介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2019年01月

新潟県湯沢町での日々、冬に夏を想う逆説的な喜び

僕は二十代の真ん中あたりで、新潟県の湯沢町というところで暮らしていたのですが、動機はスキー。

国道17号線沿いには、スキー場がたくさんあって、スキーには事欠きませんでしたね。

で、良く、仲間とドライブして、聴いていたのが、山下達郎。

冬に聴く、山下達郎も、また最高。

当時の新潟の仲間も最高。

なので、新潟県が大好きになったのですよ。僕の敬愛してやまない良寛さんも、新潟県出雲崎の出身だし。

アルバムは、「FOR YOU」「MELODIES」がでたあとだったかな。冬に聴くLOVELAND,ISLANDや高気圧ガールの場違い感が最高。LOVELAND,ISLANDは何でシングルカットされないのかと思っていたら、その20年後にシングルカット。

山下達郎と言えば、この時期よく耳にするのが、「クリスマス・イブ」ですが、朝ドラの主題歌になったこの曲もいいんじゃね。





うーん、この曲を聴くと、なぜか松嶋菜々子が脳裏にちらつきますね。

都会の狭くて寒い部屋、家賃49000円

僕の後輩で、高円寺に住んでいる奴がいて、今はあまり行きませんが、新宿に勤めている頃は、たまにではありますが、そいつと高円寺で飲んだ帰りに、そいつの安アパートに泊まったことがあります。

で、高円寺という、東京でもそこそこ人気エリアで、家賃49000円。

部屋は6畳とキッチン。バスは、シャワーのみ。

古いので、寒いのですよ。

先輩、泊ってってください、と言って泊まったときもありましたが、冬は勘弁。

寒いのでその後輩、プチプチを窓ガラスに貼り付けていました。

まあねえ、断熱材とか入ってない感じの古さではありましたが、そこは高円寺。

吉田拓郎の歌にも出てくるくらいで、昔からの人気エリア。

良い店もいっぱいあって、外飲みも充実。

ただし、ローコスト生活には不向きの街だと思いましたね。

だって、街がおもしろすぎて、外に行くじゃないですか。すると、寄りたくなる店がいっぱいあるんですよ。

これは、下北沢にしろ、吉祥寺にしろ、麻布十番にしろ、人気のある街の宿命。


で、高円寺の商店街って、大山ハッピーロードとか、戸越銀座商店街とか、砂町銀座とか、赤羽のスズラン通りとか、まあ他にも山ほど、都内には素敵な商店街がありますが、高円寺は、間違いなく、10本の指には入ると思われ、そんなとこに住んでたら、金が飛んでいきまっせ。

やっぱ、ローコスト生活には、僕が住む、田舎なのにスーパーマーケットの選択肢が複数ある、中途半端な田舎町が最高です。

人は必ず死ぬし、死んだらお金は使えない

人は必ず死ぬものだということを知らない人はいないでしょう。

ところが、いざ自分のこととなってみると、永遠に生きるつもりでいるかのような人をときどき見かけます。

そういう人はどういう人かというと、端的に言えば、お金をたっぷり持っていながらそれを使うのができない人です。

このような人は、死ぬときに相当なお金を残すことは間違いありません。

家族がいるのならば、それもいいと思います。

問題は、僕のようなおひとり様です。

おひとり様の場合は、可能な限りお金は使い切って死んだほうが良いと僕は思います。

まあ、葬式代諸々の残務整理用に、200万円くらい残しておくのは良いでしょう。そのくらいは、むしろ残しておくべきかもしれません、できれば一筆添えて。


僕があまりお金に執着せずに済んでいるのは、家族がいないからです。

天涯孤独のおひとり様は、自分の口さえ養えれば、あとはのんびり生きればよろしいかと。

西行法師や良寛さん、あるいは鴨長明のような生き方を好む僕は、ローコスト生活向きだと思っています。

土曜日は15時間睡眠、日曜日の夕方から買い物というサイクル

多くのサラリーマンが週休二日だとは思うのですが、残業が半端ない人も多いか、と思います。

そうしたサラリーマンの場合、「
土曜日は15時間睡眠、日曜日の夕方から買い物というサイクル」になりがちなのではないか、と思うのですね。


一か月の残業が、100時間を超えると、普通の休日すら過ごせなくなる、という説があります。

うーん、何となく、わかりますね。

僕の場合は半日勤務の、土日休みですが、金曜の夜からの睡眠は、半端なく長い。

それだけ、疲れているのだとは思いますが、半日勤務でもそれですから、フルタイムで、しかも残業100時間越えとなれば、週末は寝るだけで終わるでしょうね。

いったい何のための人生なのか、と思わずにはいられませんが、そうした人生から、降りられないサラリーマンも多いのではないでしょうか。

今日は僕自身も疲れ気味なので、短い記事で失礼しました。



強風の中の一日仕事

今日は、北風が強い日でした。

そして、今日は、一日勤務でした。

今月は、午前勤務なのですが、午後勤務の人が有休をとったため、その人の分の仕事をせねばならず、もちろん、お金にはなるのですが、通し勤務となると、実働10時間。

拘束時間は、11時間を超え、通勤を入れると、およそ12時間。

6時過ぎに家を出て、帰ってきたのが18時半。

そのあと軽い夕食を食べて、歯医者へ。

歯医者の予約が20時で、歯科医から戻ると21時近く。

それから風呂に入り、歯を磨き、などして、この時間です。

明日はまた5時起きですが、通常通りの午前勤務のみなので、そのあとはマックで無料コーヒーを飲んで、しゃぶしゃぶどん亭でランチを食べて、両親の眠る墓に行く予定です。

半日勤務に慣れているので、丸一日働くと長く感じますが、世のサラリーマン諸君は、残業などもあり、12時間勤務などざらでしょう。それに長い通勤時間が加わるのですから、疲れて当然。

