介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2018年12月

大晦日の長い夜を僕と過ごしませんか

おひとり様にとっての、大晦日の夜。

長かったりしませんか?

そんな時、僕と過ごしませんか?

僕は、孤独の達人ですから、あなたの支えになり得ますよ。

で、そんな孤独に寄り添う曲を。






僕の歌姫の一人、浅川マキの、「夜」が、あなたを慰めます。

紅白もいいけど、そんな世間に背を向ける夜も、いいと思いませんか?


人間をやめてしまいたい、と思うことがある

人間をやめると言っても、自殺願望があるとか、そういうことではありません。

まあ、いろいろとめんどくさいと感じるときはありますが、幸いおひとり様なので、いろいろなしがらみからは比較的自由な立場にいます。

クリスマスや年末年始は割と好きで、人々が浮かれているときというのは、僕はより自分を客体化できるので、その遊離感が人間というモノから離れられる気がするのです。

たとえば、帰省ラッシュ。

空の便も鉄道も高速道路も混んでいます。

それらを俯瞰して、大変だなあ、と思う。

海外への出国ラッシュも、たとえレジャーに行くとはいえ、大変だなあ、と思う。

たとえば、子供を連れて故郷に帰る、そこには両親や兄弟がいて、歓迎してくれる、両親にとっては孫の顔を見るのが楽しみだし、自分にとっては、それは年に一度の親孝行の恒例行事。ある意味、日本の家族制度の象徴のような風景。

微笑ましいのですが、その中に自分がいなくて良かった、という思いがある。

つまり、自分は人間というよりも、長らく人間を見つめている巨木のような感じ。

だから僕は、年末年始のさまざまな風景を見るのが好きなのです。多くの人が初詣にごった返す風景とか。

そして、自分は、そうした中にはいない。

自分が初詣に行くときは、人がいなくなったころだったりします。そのほうが、断然、いいから。

で、年末年始のこの期間は、僕のアルバイトも休みになるので、休んだ分はお金はもらえませんが、それ以上に、まとまった時間が得られるほうが嬉しいのです。

そしてその時間に、特別どこに行くでもなく、自分自身の内側に目を向ける。あるいは、自分自身に向かって旅をする。

いやあ、どこにも行かないと言っても、少しは、散歩のようなことはするのですよ。

事実、昨日も、友人Oと、隣町を散策しました。

川沿いを歩き、田舎道を歩き、青空を眺め、公園のベンチで自分で作ったおにぎりを食べ、また歩き、寺に立ち寄り、ふと目にした手作り豆腐店で豆腐を買ったり、そんなことをして3時間ばかりの散歩を楽しむくらいのことはします。

でもまあ、どうもこの、人間という役回りを演じるのも、あと、せいぜい30年くらいか、もっと短いか、なので、せっかくの人間生活を、自分なりに楽しみたい、と言うか、味わいたい、とは思っています。

そう思いつつ、まとまった時間のあるこの時期は、より本質的な自分自身へと向かっていきたいと、強く思っています。

滋賀県大津市生まれで山口県防府市育ち

滋賀県大津市には行ったことがあるのですが、山口県では下関とかには行きましたが、防府市には、まだ行っていません。まあ、その前に、吉田松陰先生の萩市に行かねば。


で、滋賀県大津市生まれで山口県防府市育ちは、山崎まさよしです。


山崎まさよしは、声が良く、音楽のセンスも抜群。


山下達郎には一歩及びませんが、得難い才能だと思っています。






まあ、明日は明日の風が吹きますからね。

イエス様も言っています。

「明日のことを思い煩うな。 明日のことは、明日自身が思い煩うであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」
とね。 

生活保護について、もう少し言わせてください

前回は、薬痴寺先輩にも登場していただいて、言及した生活保護ですが、確かに一般的なレベルの生活よりは少ない収入で暮らすことになります。

そのため、多くの人からは、あの程度のお金で暮らしてくのは大変だろうとの認識はされているでしょう。

しかし僕は、多くの現実と、また、生の肉声が吐露されている数多くのブログを徘徊して思うに、生活保護の生活扶助費よりも少ない、お金でやりくりしながら、そこから税金も払い、医療費も負担している事実を知っています。

僕自身も、今月は、住宅ローンを支払った残りの、生活費、6万円の中から、歯科治療費も捻出しています。

そういう意味では、僕も、生活保護以下の生活費で暮らしている一人かもしれません。

自分のことを棚に上げて物を言うつもりはありませんので、ここで、あえて自分のことにも触れました。


生活保護をもらっている人も、十把一絡げではないことも、容易に想像できます。

中には、本当に申し訳ない、と思いながら、肩身の狭い思いで受給している人もいるでしょう。そういう人に対しては、僕は何も言うつもりはありません。

そうではなく、前回の記事で言及したY氏のような人です。

若い頃の不摂生や無計画な支出、自身の放埓な生活が招いた末の生活保護で、さらにそれを感謝もせず、当たり前のように受け取って、その上不平不満までたれる輩のことを、薬痴寺先輩の言葉を借りて、評したのですね。


これは本当に、だんだん役者のようになっていくのですよ。

これは、役割演技というモノで、だんだんその役柄を演じるようになっていくのですね。

つまり、生活保護を受けているのだから、それらしく不景気な顔をして、同情を引かねばならない、というふうにです。

これは、本人にとっても幸せなことではないのですが、ぬるま湯につかっているような楽な部分はあるのですよ。そう言っておけば、何とかなる、からです。

一方、生活保護費よりも少ないお金で暮らしている人たちは、泣き言を言っても一歩も改善しないことを知っていますから、自助努力で生活を切り詰めたりして、国民の義務を果たしているのです。

