。

雨の日の送迎と花粉症と僕の彼女は魔法使い

今日のような雨の日は、朝、社員を送迎車で駅に迎えに行くと、出勤するサラリーマンや学生の子供を送る主婦の車が押し寄せてきます。

駅前ロータリーは過密状態。

無事社員を会社に送り届けて、自分の作業へ。

まあ、社員の送迎も、仕事のうちですが。

午前勤務を終えたのち、自宅で昼食を食べ、少しウトウトしたのち、耳鼻咽喉科へ。

去年から発症した花粉症。

今年は、去年より一か月ほど早めに行き、薬をもらってきました。

鼻が詰まって夜眠れなくなると、仕事に支障をきたすので。

まあ、医院は混雑していましたね、子供が多かったです。


で、昨日は、いつもお世話になっているAさんの車で、新座へ。

僕の彼女は魔法使いという映画を見るためです。

とんで埼玉という映画が人気らしく、映画館は人の行列。

Aさんは、とんで埼玉も、前日観たそうで、おもしろかったと言っていました。

僕の彼女は魔法使いのほうは、主役は、清水富美加さん改め、千眼美子さん。

映画を見たあと、Aさんに自宅まで送ってもらう中で、今の世界情勢などを話しました。

なかなか、そういう話をする相手がいない僕としては、貴重な時間でした。

花火師で投資家のSさんの梅畑にて宴会、そして夜歩く

昨日土曜日は、花火師で投資家のSさんが、午前9時に僕の家に車で迎えに来てくれて、彼の家の広大な梅畑に行きました。

Sさんは、昨年11月ごろから、仕事の合間に、梅の枝の伐採をしていて、昨日は、最後に残っている枝の焼却をしたのですが、僕も少し手伝うことができました。

最後に残った枝は、梅ではなく、柚子の木で、恥ずかしながら僕は、柚子で有名な町に住みながら、柚子の木の枝というモノをしげしげと見たことはありませんでした。

そして、柚子の木には、なんと多くの棘があることか。

その枝の一群を燃やし終えたあと、Sさんは、投資の師匠でもあるTさんを迎えに最寄り駅へ。

その間、僕は一人で、コーヒーを飲みながら、待つことに。


IMG_1960


4つの椅子の間には、七輪が。

僕は一人で物思いにふけるのが好きなので、この待っている時間は、心を遊ばせていました。

周りに民家はなく、見えるのは、Sさんの豪邸だけで、この世界にたった一人という感覚の非日常を味わっていると、ほどなくして、もう一人の参加者、近所に住むSAさんがやってきました。

SAさんと談笑しているうちに、SさんとTさんも到着。

七輪にいろいろな食材をのせて焼きながら、青天井の宴会が始まりました。


IMG_1962

七輪の良いところは、椅子に座ったまま、料理に手が伸ばせるところ。

人のいない梅畑の広がる山中は、どんなに大声で話しても、全く気遣いの必要のないところ。

昼頃から始めた屋外での宴会は、夕方18時過ぎに終了。

その後、各自、徒歩にて最寄り駅へ、あるいは自宅へと、向かいました。

僕は、歩くのが好きなので、およそ5キロほどの道のりを、歩いて帰りました。

夜歩くと、風景もまた、違ったものに見えたりします。

それがまた、いいのですよ。


あの娘の顔は青黒い、だけど貧弱静か美しい


3月に入って、今日から午前勤務。

久しぶりの5時起きで、さらに今日は仕事終わりに床屋に行ったり、銀行回りをして住宅ローンを入金したりで、帰宅後、眠くてたまらず、ベッドへ。

先ほど起き出して、風呂に入り、風呂上がりの発泡酒を飲みながら、レッド・ガーランド・トリオを聴いて、ああ、何とか今週も乗り切ったなあ、と。

いろいろなことを連想させる曲って、ありますよね。

で、セントジェームス病院。

レッド・ガーランド・トリオの名曲ですが、サッチモこと、ルイ・アームストロングも歌ったりして、それを浅川マキが歌うと、また別の味わいが。






浅川マキの裏窓と並ぶ名曲です。

レッド・ガーランド・トリオのものとの聴き比べで、良き週末の夜をお過ごしください。






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