僕の住む町の駅も、5時台の始発で、もうほぼ満員状態だったりします。

会社員時代、往復4時間の通勤、思いだすなあ。

まあ今は、半日勤務だし、通勤も片道30分以内なので、楽なものです。

死は、前方から徐々に近づいてくるのではなく、背後からぽんと肩をたたかれ、不意に訪れるもの

今日のタイトルは、吉田兼好の言葉、「死は前よりもきたらず」「かねてうしろに迫れり」からの引用ですが、去年母を亡くしたときが、まさにこの言葉の通り。

だって、死の2か月前には、一緒に湯河原温泉に行っていたのですよ。

大好物のケンタッキーフライドチキンもバクバク食べていたし、体重も、70キロはあって、僕よりも重かったくらい。元気そのものでしたからね。

その母の母は、103歳まで生きていましたから、僕も楽勝で、94くらいまでは生きると思い込んでいました。

ところが、死は、突然やってきたわけです。

諸行は無常です。

煎じ詰めれば、人は、ただ生きて死ぬだけ、ただそれだけ、です。

そう考えると、ガクンと執着は小さくなります、僕の場合はね、人様はどうか知りませんが。

で、ただ生きて死ぬだけなのがわかっているのだから、この命なにをあくせく、と思うのですよ。

この淋しさは何だろう

この淋しさは何だろう、と歌うこのおっさん、声がいいのですよ。

声が良くて、センスがいいのは、山崎まさよしであることを、以前話しましたが、声と言えば、ロッド・スチュアートやトム・ウェイツ、オーティス・レディングも、良いですね。

でも日本には、柳ジョージや、もんたよしのりがいまっせ。

と、言うことで、めっちゃイケてる曲を。






うーん、柳ジョージ、生きていれば、またコンサートに行きたかったなあ。

89歳の女性がやっとたどり着いた終の棲家

もう2年くらい前でしょうか、NHKのクローズアップ現代だったように思うのですが、80代の高齢女性がアパートの立ち退きを迫られ、都内をよろよろと、住処を探してさまよう姿を見ました。

気の毒で見ていられないほどでしたが、ずっと気になっていたその女性、一昨日、朝日デジタルの記事で、その後の情報を得ました。


<住人> 女性・89歳
 <物件> 駅から徒歩25分の2階建てアパート
 <広さ> 約29平方メートル
 <家賃> 5万3700円

 ■87歳で退去迫られ家探し、長生き悔いた時も

 アパート2階の自宅に帰るとき、東京都葛飾区の飯田さいさん(89)は、手すりを両手でつかんでゆっくりと急な階段を上がる。暮らしたことのなかった街に、ようやく見つけたこの部屋で、昨年6月から一人で暮らす。

 つましい和室にある目立った家財は、こたつと座椅子ぐらい。壁には両親の写真と、わずかな額だけが飾られている。

 額を見上げ、飯田さんは言う。……



この先は、有料会員になって読んでね、みたいな流れになり、ちなみに、スマホで見たら、もう少し長い記事になっていましたが、いずれにせよ、有料会員になれとのお達しが。

ローコスト生活の僕には、有料会員になる気持ちはありませんが、何とか、終の棲家を見つけられたようで、良かったな、と思いました。

生活保護も受けられているようなので、生活はできるかと思います。このような人には、生活保護は、必要です。

ただ、気になったのは、やっと見つかったアパートの部屋が、2階だとのこと。

何とか、一階に住まわせてあげることはできなかったのでしょうか。

去年、母が亡くなった僕は、年寄りが階段を上る難儀さを知っています。いずれは、自分もそうなると覚悟はしています。

そうしたことを考えながら、断捨離も実行したわけですが、健康寿命を視野に入れながら、生きていく必要がありますね。

僕が広島県と福岡県をリスペクトする理由

人口密度で言えば、東京がいちばんなわけですから、東京から、優れたミュージシャンがいちばん多く出るのが道理です。

勿論、東京からは、山下達郎を筆頭に数多くのミュージシャンが出てはいます。

しかしですね、もし、広島県と福岡県がなかったら、日本のミュージックシーンは、かなりお寒い状況になるのではないかと思うのですよ。

広島は、野球も強いが、音楽も、めっちゃ強いと思います。


広島出身のミュージシャンは数知れず。

矢沢永吉を筆頭に、世良公則、吉川晃司、もんたよしのり、奥田民生、奥井香(プリンセスプリンセス)、で、僕の大好きなPerfumeもいますしね。原田真二もそうですが。

これ、本当に、まだまだ一部なのですよ。広島県て、凄くね、ということなのですよ。







で、次は福岡県ですが、これまた、やばいくらい凄い。

井上陽水、草野マサムネ(スピッツ)、KAN、椎名林檎、徳永英明、浜崎あゆみ、松田聖子、で、僕の歌姫でもあるMISIA、死んでしまいましたけど、坂井泉水ことZARD、甲斐バンドもそうですし、シーナ&ロケッツもそう。

で、まだまだいるので、書ききれません。恐るべしは、福岡県。

もし仮にですよ、広島県と福岡県がなかったら、日本の音楽シーンは、かなりお寒い状況になっていたかもしれません。






日本に、広島県と福岡県があることに、感謝しなければいけませんね。

もしも毒親だったら、野垂れ死にしていた可能性がある

今日は親の話。

父は、3年前に自宅でなくなり、母は、去年病院で亡くなりました。

そして僕の実母は、僕が16のときに、亡くなりました。

で、これは結果論ですが、失敗の多かった僕の人生で、親に恵まれたことだけは、ラッキーだったと思っています。世の中には毒親も多いと聞きますからね。

父は放任主義、母は、再婚でしたから、義理の息子に多少は遠慮していて、そのうち、実の親子のように何でも言い合えるようになったのですが、それでも、僕に対しては寛容だったと思います。