このあたりのことを、つたない文章ではありますが、言いたかっただけなのです。


さらに、前回は言及できなかったことも、付け加えます。

それは、生活保護をめぐる周囲が、ビジネス化していることです。いわゆる、貧困ビジネスですね。

生活保護者を囲い込んで上前を撥ねるやり方ですが、これだと、生活保護者も自由がなく、囲い込まれた家畜状態です。

金の臭いのするところには敏感な闇社会の人たちが、手を出しやすい環境がそこにあることもまた、問題ではないでしょうか。

世の多くの人たちは、場合によっては、生保をもらっている人よりもきつい体調を引きずりながら、今日も仕事をしています。

僕自身も、先週は腰を痛めていましたが、アルバイトとは言え、仕事の分担責任がある以上休むということは考えませんでした。

通常の業務に加え、年末は廃棄物の量が増えます。それらの仕分けに忙殺される中、営業車の洗車も仕事に加わったため、水仕事が増え、両手の指先の幾つかはあかぎれ状態です。さらには歯科治療中の入れ歯の金具が当たって痛く、まあ、腰痛がメインでしたが、3つの痛みを抱えながらの作業でした。

僕などは、まだ半日仕事で大したことはありませんが(体力的に一日仕事は回避しています)、世の大半の人たちは、大変なストレスの中、仕事をし、生活をし、税金を払っています。

そうした生活者こそが、報われる社会であってほしいと、思っています。

生活保護のY氏に薬痴寺(やくちじ)先輩からも一言が

いやあ、生活がきつくてね、と、Y氏は言う。若い頃から仕事が長続きせず、厚生年金もどのくらい納めていたのか会社任せで記憶にない。どうやら、受給権利がないくらい少ない年数らしい。

金があるときは、競馬に競艇、パチンコパチスロ、あとは風俗。不摂生がたたり、病気がちになり、働けなくなって、生活保護に。

今度テレビを買い替えたいが、お金がなくてね(まあそのくらいの金はあるがそう言っておかないと世間がうるさいからな)。

大っぴらではないがたまには気晴らしにパチンコにも行き、タバコも吸う(パチンコしてるとこ見られたく無しい、タバコくらい吸わせてよ、医療費タダなんだし、いいじゃん)。

Y氏の仕事は、強いて言えば、不景気そうな顔をして、同情を誘うこと。つらい、苦しい、が口癖。

Y氏は、自炊は苦手。時間は有り余るほどあるが、自炊などめんどくさい。スーパーマーケットの寿司の弁当や、出来合いの総菜と発泡酒で、夕食を食べることが多い。食費がかさむが、自炊する気はなし。(それでもやっていけるんだからいいじゃん)

Y氏の昼はガストでランチ(たまにはステーキガストに行かせてよ)。

Y氏の支持政党は共産党。自民党は嫌い。

Y氏の政治家への希望。「弱者にやさしい世の中にしてほしい。生活保護費をこれ以上削らないでほしい」

Y氏の嫌いな言葉。「自己責任」「自助努力」


Y氏(65歳一人暮らし)の生活保護費の内訳。

住宅扶助 53700円。

生活扶助 79530円。

合計の生活費 133230円。


なお、今回、上記Y氏に対し、薬痴寺(やくちじ)先輩からも、コメントをいただいております。


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一方、身を粉にして働いて、きちんと40年間、国民年金を納めてきたUさん。

月額66008円の年金でつつましく暮らす。この低年金でも、医療費はタダではないため、タバコも吸わず、パチンコにも行かない。

食事はもちろん自炊。

外食は何年もしたことがない。

ボロやだが、持ち家であることが救い。

ただ、今後の修繕費が不安で、まだどこか節約できるところはないか思案中。

飼い猫が病気のため、自分の食費を削って獣医費用を捻出(来年度のペット保険を検討中)。


つぎは、零細企業を3社ほど渡り歩いてきたCさん。給料は少なかったが厚生年金の空白期間はほとんどない。ずいぶん払ってきたつもりだったが、年金の月の手取りは12万ほど。

老後、おひとり様は賃貸が借りづらいと聞いて、50歳のときに中古マンションをローンで購入。幸いローンの支払いは終えているが、年々上がる管理費と修繕積立金が、今や合計で月3万円に。

さらに追い打ちをかけるように、マンションの機械駐車場が耐用年数を迎え、入れ替えることに。老後生活の節約で車を手放したCさんも負担金を免れることはできず、大きなお金が出て行った。これには、老後の備えで毎月積み立てていた投資信託を解約して対応した。元本割れだが仕方がない。

Cさんの家計内訳

マンションの管理費と修繕積立金 30000円
65歳を過ぎてからかさむようになった医療費 20000円
マンションの固定資産税を含む税金関係の月割り10000円

残りの6万円が事実上の生活費だが、食費は自炊を基本にして20000円以下に抑えている。

現在の心配事は、持病を持っているがゆえにどうしても必要な月20000円の医療費が、今後増え続けるのではないかということ。


上記3例は、僕が今急遽こしらえた絵空事ですが、生活保護費の内訳は東京都独身高齢者の支給実態に基づいています

日本が弱者?にやさしく、真面目な生活者に厳しい国であることを、言いたかっただけなのですね。

ただ、誤解なきように言っておきますが、困っている人は堂々と生活保護費を受け取ってください。

特に子供のいる母子家庭なら余計、堂々ともらってください。子供は国の宝であり、子供を育てているだけで立派ですからね。

ただ、少数だとは思いますが、Y氏のような人もいると思います。若いころ遊び惚けて、将来の備えもせず、それで生活保護に逃げ込んで、真面目に年金を納めてきた人よりも有利な立場で暮らしている人ですね。