この、寛容、というのが、僕には、合っていたわけです。

無職の時期も長かったのですが、親が寛容であったから、野垂れ死にすることなく、気楽に生きてこれました。

で、そのような良い親であったから、介護も抵抗なくできましたし、最後まで幸せな親子関係でした。

これはひたすら、自分が親に恵まれていたから、こうなった話で、毒親だったら、僕のような根性なしは、野垂れ死にしていた可能性があると、今でも思っています。

そのくらい、若い頃、35歳までの僕は、職を転々としていましたからね。

飢え死にすることがなかったのは、親のおかげ以外の何物でもありません。

この人生で、もっとも魂修行しやすい親を選んで産まれてくるという話もありますが、僕の場合は、それをすんなり受け入れられますが、毒親に苦しんでいる人に、そんなことを言ったら、張り倒される可能性もあるし、お前に何がわかる、とか言われるでしょうね。

ぼくは、そうしたスピリチュアルな考えはある程度容認できますが、世の中には実にいろいろな人がいて、いろいろな人生を生きているので、あまりワンパターンな世界観と言うか、人生観を持つべきではない、というのが今の僕の立場です。

一つの世界観の中で安住するのは楽は楽なのですが、それだと、多様性というダイナミズムは失われますね。

たとえばクリスチャンの人には申し訳ないのですが、彼らを見ていると、世界観が狭いなあ、息苦しくないのかなあ、と思ってしまいます。特に聖書に固執しているバブテスト派などは、そう思います。

話が横にそれましたが、良い親に恵まれた僕はひたすらラッキーで、あとは、ゆるやかに僕自身が衰え、西行法師のように、桜の咲く時期にでも死ねたら、本望です。

おひとり様に広い敷地や家は不要と言うかむしろ残酷

僕の家の敷地は30坪。

場所も埼玉県中西部の田舎なので、土地の固定資産税は5000円ほど。

家のほうは、親の介護で建て替えたので、今年で築6年目。

以前住んでいた駅前マンションと違い、木造の家の利点は、固定資産税の下げが早いこと。

順調に、年々固定資産税が下がっています。

このまま下がり続けて、ゆくゆくは、以前住んでいたマンションの毎月の管理費修繕積立金程度にまで、下がってくれたら御の字。

持ち家の利点は、何と言っても住居費の低さ。

このアドバンテージは年を取るほど効いてきます。

ただ、一点注意すべきは、体力の衰えに伴う、植栽の管理と階段の上り下り。

マンションの良い点は、管理費を払っているので、その点は楽です。

僕の家は、2階建てなので、今はまだ大丈夫ですが、80を過ぎたら、階段の上り下りはきつくなるでしょうね。

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事実、去年亡くなった母も、滅多なことでは2階に上がってこなかったし、最後のほうは、階段を上ることもなかったですからね。

両親の介護を通して、自分の将来も、垣間見ることができたのは、良かった点です。

おひとり様には、広い敷地も広い家も不要です。

いやむしろ、負担になるというか、残酷でさえあります。

広い家に1人、なんて、想像しただけでも、寒い感じです。

こじんまりとしたタイニーハウスが良いんじゃね、と思う昨今です。

あなたの笑顔に何度助けられただろう

人生の基本は苦。

まあ、砂漠を歩くようなものだし、氷の世界を歩くようなものです。

そんなことは、わかっているんです。

でも、不平不満を言ったって、人生、一ミリも良くはなりません。

だったら、明るく生きるしかないじゃないですか。

だからこそ、歌が必要になります。

僕は、自分を慰める歌を、たくさん知っています。






KiroroのBest Friend もその一つ。

だから僕は、なるべくニコニコするようにしています。

「あなたの笑顔に何度助けられただろう」とまでは言われたことはありませんが、あなたと話していると元気になる、とは言われたことがあります。


今日も寒い日が続きますが、皆さん、前を向いて歩いていきましょうね。

大阪難波自由軒のカレーが届く

あの織田作之助も通い詰めたという、大阪難波の自由軒のカレーが届きました。

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この自由軒のカレーを店内で食べていて考えたというのが、彼の代表作、夫婦善哉。

まあ、織田作之助と言えば、坂口安吾と双璧を成す無頼派。

33歳の若さで死んだのは惜しまれます。

で、このカレーは、株主優待でゲットしたのですが、所有銘柄の多くが値を下げている今、株主優待で細く長く損失を補填していく予定です。




我以外皆師なり、底値を知ってローコスト生活

椎茸さんのコメントで教えてもらい、今後は、ドラッグストアSEKIも選択肢に加わりました。

選択肢が多いほうが有利なのは人生も同じ。

底値を知って上手に買い物をすることで、年間にするとかなりの節約になります。

今現在の僕の住宅ローンを除く生活費は6万円ほどですが、これは、さらにコストカットできると思っています。

再現性のあるスキルの一つが、節約術。

6万円の生活費を、仮に5万5千円にまで落とせれば、月にして5000円、年間6万円のお金を創出できます。

ちなみに、昨年僕は、4日間の北海道旅行と、5日間の沖縄旅行をしていますが、いずれも、6万円以下。

北海道旅行に至っては、往復の飛行機代、ホテル3泊朝食付き、2日間のJR乗り放題、市場での海鮮丼の昼食一回付、で、26000円でした。

狸小路で飲むとか、それ以外の持ち出しは1万円でおつりがくるくらい。多く見積もっても、トータルで4万円。それでかなり楽しめました。

で、何が言いたいのかと言うと、6万円の生活を、少し工夫して5万5千円にするだけで、年間6万円を作り出し、そのお金で、旅行に行けるのですよ。

小樽の夜と岩見沢

探偵はBARにいるか

青空と痛み


そう思うと、節約のやりがいもあるというモノです。

僕の町の4つのスーパーマーケットと、ちょっと悲しい出来事

僕の住む町には、4つのスーパーマーケットがあります。

ライフ、ヤオコー、いなげや、ベルクです。

で、僕がメインに使っているのはライフ。

理由は、こじんまりしていて、どこに何が置いてあるかがわかりやすい、という点と、土日に限り、2000円以上買い物をすると、自動的に100円券がもらえるからです。

ところが、最近反省する出来事がありました。

僕は、家でつくるカレーはジャワカレーのルーを使っているのですが、これまでライフで買っていたのですよ。ところが仕事帰りに寄ったベイシアのほうが、同じ商品なのに、40円も安かったのです。