その矛盾について、ちょっと言いたかっただけなのです。


おい、くりすますいぶにするはなしじゃねえべ。

年金受給だけを目標にしていたKがついに力尽きる、節約疲れか

会社員生活が嫌で早期退職したK氏が、40代の若さで力尽きました。周囲からは、節約疲れではないか、との噂が。

K氏がリタイア生活中に唯一楽しみにしていたのは年金受給。

それまでの長い年月は、ひたすら預貯金の目減りを抑えた節約生活。

K氏によれば、働くことの苦しさに比べれば、節約など大したことはない、とのこと。

しかしそのK氏、年金受給前に力尽きました。

政府は、財政上の理由から、年金受給を70歳からとしていましたが、それを75歳に延長。

平均寿命も延びているため、90歳まで生きると仮定して、15年ほどならば、年金も支給できるとの判断によるものです。

K氏、残念だったのは、K氏の数か月前に生まれた人は、70歳からの支給だったことです。その数か月が、K氏の年金支給を5年先延ばしにしたのみならず、これまで我慢に我慢を重ねてきた節約暮らしの疲れが一気に噴き出し、K氏を床につけてしまったのです。



このK氏、僕の過去記事にも登場しますが、隣の市に住んでいる世捨て人です。

世捨て人に会いに行く

早期リタイア貧乏古家暮らしの課題は寒さ対策


Kの名誉のために言っておきますが、もちろん彼はまだ倒れてはいませんし、今後も倒れる予定はないでしょう。

ただ、相変わらずの貧乏暮らしは、文学青年崩れにありがちなものとはいえ、大変なようです。彼はアルバイトをしているようなので、のたれじぬことはないでしょう。


多くの人にとって、年金受給までは長い道のりになりました。

一方、生活保護者は、恵まれていますね。

それに関しては、次の記事で書いてみます。


パラダイスに突入、マジやばくね

このブログでは、何度も山下達郎の天才ぶりを紹介してきましたが、はっきり言って、ぶっちぎりです。


彼に比肩しうるミュージシャンて、いるんでしょうか。

桑田佳祐とか。

忌野清志郎とか。

うーん、やっぱ、山下達郎には一歩及びませんね。

桑田佳祐は、めっちゃ好きなんですよ。それでも、山下達郎と比べると、あと一つ。






名曲が100曲ぐらいありますが、Sparkleもその一つ。

倒れ込むようにして辿り着いた休日

今週は火曜日に発生した腰痛の影響から、いつもよりも一週間が長く感じました。

二足歩行がままならないという初めての事態で、少なくとも割り当てられた労働はこなさねばならず、まるで類人猿のような格好で、のろのろと歩きながら仕事をこなしました。

そこは半日勤務のありがたさで、今月は午後勤務なので、寒い午前中は日当たりの良い部屋でのんびり過ごし、英気を養ってから出勤。

帰りは夜になりますが、風呂に入り、夕食を食べたら、自分次第で好きなときに寝られるところがおひとり様の利点。

できる範囲でストレッチなどもしながら、とにかく自分第一に静養しました。

とは言え、アルバイトは休めませんから夜は早く寝てたっぷり睡眠。

幸い、腰が痛くて眠れないとか、そこまでの状態ではなかったので、眠ることに支障はありませんでした。

そして、腰の状態も薄紙を剥ぐようによくなっていき、水曜日、木曜日と日が進むにつれ、徐々に回復。

で、昨日金曜日は、多少足を引きずりながらも類人猿からは脱出。

そして、今日、土曜日の休日の朝、これを書いています。

倒れ込むようにして辿り着いた休日なので、有難味もひとしお。

また、腰の状態もだいぶ良くなっているので、普通に歩けることの喜びを改めて感じ直しています。


今日はこれから、9時半に予約してある歯医者に行き、そのあとはライフで買い物、あとはゆっくり自宅でくつろぎます。

明日の日曜日美術館は先日回顧展に行ってきた相原求一朗の特集なので、今から楽しみです。NHKは批判も多いのですが、民放にはない良い番組も多いので、受信料の払い甲斐があります。

その少し前の日曜美術館では、松本竣介もやっていました。

松本竣介の絵が見られるのは、群馬県桐生市にある大川美術館なので、僕の家からだと少し距離がありますが、来年あたりは訪れてみたいと思ています。

人生は苦しみの連続だからこそ小さな楽しみを大切にしたい

人類の理性と知性の最高峰のひとりが仏陀釈尊であることに、異議を唱える人は少ないでしょう。

その最高の知性が、人生は苦なり、と喝破したのは2500年の昔。

2500年前のインドは衛生状態も悪く、今よりも過酷な環境だったので、それだけでも楽ではないことは想像しやすいのですが、今の生活が文明の恩恵で快適さを増していることを割り引いても、人生が苦であることは現代も変わりません。

生老病死の四苦が有名ですが、それ以外にも4つあり、併せて四苦八苦。

そのうちの一つ、愛別離苦を、僕も今年母を亡くして、痛感しました。

サラリーマンであれば、怨憎会苦は、ほぼ毎日でしょう。パワハラ上司、傲慢な顧客、言うことを聞かない部下。

で、家に帰れば安らぎがあるかと言えばそうでもなく、気持ちが通い合わない妻、反抗期の子供がいて、その妻子を養うために、会いたくもない会社での人間の顔を脳裏に浮かべ、それでも満員電車に揺られながら、痴漢冤罪の恐怖にも怯えながら通勤する毎日。