ベイシアは、隣の市のスーパーマーケットですが、アルバイトの帰りのほぼ通り道なので、たまに寄るのですね。


ちょっと待て、と思いました。ライフは使い勝手が良いのですが、ちょっと他のスーパーマーケットとの比較も改めてしてみようを思い、昨日、久しぶりにベルクへ。

僕が恒常的に買っている商品の一つに、キャンベルのクラムチャウダーがあります。

これが、ライフだと、218円。

ベルクは、なんと178円でした。

おいおい、ライフ、大丈夫かよ。

ただ、ライフのほうが安い商品もたくさんあります。

たとえば東海のこくうまキムチ。これはライフのほうが安い。このキムチは、一年中食べているので、これを買うときはライフ。

ただ今回の一件で、改めて底値を調べねば、と思ったのですよ。

町内のメインのスーパーマーケットは、先ほど挙げた4つですが、隣の市まで足を延ばせば、先ほど挙げたベイシアや、コモディイイダ、マミーマートが、あります。

ベイシアは総じて安いのですが、広すぎて商品を見つけにくいという難点があります。

それと、最近は、アルバイト帰りに業務スーパーにも寄ることもあります。

帰り道からは少し横にそれますが、安い食材が多いのは利点。ただし、現金支払いのみなので、クレジットカードは使えません。

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で、悲しい出来事というのは、そのことではなく、実は昨日ライフで、無料の給水器に立っている母親と娘を見たときです。

母親は70くらい、娘は40くらいでしょうか。明らかに毒親の一種で、娘に口うるさく指導していました。

で、水をゲットするように娘に言い置いて、母親はその場を離れ買い物に。

ライフの決まりで、給水は一回ごと、というのがあります。

つまり、一回給水したら、また順番待ちをするのです。でないと、ひとりの人が、何回も連続して使うと次の人が待たされますからね。

ところがその娘、ボトルを二つ持たされていたのです。

僕はちょっと嫌な予感がしたのですが、案の定その娘は、一つの給水を終えると次のボトルを置こうとしたので、僕は声をかけ、注意書きを指さして、一回ごとですよ、と言ったのです。

そのときの娘の戸惑った顔を見て、僕は胸が痛みました。

まあ別に、待つことはなんでもなかったのですが、どうせ時間はたっぷりありますし、ただ、ルールは伝えたほうが良いのではないかと思ったのですね。

いちおう、その娘、と言っても40くらいでしょうが、理解した様子で譲ってくれました。

ただそのあとも、なんというか後味が悪く、別に俺も待っていれば良かったかな、と反省したのですが、まあ、もう終わったことだから仕方がない、と思っています。


日雇い派遣年収120万の兄と配当年収120万の弟の話の続き

配当年収120万円の弟の方とは、今は付き合いはないのですが、彼の仕事は清掃員。

僕は介護離職するまで新宿のホテルで働いていたのですが、彼は協力会社と言うか、そこの清掃員として長らく働いていたのですね。

質素倹約を地で行く人で、僕も株式投資をするようになってから、少しずつ話をするようにはなりました。

清掃員として堅実に暮らしながら投資をして、おそらく5000万前後の資産は築いたのだと思います。

いくら持っているかは、教えてくれなかったので、ここは推測ですが、配当収入だけで120万近くあり、日雇い派遣で働いている兄の年収と同じくらいだ、とのことでしたからね。