それ以外にも、求不得苦がありますね。こんなボロアパートにいたくない、壁も薄いし、夜も眠れない、その上寒さで暖房費もかさむ、でも、金がないから引っ越しもできない、マイホームなどは夢のまた夢、欲しいものが手に入らない苦しみ。

漫画家になりたいのになれない、あいつは一発でオーディションに受かっていい役をもらえたのに、俺はもう20回も落ち続けている俺のほうが才能があるのに、あんなにサービスしたのにちっとも店にきてくれない、やり逃げは許さないわよ、などなど、世の中の事象も他人様も、自分の思うようには動いてくれません。


今つらつらと挙げた事柄は苦しみのほんの一部で、僕であれば、今は腰痛で苦しんでいる最中です。

これは、生老病死の、病の苦しみに分類されるでしょうか。実際に腰が痛いと、二足歩行がすんなりとできなくなります。痛い腰をかばいながら歩きますからね。

ついでに言うと、僕は上の歯も下の歯も部分入れ歯で、最近部分入れ歯の金具が歯茎に当たっていたくて、痛みを感じながら食べています。


今アルバイトで働いている職場に行けば、老害先輩社員はいるし、正社員にも横柄な人がいたりします。

で、そなことをあげていけばきりがないので、僕はすべてを受け入れて生きることにしています。病気もオッケーだし、嫌な人間関係もオッケー。所有株の値下がりもオッケー。

全部受け入れて、明るく生きる。まあ、暗く生きてもいいんですけど、かつての僕のように。

ただねえ、人生は、他人様がおもしろくはしてくれないのですよ。

自分で自分の機嫌を取るしかないんです。

で、僕は、日々の生活の中に、ささやかな楽しみを見つけるようにしているんです。


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先月は午前勤務だったので、6時頃に家を出るのですが、通勤途上に小さな橋があり、朝もやがかかっていたので写真をパチリ。

束の間ではありますが、こんな朝もやの風景に感動を覚えることが、僕の言う小さな楽しみだったりします。

そんな小さな楽しみを搔き集めれば、この苦しみの人生も輝くのではないでしょうか。

仏教では、それを大河の中にある中州にたとえています。

まあ本来の仏教は、神様に頼ることなく自分で幸せになっていく哲学のようなもので、大乗仏教が出てきてから本来の教えはゆがめられてしまいました。

で、別に大乗仏教でも、その人がそれで楽になるのであればいいのです。

日本に伝わているのは、99%が大乗仏教ですから、まあ、偽経ですね。

偽経でも、僕は別に否定はしません。仏陀釈尊が絶対かと言えば、それもまあ怪しいからです。仏陀釈尊と言えども、人間には違いありませんから、完璧ではありません。

まあ、偽経を掲げる日蓮で救われようが、親鸞で救われようが、かまわないのです。その人に合った救いで良いのではないでしょうかね。

だから僕は、今は大川隆法を1ミリも信じてはいませんが、大川隆法の教えですくわれる人がいても構わないわけです。

まあ何はともあれ、自分で自分をハッピーにしていくしか道はないということを言いたかっただけなんですね。

弱い人間には弱い人間なりの生き方がある

僕は自分がつくづく、弱い人間であることを、20代の頃から自覚しているので、あまりできの良くない頭をそれなりに使って、どう生きれば楽になるのかを考え続けてきました。


20代から35くらいまでの地獄の日々を思えば、年を取ったとは言え、今のほうがはるかに幸せなのですが、傍から見れば、好き勝手に生きてきた僕は、自由で楽しそうに見えたかもしれません。