兄のことが心配で、ときどきお金を渡している、ということも聞いたことがあります。

で、僕がそのとき心配したのは、兄弟リスクというやつです。

現実に、僕の友人でも、生活に不如意の兄弟のことを心配している人がいましたからね。

その清掃員の弟も、兄を心配し、いずれは、兄の生活の面倒も見るようになるのかな、などと思ったりもしました。

何しろ僕は介護離職して、その後音信不通なので、今どうなっているかはわかりません。

兄は、兄なりのプライドがあったりして、弟の世話になるのは嫌だと思うかもしれませんしね。

でも、日雇い派遣というのは、年を取るほどきつくなるので、僕が改めて思ったのは、可能な限り早めにそれなりの資産を作って、余力を持ちたい、ということです。

株式口座にも、買付余力というのがありますが、あそこにお金がたくさんあるほど、選択肢が増えます。

僕は、と言うと、今は、なかなか厳しい状況ですが、アルバイトは続いているので、生活はできています。

資産の少ない僕は、今日もローコスト生活で暮らしている人生の途上です。

おひとり様の良いところは、自分の裁量一つで生活レベルを調整できる点ですね。

兄は日雇い派遣で年収120万、弟は早期リタイアで配当収入120万

兄弟で、年収は同じ120万円ですが、その内容が違います。

兄のほうは、日雇い派遣で食いつなぎながらカツカツの生活。

一方、弟のほうは資産を築き、早期リタイアして、配当収入だけで120万円。

同じ親から生まれたのに、なぜこうも違うのか。

僕は、その弟さんの方と知り合いだったので、話を聞いたことがありました。

答えは、「すべては生活習慣の違い」だそうです。

最初に就職した会社での給料は、むしろ兄のほうが多かったそうです。しかし、兄は、お金が入るとすぐに使ってしまうタイプ。

一方、弟のほうは、生活コストを抑えて貯金をするタイプ。それに加えて、弟のほうは、投資も始める。

で、その日々の生活習慣の違いが、晩年になって両者を天と地ほどの境遇の差へと押し分けたのでした。

人は、誰でも年を取りますが、年を取るほど、重労働はできなくなります。さらに言えば、長い時間の勤務はこたえるようになります。

僕が、あえて、一日5時間のアルバイトを選択している理由も、そこにあります。

一時、どんなに稼げたとしても、その仕事が続けられなければ、長い目で見たら、損失になります。

適度の仕事であれば、むしろ良い気分転換になるし、低収入もまた、生活を華美にしないという抑止材料にもなります。

僕は、物欲で幸せを感じるタイプではないので、生活費は低くても、充実しています。

幸せとは、詰まるところ、良い心の状態のこと、なので、良い心の状態が維持できれば、それで、幸せなのです。

ところが、過酷な労働を強要されると、体と精神が悲鳴を上げ、それは、不幸を呼び込みます。特に、僕のような弱い人間は、過酷な労働は向きません。

話が少しそれましたが、同じ兄弟でも、ずいぶん違うということを、僕の身の周りでも見ているし、それは、生活習慣の違いのもたらす結果でもあるということを、知ったので、記事にしてみました。


アルバイトの控室兼道具置き場の気温はマイナス4度

僕たちアルバイトの高齢従業員の控室であり、道具置き場でもあり、ロッカールームでもある小屋内の今朝の温度は̠マイナス4度でした。

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岡林信康の歌だったか、今日の仕事はつらかった、というのがありますが、今日の外作業はつらかった、といった感じでした。

これはひたすら、寒さゆえのつらさですが、北風が昨日ほど吹いていなかったのが幸いでした。

夏は暑さとの、そして冬は寒さとの兼ね合いが大切ですね。



毎年、彼のもくろみを聞いているだけのような気もするが

同じ出来事でも、視点が変わると違った風に見えるというのはよくある話。

たとえば、韓国で大田万博があったのは、いつのことだったか、だいぶ前ですが、友人Oと2週間ほど、韓国を周遊したのですよ。

で、帰国後思い出話をしたら、見ている風景が全然違っていました。

お互いに、印象に残ったものが違うので、話がかみ合わないことしきり。

つまり、着目点が違うので、同じ行動をしても、その視野に映るものや印象が違うのですね。

で、今日の話は、新年の5日に我が家で行われた懇親会で、僕がそれを記事にしたのは6日のことですが、その参加者の一人が、彼のブログで、この同じ懇親会の模様を記事にしていました。

そして、それを昨日読んで、思わず笑い転げてしまいました。以下が、彼のブログ記事からの転載になります。


今日は朝10時から午後5時過ぎまで、高校時代から続いている、同人誌の仲間の懇親会だった。

 

独身者のお宅にお邪魔して、飲み物、食べ物を持ち寄ってただ、しゃべった。

 

近況報告もほどほどに会場提供者のパワフルな自分の余生の生活経済構想に聞き入った。

 

この御仁、しっかり者で株式投資をしたりして、確実に生き長らえる構想を持っている。

 

私の経済破綻を前提とした生活も否定はしない。

 

生活保護の人がパチンコ屋に入り浸っていても、その人が節約したお金でもって自分のやりたい事をしているのだから、良いではないかという持論の持ち主で、極めて合理的である。

 

他には1年先輩の定年上がりの方、同級生で、今は神奈川県在住の警備会社勤務の人と私の4人。

 

本来は幹事役の園芸会社経営者が、ここに居るはずだったのが、どういう訳か、東日本大震災後、被災地に通って復興支援をしている同級生が今日も東北に行っていることが判明してしまった。

Facebookで判明した。

 

この5人が同人誌もどき団体の中心メンバーである。

 

話を戻すと3人は車などで帰るので、酒は飲めない。

飲んでいるのは、場所提供者のパワーのある株主たる者だけで、酒が入っているので少々話がくどい。

 

まあ、一人だけ飲んでいることなど気にはしてないが、飲めない相手に一人だけ飲むようなことは、普通の友人関係なら、やらないことだろう。

 

そうなのだ、単なる友人関係とは微妙に違っている。

 

だから40年以上も続いているのかもしれない。

 

ともかく、7時間のほぼ80パーセントは家主たる株主者がしゃべった。

この人の人生計画といったら明確である。ギリギリのところでも、持ちこたえパワーがある。

 

毎年、彼のもくろみを聞いているだけのような気もするが、40年以上の付き合いになると、目新しい話題もなくなってくる。

なのに80パーセントをしゃべくりまわす彼には皆さん諦めているのかもしれないが、まあ面白いので、しゃべれる人にしゃべってもらおう、ぐらいの覚悟で毎年会っているのである。



以上が、彼のブログからの引用記事です。

いやあ、このように、忌憚なく記事にしてもらえると、自分という存在が客観視できて、おもしろい。

ちなみに彼は、1月6日の僕の記事の中に出てくるOY氏です。



一か月契約の仕事だけど、僕には向いている

今月は午前勤務なので、家を出るのは6時ちょっと過ぎ。まだ、外は暗く、車のフロントガラスも、霜が降りています。

で、職場に着くのは6時35分から40分。

その時タイムカードを押すのですが、時給がカウントされるのは、7時10分から。

これには理由があり、最寄り駅に向かってキャラバンを出発させるのが、7時10分と決まっているからです。

つまり、キャラバンを発車させる時間が、勤務時間のスタートなのです。

ただですね、この時期、車のフロントガラスは霜が張って、それを取るのに時間がかかるし、車に乗る前には、事前点検が義務付けられています。

そのため、時給が発生する30分前には出勤し、霜取りをしたり、エンジンを温めたりしているのですね。

だからこの30分は、サービス残業ならぬ、サービス出勤。

最寄り駅で、社員さんを車に乗せ、無事会社まで届けるのが最初の仕事。

そのあとは、工場から出た廃棄物の仕分けや、北風に吹かれながらの営業車の洗車や、諸々の雑用をします。

12月に腰が痛いときがあり、そのときは作業も辛かったのですが、腰痛もなくなった今は、強い北風さえ吹かなければ、外での作業も辛くはありません。


で、12時20分が作業終了時間で、これ以降にタイムカードを押して帰宅となります。

7時10分始まりで12時20分終了なので、5時間10分ですが、作業中に各自、休み時間をとるように言われています。まあ、その辺はアバウトなのですよ。

今の仕事がいいのは、僕を含めたアルバイトがいずれも高齢者で、無理なことは強要されないところです。

それと、特別なスキルも要りません。

廃棄物の仕分けと言っても、ノルマがあるわけではなく、自分のペースでやればよいのが、助かっています。

まあ、この仕事、長く続けられればいいのですがねえ。

何しろ、一か月ごとの契約なので、毎月雇用契約書にサインと印鑑をします。

まあ、午前勤務のときは朝は早いのですが、午後には家に帰れて、こうしてブログなどもノンビリ書けるので、ありがたい仕事だなあ、と思って感謝しています。

年末年始休暇最後の日は思いがけず

昨日は、正月ぐらい顔を出せということで午前中親戚の家に行き、長くなるかと思いきや、午前中に退散できたので、そのあと、花火師で投資家のSさん宅に行きました。

前日、Sさんから、Sさんの投資の師匠であるTさんが来るのできませんか、という誘いを受けていたからです。

Tさんの別荘には、これまで複数回行き、投資の話なども聞き、勉強させてもらい、また、行くたびにもてなしを受けているので、そしてさらに言うと、そのTさんからは、料理を詰めて持ち帰ったタッパーを借りたままになっていたので、それを返す意味でも、行けて良かったのですね。

ちょうどそのTさん、別荘の暖炉にくべるのだと思いますが、ちょうど良い薪を持ち帰るついでに、Sさんの梅の木の伐採や、その焚火を手伝っている最中でした。

僕としては、いつもSさんや、Tさんには、世話になりっぱなしなので、微力でも何かできればということと、何よりも、二人とも、僕から見れば投資歴も長く、毎回有益な話が聞けるというメリットもあり、喜び勇んで駆け付けたのですね。

Sさんの広大な梅畑で、ドラム缶に伐採した梅の枝を次々に放り込み、暖を取りながらの作業。

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僕にしてみれば、なかなか新鮮な作業です。

敷地30坪の小さな家に住んでいる身からすれば、広大な梅畑や、その奥に続くSさんのの敷地は、まさにカントリーライフそのもの。

そして、昼食も呼ばれ、Sさんのついた餅や奥さんの手料理をふるまわれ、親戚の家で牛丼を食べたばかりの僕は、それでも、自家製の餅と、蒟蒻や伊達巻をいただき、栄養を摂取。

昼食後も、ドラム缶の中で、伐採した梅の枝を燃やし、その後、Tさんの別荘の暖炉で使えそうな枝を集めて車に積み込みました。

僕にとっては、新鮮な作業で、楽しかったのですが、梅の畑を管理する、Sさんご夫婦にとっては、維持するだけでも大変な作業ではないかと思います。


年末年始休暇の最後の日は、思いがけず、新しい体験ができた日となりました。

断捨離後の我が家に初老の男4人

昨日は、不定期ながら、だいたい年に1度くらい集まる、懇親会が我が家で催されました。

集合時間は10時。

歴史研究会で世話になっているKM氏が、まず10時前に到着。

その後、神奈川県から来てくれたMK氏が白い愛車で到着。

さらにその後、同じく去年、歴研にも、参加したOY氏が到着。

我が家の2階のほうが日当たりが良く暖かいのですが、大きなテーブルがあるのは一階、しかもキッチンが近いほうが都合が良いので、一階でゆっくりと会話が始まりました。

各自、乾きものの食べ物などを持参してくれたので、僕が用意した分と合わせ、テーブルには菓子類が並び、ソフトドリンクで会話。

僕だけは、発泡酒と、途中から焼酎のお湯割りを飲んでいました。


老後の話になり、県庁を退職し、今は歴史と聖書研究にいそしむKM氏が、経済的には安定しているようでした。

一方、MK氏は、僕と同じで転職が多く、さらには厚生年金の加入年数も少ないので、年金受け取り予想額は僕よりも少ないようでした。ただ彼は、現役で働いており、70歳くらいまでは継続雇用されるようで、老後は、仕事を続けることを基本に考えているようでした。

今は障害者年金をもらって暮らしているOY氏は、最後の定期預金を解約し、そのお金をソープで使い切ったあとは、生活保護に逃げ込む計画だとのことでした。彼は持ち家なのですが、今は持ち家でも生活保護が認められるようだとのことでした。

皆、それぞれに、老後のことを考えていることがわかりました。


それ以外には、健康の話、昔の話、などなど、まあ、それを書いていくときりがないのでこの辺にしますが、のたうち回って散会となったのは、外も暗くなる17時過ぎで、7時間以上も話をしているうちに、短い冬の日は暮れてしまいました。