で、弱いのは昔も今も変わりません。

弱くて、いいのです。

柔弱謙下ですからね。

僕は、自分に対してものすごく甘い人間なので、他人に対してもなるべくやさしい人間でありたいと、思っています。

自分に甘くて、他人に厳しいのは、最悪ですからね。

せめてその、最悪の路線だけは避けたいというだけなのです。

世の中には自分に厳しくて、他人には寛容な人格者もいますが、そこは目指さなくてもよろしい。

で、今もつくづく、自分は弱いなあ、と感じています。

ですが一方、弱い人間は慎重になり、危険を避けることができやすい、という利点があります。

この能力を最大限に生かして、何とかこの後の人生を乗り切っていきたいと思っています。

今は腰痛で苦しんでいる最中ですが、この腰痛も、人生を生きるヒントにしたいと思っています。

たとえば、腰痛になって改めて、断捨離の功徳を感じました。

部屋がすっきりしているので、移動が楽です。

健康であれば大して気にもならないことでも、腰痛で歩きづらくなっていると、歩きやすい環境か否かは重要です。

今後、年を取っていくにしたがって、歩行も困難になっていきます。そのときに部屋が散らかっていたら、危険がいっぱいです。

今のような腰痛を抱えながら、以前の部屋のようであったなら、ストレスも大きかったに違いありません。散らかった部屋にいたら、心が休まりません。

腰痛を通して、改めて、断捨離の重要性と、住環境の大切さを感じました。

弱い人間は、その弱さを逆利用して生きていくしかありません。

つまり、弱さが、プラスに転じる生き方ですね。

弱さについては、以下の記事でも、取り上げています。

僕くらい、弱い人間はいない

弱くても、だいじょうぶです

弱くてもいいのだ、と、僕は自分の弱さを肯定しています。そのほうが、生きるのが楽だから。

なんせ僕のテーマは、この苦海のごとく苦しみの連続の人生をいかに楽に生きていくか、ですからね。


突然の腰痛と何とかやり遂げたアルバイト

昨日は職場の駐車場に車を停め、タイムカードを押す場所まで歩いているときに、腰に違和感を覚えました。


その後、ロッカーの前で着替えるときには、かなりきつい状況に。

何とか着替え、通常作業に入りましたが、歩くたびに腰に響き、動作は緩慢。

長い半日作業となりました。

最後に従業員を送迎し終え、帰る頃には、いくぶん、左側の腰の痛みは和らいでいましたが、帰宅後すぐに入浴。

そして、ゆっくりと夕食を作り、ゆっくりとそれを食べ、早めに床に。


今朝は、昨日の痛みを10とすると、6くらいには軽減していると思います。

アルバイトとは言え、働いている以上それなりに責任はあるので、休むことは考えていません。

今月は昼から勤務なので、助かっています。

ゆるやかな劣化は、精神衛生上ありがたい

僕が体力の衰えを感じたのは56歳のとき。

ギアが一段階落ちるように、ガクンと衰えました。

仕事でもミスが目立つようになり、自分でも、これはやばいかも、と思いました。

まあ、自覚症状があったのは救いでした。

老朽ビジネスホテルの設備管理の仕事だったので、ボイラーや冷凍機、あるいは老朽化した配管なども扱うため、ひとたび事故でも起こせば、即営業停止です。

一度、僕のケアレスミスで、危うくボイラーの爆発事故になりかねない出来事もありました。

そのときのことは、今でもよく覚えていて、それ以降、何か重要なことをするときには、指をさして点検するようになりました。今でも、その行為は実践しています。

駅員さんが、ホームなどで、指をさして確認していますが、あれは大切な行為なのですね。

で、今も、僕は劣化の途上にあり、体力、気力が、相当落ちているので、それに比例して、欲望も少なくなっています。

欲望が少なくなるのは、楽になることでもあるので、ゆるやかな劣化は良いほうにも働くのですね。

それに対し、急速な劣化は、戸惑うと思います。

以前は簡単にできていたことがいきなりできなくなる、とか。

それまで自信満々だった人ほど、パニックになるかもしれません。

能力の劣化は、もう致し方なく、それは素直に受け入れて、同時に、新たに目覚め始めている別の能力のほうを、注目するほうが良いように思います。

別な能力というのは、内省力、とも言うべき静けさに耳を傾ける心です。

これが研ぎ澄まされてくると、孤独は畏怖すべき対象ではなく、親友になり得ます。

今日は曇天。

一昨日鑑賞した相原求一朗が描く絵のような空です。

この灰色の空を背景にした冬景色を味わいながら、内省的な時間を過ごすことは、至福以外の何物でもありません。

こういう日は、ジャズではなく、シューベルトの冬の旅がBGMには最適です。

大正浪漫夢通りを通って相原求一朗に会いに行く

昨日、15日は、昼頃から川越に行ってきました。相原求一朗の生誕100年の回顧展があったからです。

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大正浪漫夢通りを通って、のんびり歩きました。

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スターバックスも、小江戸川越風

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第一部の展示が見られます。学芸員のガイドは14時からでした

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帰りは、夕闇迫る蔵造りの街を通って

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通し券を買ったので、次に行くのは、2月か3月になります。

アルバイトをするようになってから、遠くへ行きたい気持ちが薄れています。近くに川越があってラッキー。

また、相原求一朗に会いに行けます。


ネコちゃんが僕の家周りでよくくつろいでいる

先ほど、玄関ポストに新聞を取りに行ったときに、ネコちゃんが、寝そべっていました。

僕の家周りでは、いろいろなネコがくつろいでいます。決まった飼い主のない猫が数匹いて、近所のおばさんが、ときどき世話などをしているようです。

で、僕の家は日当たりがいいので、ネコちゃんにとっては恰好のくつろぎ場。

ただ、ネコちゃんは警戒心が強いので、下手に近づくと、すぐに逃げられます。

そこで、くつろぎの邪魔をしないように、少し離れたところから、写真を撮ってみました。


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ネコちゃんが警戒してこっちを見ています。

大丈夫だよ、ネコちゃん、ゆっくりしていきなよ。


心配性の人からは貧乏波動が出ている

僕は、他人様から見るとびっくりするほど預貯金額も少なく、株を所有していると言ってもわずかなもので、いわゆる弱小投資家なのですが、貧乏ではありません。

それはなぜか。

それは、僕からは貧乏波動が出ていないからです。

預貯金額だけを比べれば、僕よりもはるかに多く持っている人でも、貧乏波動を出している人がいたりします。

預貯金額というのは、豊かさを測る物差しの一つにすぎません。お金がいくらあっても、貧しい人は貧しいのです。

一方、大してお金もなく、資産も少なくても、豊かな人は豊かなのです、僕のように。

これはきわめて簡単な話で、この世の一切のものは、波動でできているからなんです。その波動で、豊かか貧しいかが決まるんですね。

まあ、幸せ、不幸せも、そうです。


僕は、幸せです。

この理由も簡単で、僕からは幸せの波動が出ているからなんです。

みんな頭が良すぎて、複雑に考えすぎるんです。その、無駄なことを考える頭で判断するから、騙されたりするんです、かつての僕のようにね。

無名の素朴なおばあさんが、凄い眼力を持っていたりするのは、いい意味で単純に生きているからなんです。このおばあさん、一発で、大川隆法の欺瞞性を見抜きましたからね。

下手に頭のいい人は、・・・まあ、やめておきましょう。


話を元に戻すと、心配性は損だよね、ということです。

良寛さんのように、素朴に生きていれば、困ることはありません。

女性のほうが、定年後の居場所で悩む人が少ない

大半の男が、定年で一線を退くと、むなしさを感じるらしいのですが、僕は少数派なのか、早く会社をやめたかったので、そのようなことはありませんでした。

定年前に介護離職をしたときも、抵抗なく辞められたのは、会社勤務への執着がなかったからだと思います。

だから、介護を不遇に思うこともありませんでした。ラッキー。

で、大半の男連中が、定年後の居場所がないらしいのですよ。お気の毒に。

それに対し女性はと言うと、定年後の居場所で悩む人はほとんどいないのだとか。

女性のほうが定年後の居場所で悩む人が少ない、ということは、この点では、男よりも女性のほうが成熟している傾向があるということでしょうね。

なんか男は、不器用ですねえ。

会社を辞めると肩書も剥奪されますからね。それにアイデンティティを依拠していた人間は、それだけでディスアドバンテージです。肩書なんて、ただの記号だということがわかっていないのですね。

その点、フリーター、ヒッキー、あるいは僕のような転職放浪者は、強いですよ。

もともと下に見られることになれているので、バカにされても阻害されても、立ち直るすべを心得ています。

他人や環境に頼らず、自分で上機嫌を回復することができるんです。

このアドバンテージは計り知れません。年を取るほど、効いてきます。

老後資金が減るのはしんどいが

このところの相場環境で、悲鳴を上げているブログをときどき見かけます。

それらは主に、株式投資関係のブログで、僕も別ブログで、株中長期投資というカテゴリーで記事を書いているので、見かけるのですね。

こちらの、50代おひとり様とセミリタイアカテゴリーで、株や投資のことを書くことは滅多にないのですが、昨日は、投資信託について書いてみました。

で、僕は投信はやらないのですが、友人で、少ない投資で利益を出した人がいて、主にその人の言動を参考に書いた記事でした。

投資をある程度若い時期から始めている人は、相場環境に一定の耐性ができていると思います。

僕自身、今、持ち株のマイナスは、40万円ほどになっていますが、割と平気でいられるのは、そうした耐性があるからなのだと思います。

40万円と言えば、僕のアルバイト4か月分にも匹敵する額なので、労働換算するとつらいものがあります。

また、それ以上に、老後資金が減っていくことへの抵抗感もあります。

ただ、僕には、不安というものはありません。

むしろ、こういう波乗りのような相場のほうがおもしろく感じます。

デイトレではないので、のんびり構えていられる部分も幸いしているのでしょう。

ただ、他人様のブログを見ていて思うのは、やっぱ、損失が、1000万円越えなんかになってくると、さすがに落ち込みも厳しいようです。

もっともそういう人は、調子のいいときには威勢のいい発言をして、ノリノリだったので、振れ幅が激しいのでしょうね。それなりの金額をリスクに晒しているから、仕方がないとは思いますね。