そして断捨離後、困ったことが一つ。

昨日、とっておきのワインを開けようとしたら、コルクに突き刺すワインオープナーも断捨離していたことに気づき、開けられず。

これは、昨日電車で来たKM氏と飲もうと思っていたのですよ。円谷プロ好きのKM氏も喜ぶジャミラのラベル。フィールズの株主総会でもらった非売品です。

うーん、このワインを開けるのは、後日となりそうです。

ろくでもない兄弟姉妹なら、いないほうが良くね

昨日は、おひとり様のアドバンテージを含め、つらつらと書いてみましたが、僕にも弟がいましたが、彼は生まれてすぐに他界したので、実質上一人っ子として、育ちました。

一人っ子の良い点悪い点を、書き出すと長くなるので省略し、ただ、今はおひとり様である事実だけを受け止め、その条件の中で、最大限楽しく生きることを志向しているのですね。

で、思うのですが、ろくでもない兄弟や姉妹ならば、いないほうがいいのではないか、と思うのですよ。

兄弟だから仲良くしなければいけないとか、姉妹だから理解し合わねばならないとか、そんな道徳に縛られていたら、息苦しくなると思いますね。

だって、実際上、ろくでもない兄弟や、ろくなもんじゃない姉妹、というのはいると思うからです。

で、こっちが、アイツろくでもないと思っていれば、たいがい向こうも、こちらに対し、ろくでもないと思っているわけで、まあどっちにしろ、修行なわけです。

これは親子の関係にも言えて、酷いのは毒親ですが、そこまで行かなくても、父と息子、母と娘、というのは、たいがいいがみ合うものと相場は決まっております。

更にはこじれて、母と息子、父と娘、義父と嫁、義母と婿、などなど上げていけばきりがないのですが、そこに兄弟同士の葛藤や、離婚再婚による、さらなるもつれ、などなど、シンプルではないのですよ。

そこへ行くと、天涯孤独のおひとり様はいたってシンプル。

シンプル イズ ベスト。

僕は頭の構造が単純なので、複雑なのは苦手です。

シンプルであれば風通しが良く、澱むこともない。

精神は、いつもサラサラとしている。


血液と一緒で、精神もサラサラしていないと詰まってくるのですよ。

何に詰まるって、人生にですよ。

世の中には、人生に煮詰まった人が起こす犯罪や、迷惑行為が後を絶ちませんが、それは、自分の面倒を自分で見切れない輩がやらかすことなんです。

血液も精神も、サラサラといきまっしょい。

ゆったりとしたリズムで自分自身に戻っていく

今にして思えば、サラリーマン時代いろいろありましたが、一番苦しかったのは人間関係などではなく、自分自身のペースで生きられないことでした。

働くことが嫌い、というよりも、自分のペースで生きられない、あるいは、自分のリズムで生活できないことが、ストレスなのだと、気づきました。

逃げられるものなら仕事から逃げたい、と思っていましたが、資産もない凡夫が生きる道は、労働以外にはありません。

で、その労働が嫌で、転職を繰り返した僕ですが、ようやく長く続けることができた会社を、よくよく考えてみると、リズムがゆったりしていたのです。あくまでも比較の話ですが。

その証拠に、僕は足掛け20年以上、複数の職場で24時間勤務をしましたが、一度仕事に行くと、仕事時間は長いものの、そこには遊びと言うか、ゆったりした時間もあります。

さらに言えば、その仕事から解放されれば、休息の時間が長いのです。

毎日出勤しなくて良い、というのが、僕には合っていたのだと思います。

まあ、そのように低空飛行でサラリーマン生活を続け、そろそろ限界かと思っていた頃に介護離職となり、今は介護を終えて、アルバイト生活になっているわけですが、年末年始の休みの間に、すっかり自分時間を取り戻しています。

自分時間とは何か。

それは、徹底的に自分のペースで生活するということ。

たいがい起きるのは8時過ぎで、朝食は食べず、コーヒーか紅茶を飲んでゆっくり過ごす。

動き始めるのは、早くても、10時ごろで、それまでにブログを書ければ書くし、書けなければ書かない。

別に義務ではないですからね。

道楽でやっていることですから、一週間以上書かなかったこともあります。

まあ、そのときは沖縄に行っていたときで、書く術がなかった、ということもありますが。

で、話を戻すと、今のアルバイト生活、月替わりで午前と午後と勤務が変わりますが、いずれにしても、長い時間働くわけではありません。

だから、一日の中で、自分の時間を持つことができる。

更には、おひとり様のアドバンテージで、しがらみが少なく、他人から時間を奪われることも少ない。

つまり、義理の付き合いというモノがきわめて少ない健全な生活なのですよ。

だから僕が人に会うときというのは、本当に楽しいから会うのですね。

先月隣町を一緒に歩いた友人Oにしても、花火師で投資家のSさんにしても、Aさん、Iさん、挙げていけばきりがないので、この辺にしますが、会いたい人と会い、話したい人と話しているので、ストレスはなし。

まあ、しがらみがあるとすれば、隣近所の自治会ですが、これも、なるべく楽しくやるようにはしています。

ことほど左様に、おひとり様は良いのですよ。三日やったら、やめられません。

ただ、その分、保証人がいないとか、負の側面も引き受けねばなりません。

でもまあ、トータルで見れば、僕は断然、おひとり様がいいなあ。

まあ今日も貴重な一日ですから、自分を遊ばせるために過ごすといたしましょう。

冬の午後の幸福

今日は午前10時に歯医者に行き、その後ライフの屋上駐車場に車を停めて、神社に行きました。

今年最初の外出かと思いきや、実は昨日も、お雑煮用の鶏肉がないことが判明し、ライフに行きました。

で、その前に、昨日は湖にも行ったのですが、その話は後日にでも。

さて、その神社、氏神様なのだと思うのですが、歴史のある神社です。


IMG_1728

お正月の3日とは言え、神社前には人が並んでいたので、素通りして神社周りを一周。

一周後、正式に鳥居から入り直したら、並んでいる人が少なくなったので、新年初の参拝。

やっぱり最初は、氏神様からお参りしないとね。

その後ライフに戻り、今日は買い物はせず、無料の水だけをゲットして、帰宅と思いきや、お茶が切れていることを思いだし、今度はヤオコーに行き、ヤオコーの駐車場に車を停めて、シャッターの閉まった商店街を散策。