僕などのように、少額投資家は、その点、下に振れても、せいぜい数十万円程度なので、気が楽です。

とは言っても、アルバイト数か月分の損失が、1年分の損失になったりしないように、しっかり舵を取っていきたいとは思っています。

ここ1,2年で投資信託を始めた人の未来

僕の友人で、投資信託である程度の利益を出した人がいます。

今は年金生活で、その年金もそう多くはないようですが、10年以上コツコツと毎月投資信託のお金を口座から積み上げたおかげで、助かったと言っていました。

彼がやっていたのは、さわかみ投信。

2006年ごろから始めて、2017年の初めまでやっていたようです。

金額は、毎月1万円。

これが、毎月彼の給料振り込みの口座から引き落とされていたようです。

途中、積み立てた金額よりも、だいぶ少なくなっていたそうですが、投資だと思い放っておいて、そして去年、解約したそうです。

総投資金額が130万円ほどで、解約したときに彼の口座に戻されたお金が210万円弱。

これは、信託報酬を除いての戻し金なので、利益は80万円。

2割が税金で持って行かれても、64万円の純利益です。

これは、素晴らしい投資成績だと言えるでしょうね。

で、彼に、もう投資信託はやらないのかと訊いたら、今始めるのは損だ、とのこと。

彼が投信を始めたのはリーマンショック前。

なるほど、確かに、途中で、積み立てた金額よりもだいぶ少ないと、くじけそうになったこともあったのは頷けます。

しかし、そのまま放置しておいたおかげで、利益が出たわけですね。

彼にとっての、64万円の純利益は、大きかったようです。

彼が言うには、この1,2年で投信を始めた人は、高いときに始めているから、この後の未来は暗い、そうです。

まあ、普通に考えても、東京オリンピックの後の景気の冷え込みは予想できますから、株価もそれに連動して下がれば、投信も、もろに影響を受けます。

彼は、もう手仕舞いしているので、この後株が上がろうが下がろうが知ったことではない、そうです。

僕自身、株をやっていますが、株の場合は、自分でハンドルを握って運転しているようなものです。事故をしても、それは自己責任とあきらめもつきます。

しかし投信は、他人が握るハンドルの車に乗っているようなもの。その他人が、事故を起こしても、その車に乗ったあんたが悪いのよ、でおしまいです。

ただですねえ、老後資金が減るのはしんどいのですよ。

だって、コツコツ積み立てているその投信のお金は、やりたくもない仕事をやったりした労働報酬から出ているわけですよ。

僕は自分が株をやっていますが、滅多なことでは人に勧めません。株で勝つ人ばかりではないからです。

ましてや、老後が近い人には、株の話などしません。30代とか40代で、将来の投資を考えている人で、興味がある人には、多少、株の話をするくらいですね。

投資は自己責任とはよく言ったもので、他人が運転する車(投資信託)を、これから始めようとする人がいたら、よく考えてからやるように、とは言いますね。

保険定期解約し、被害1億円超 、現在預金8円

日本消費経済新聞の特設ページに掲載されていたジャパンライフ被害者の悲痛な叫び。

61 歳の女性は、 4年前にジャパンライフと契約をし、 被害額は 86 歳の母親と合わせて1億円を超える。 製造業で 40 年間働いて得た退職金をすべてつぎ込んでしまった。

保険を見直す専門の社員がやってきて、 満期時に入ってくる保険料と比較した具体的な数字を示され、 保険も解約した。

郵便局や銀行の預金、 定期預金は、 マイナンバー制度で税金がかかると言われ、 根こそぎチェックさせられ、 解約した。

老後も老人ホームをあっせんしてもらえると言われ、 すべての資産をつぎ込んでしまった。

ジャパンライフからの入金が途絶え、 通帳には8円の残額しかなかった。 「ばかでした」。 年明けには死を考えた。今は時給 700 円のアルバイトを始めたが、 「この先、 どうやって生きて行けばいいのか」


気の毒すぎます。

有り金を調べ、根こそぎ持って行くところは、カルト宗教を連想させます。

ただ、今は最低時給も少しは上がっていると思うので、時給700円では安すぎですね。

いずれにせよ、大金を根こそぎ持って行かれた後の時給アルバイト暮らしは、本当につらいと思います。

特設ページに掲載されていた別のケースも紹介します。

 63 歳の女性は、 親や家族も含め 2000 万円を超える被害に遭ったが、 同社のカウンセラーとして月々数万円の報酬をもらって、 友人を勧誘してしまった。 1000 万円、 2000 万円、 700 万円と、 友人の被害額も高額だ。 カウンセラーで得た報酬はすべて新たな契約に回され、 手元にお金はない。

  「友人が老後に、 少しでもお金をためられればいいなと思った」 というが、 今となっては 「悪くて、 昔のような関係ではいられなくなった」 という。 友人も家族に相談できず、 1人で泣いていた。


  「大切な仲間だったのに、 引け目を感じる」 「死にたいと思った」 「ご飯ものどを通らない」 「下痢になって、 朝まで眠れない日が続いた」 「こんな年になって、 皆、 老後の資産をすべてなくしてしまった」 「会長は人間じゃない。 鬼だ」。 そう訴えた。



これも、つらい話です。お金だけでなく友人も失うという、まさにこれも、カルト宗教に洗脳されたケースと似ています。

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こうした事件を知るたびに、マネーリテラシーと言うか、眼力の大切さを痛感します。

斎藤一人さんの「眼力」を読んでいれば、簡単に見破れたのに、と思うと、僕も他人ごとではありません。

僕自身、カルト宗教に、お金と時間を奪われた人間ですからね。

家にいるのがこんなに楽しいのは普段働いているからだと思う

今日は念願の週末で、土曜日。

ゆったりと過ごしています。

念願の、何て大袈裟ですが、まあ、5日間もぶっ続けで働くと、やっぱし、週末のお休みは嬉しいのですよ。

特に断捨離後は部屋にいることそのものが快適なので、しかも今は冬で外はそれなりに寒いし、家でのんびりすること自体が、僕にとってはレジャーなのですよ。

しかもこのレジャーは、お金がまったくかからない。

ところが、気づいてしまったのですよ。

家にいるのがレジャーなのは、それは毎日働いたご褒美だからなのだと。

もしこれが、毎日が日曜日状態ならば、やがて、家にいることはレジャーではなくなるのですよ。

家にいることが、だんだん鬱々としてきて、外に出たくなるのは必定。

今は、アルバイトで外に出て行かざるを得ず、多少のストレスもあり、そのストレスからの解放が、家にいる快感に拍車をかけている側面もあるわけです。

ところがですよ。

毎日家にいたらあなた、それはだんだん飽きてくるのですよ。レジャーがレジャーではなくなるのですよ。

そうすると外に出ますね。

なるべくお金を使わないローコスト生活で外に出るとすると、僕の場合、行き先は図書館になります。町の図書館は小さいのですが、それなりに快適です。

でも、隣の市や町の図書館にも行くし、あと、埼玉県の僕の住んでいるあたりは、山や湖もあるので、そのあたりをぶらついたり、海はないけど川はあるので、川岸を歩いたり、と、そんなことをするでしょうね。

このあたりが、自分が想像できる、老後の生活なのです。

あとはスーパー銭湯というか、日帰り入浴施設ですね。これは結構な数が、気軽に行ける範囲であるので、こうしたところに行き、行った日は家での入浴を控えてガス代を節約するとか、そんな生活が予想されます。