腰痛も改善し、歩いているだけで幸せ。

公園を横切り、さらにぶらぶらして、正月でも開いているセイムスで、入浴剤をポイントでゲット。

ヤオコーに戻り、お茶を買って、帰宅。

メインに利用しているスーパーは、ライフですが、ヤオコーでしか買えないお茶があり、その場合はヤオコーも利用。

家に帰り昼食後、まったり過ごしていたら、眠くなり、ベッドに。

実は、午後にウトウトするのが、かなり好きなのですよ。

特に冬の午後のウトウトは、最高に気持ちがいい。

何だろうなあ、巷の、お金を使うレジャーとかあるじゃないですか、遊園地のアトラクションとか、外飲みとか、カラオケとかね。

まあ、そういうのもいいんでしょうけど、何もしない幸福って、最高なんですよ。

で、午後の昼寝を終えて、今、コーヒーを飲みながら、コルトレーンを聴いているんですが、完璧な午後ですね。

引きこもり生活から老後生活を予想してみる

29日から念願の冬休みとなり、ほっとしたのもつかの間、もう今日で5日目。

ということは、9日間ある冬休みの、今日は真ん中の日だ。

なんてこった、もうそんなに経っているのか、と思いつつも、時は刻々と過ぎていき、もさもさしているとすぐに昼になってしまいます。

で、今は、まだかろうじて午前中の9時台。

これも、油断しているとすぐに昼になり、何となく過ごすうちに夕方となり、という感じ。

そのようにまったり過ごすのは、嫌いではないのですが、また、退屈でもないのですが、働く日が刻一刻と迫ってくるのは、事実です。


まあ、働くと言ってもアルバイトで、正社員よりはよほど気が楽ではあるのですが、やっぱり毎日が日曜日がいいなあ、と思ってしまう怠け者なのですよ。

で、この引きこもり体質の僕が、老後をシミュレーションすると、やっぱ冬は快適だと思いますね。

それと言うのも、8時過ぎに起きれば、太陽の日が当たって部屋は暖かくなりつつあるし、家で過ごしていればインフルエンザリスクもなく、必要な時だけ外出して食料調達してくる、そんな生活がイメージできます。

何しろ働かなくていい老後生活は、健康維持が仕事のようなものですから、適度な運動を自宅でしながらの自炊生活。

すなわち、料理力を含む家事能力、ストレッチと自重トレの知識とスキルと実行力、家計管理能力、ときどき近所を散歩する程度の好奇心と社交力、などがあればいいのでは、と思うのですよ。

で、お金はあまりかかりません。

今現在でも、住宅ローンを除いた月の生活費は6万円程度。

一方、僕の現時点での年金の手取り見込み額は約9万円。

なので、住宅ローンさえ終わってしまえば、今よりもお金を使って月8万円で暮らしたとしても、1万円程度は残ります。これだと、老後資金もそんなに貯めなくてもよろしい。

もっともこれは、最低限の暮らしですがね。

でも僕は、その最低限とやらの暮らしが、凛としていて、嫌いではないのですよ。

まあ欲を言えば、通常はローコスト生活で質素に暮らし、年に2回くらいは、できれば4回くらいは、関東圏から外に出る旅行がしたいとは思っています。まあ、それくらいかなあ。

まあ、そのときの経済力次第ですね。

で、今日1月2日も、今のところ外出予定はなし。

食料も十分あるので、買い物にも行かずに過ごします。

ますます引きこもりたがっている自分がいる

年末は29日から休みに入り、今日は元旦なので、早4日目。

年末は、多少、遠出しようと思っていたのですよ。

まあ、今の僕にとっての遠出は、たとえば、父母の眠る墓のある入間市とか、その程度の距離なのですが、それさえも億劫に感じられて、結局行かずじまいでした。

で、別にそのことを後悔もしていないのですが、年末に多少レジャーらしきことをしたと言ったら、29日に、友人Oと、隣町の田舎道を3時間ほど歩いたことくらい。

まあ、これがレジャーになってしまうのだから、安上がりなのですが、どうもこの出不精は、体力の低下とも関連があるのかもしれない、と思っています。

かつて仕事をしていたとき、そう何年も前のことではない、50代中頃までは、24時間の勤務明けに都内をうろつく好奇心と元気さがあったのですよ。

まあもっとも、それでも40代の頃に比べれば、さすがに夜遅い時間まではうろつきはしなくなっていましたが、でもまあうろつこうという気はあったのです。

それが今は、想像しただけで億劫になる。

だいたい、どうなるかがわかるし、だったら行く必要もないか、と。

で、昨日は、掃除をしたり、テレビを見たりしていたら15時ごろになり、風呂に入って発泡酒を飲んだらもう夕方。

動かないので食欲もさほどなく、作り置きのおでんを食べたら、それでおなかいっぱい。

早めに床に入って、読書をしているうちに寝落ち。

まあその前に、今伊勢方面に行っている友人から、ラインが入り、赤福の写真なども送られてきて、両親を連れて伊勢に行ったのはいつだったかなどと考え、熊野古道や那智大社の写真なども次々と送られてきて、ラインの写真というのはクラウドに保存されるんだろうか、などと考えるうちに、写真の送信も終わったようで、また読書に戻って、おそらく数分で、寝落ち。

夜中にトイレに行きましたが、たっぷり眠ることができました。

やっぱ人間も動物なので、冬眠したくなるのかもしれません。

ということで、今日も、どこにも行かない予定です。

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