いずれにせよ、今、家で快適さを味わえるのは、普段アルバイトをしていることが大きいのではないかと、思ったのですね。

体力の衰えか、半日勤務でも週末が待ち遠しい

今月は、午後勤務なので、これから早めの昼食を食べ、12時過ぎに家を出るのですが、帰ってくるのは19時近く。

通勤時間を入れて、7時間拘束なので、自由時間は多いと思います。

現役の会社員時代に比べれば、圧倒的に時間労力的には有利なのですが、加齢とともに体力が低下していて、かなり疲れるときもあります。

19時に帰り、風呂に入り、夕食の支度をして食べ終えると、21時近くになっていて、歯磨きに20分を要すので、あっという間に21時半。

見たいテレビ番組は録画して、CMをカットして時間を節約するのですが、昨日は、撮り置いておいたボンビーガールを見ながら夕食。

上京したボンビーガールのその後を見て、人生いろいろを実感。


夕食後体力が残っていれば、音楽鑑賞とか読書ができるのですが、最近は、胃袋が満たされると同時に眠気が襲ってきます。

午後勤務の良いところは、朝がゆっくりな点です。

そのため、目覚ましをセットする必要もなく、リラックスして寝られます。

で、今日は8時40分ごろ目を覚ましたのですが、ゴミ出しの時間は8時半まで。

そこはご愛敬で、9時少し前にごみを出し、出勤前のひと時を過ごしています。

まあ、今日一日働けば、明日は休み。

週末は、オアシスです。

うーん、世の多くの人はフルタイムで働いているのですよねえ。

すごいなあと思いつつ、もう自分にはそのような働き方はできそうになく、ますますローコスト生活で生き抜く術を磨かねば、と思う今日この頃です。

50代独身女性の平均年収と老後の備え

ネット検索をしていると、いろいろな分野の平均値がを知ることができて、興味深いですね。


平成26年に総務省が行った「全国消費実態調査」によると、40代独身女性の平均年収は393万円となっています。

30代独身女性の平均年収は338万円で50代独身女性の平均年収は356万円であり、30代と50代に比べると40代の平均年収が一番高いことがわかります。



僕の率直な感想では、けっこうもらってるじゃん、という感じです。

ただ、年収が高くても、預貯金は少ない人もいますし、年収が少なくても、しっかりため込んでいる人もいます。

だから、一概に、年収だけで、老後の備えができているか否かは、わかりかねますね。

で、僕の年収はどうだったかと言うと、40代の頃は、独身女性の平均年収と大差なかったように思います。若干、自分のほうが多い、という感じでしょうか。

50代になると、明らかに、僕のほうが、100万円くらいは多く貰っていたように思います。まあ、僕自身、男性平均よりだいぶ低いのですが。

ただ、老後の備えについては、年収よりも、その人の意識、つまり、節約とか家計のやりくり力のほうが、モノを言うような気がします。


老後のお金の心配をしている人も、たぶん死ぬときにはお金が余ると思う

まあ、お金が足りないよりも余るほうがいいのですが、心配事の大半は杞憂です。

いやむしろ、心配している時間こそがもったいない、と僕は思っています。

だって、心配していることは、ほとんど起きませんからね。

で、世間一般の風潮は、「老後のお金が足りない」。

これは一つには、マスコミは不安を煽る記事のほうが売れるから、まあ、商売でやっている部分もあると思いますね。

で、金融機関が不安を煽るのも、商売につなげたいからですし、カルト宗教が不安を煽るのも、信者から金を集めたいからだったりします。

ことほど左様に、この世の中はお金で動いています。

僕は、ナニワ金融道という漫画が好きで、読んでいましたが、まあ、資本主義社会そのものが、吸血ファイナンスなわけでして、そのことをしっかりと頭の片隅に抑えておけばよい、ただ、それだけです。

それだけで、大変な功徳があります。

少なくとも、無自覚で生きているよりは、騙されなくなりますし、物事の展開が読めるようになりますしね。

で、老後の心配を常識的な範囲でするのは良いと思いますが、過剰に恐れることはありません。

ただでさえ、日本人は慎重な民族ですから、ほとんどの人が破綻などしません。

て言うか、ほとんどの人が、死ぬときにはかなりのお金を残して死ぬと思います。

子供や家族がいる人は、それでいいと思います。

僕などのように、おひとり様は、なるべくお金を残さずに死ぬのがよろしい。

そうは言っても寿命ばかりはわかりませんから、困らない程度のお金は絶えず持っていなければいけません。

困らないお金の額は個人差があるので何とも言えませんが、年金をもらって、持ち家がある人なら、1000万円あれば、十分ではないでしょうかね。本当にそれで、十分ですよ。

それよりも、そのお金をなるべく余らさないで使い切ったほうが、おひとり様の場合は、お得なような気がするのですよ。

まあ、葬式代くらい残しておけば十分じゃね、というところですね。

収入は少ないが、出ていくお金も少ない

今現在の収入は、はっきり言って少ないです。

どーでしょうかねえ、アルバイト収入を交通費込みで11万円として、東横インからの不労所得が1.5万円、計12万5000円というところでしょうか。

もちろんアルバイトは日割り計算なので、11万円よりも多いときもあれば、少ないときもあります。

で、この収入で、住宅ローンを払い、大の男が1か月生活しているのですから、まあ、よくやっているんじゃあないでしょうか、と自分を誉める。

人間の生活の基本は、言うまでもなく衣食住。

衣については、だいぶ断捨離して少なくなりましたが、どこに行くにも困らない程度の衣服は確保しています。これで、オッケー。

食は、だいぶ少食になって、1日一食のときもあれば、2食のときが多いかなあ。3食食べる日は、滅多にありません。それと、間食はしません。

で、住は、断捨離後はスッキリ空間で、快適そのもの。

良い運気が循環していて、少ない収入でも何不自由なく暮らせています。

最近は、鴨長明の方丈記を、よく聞いています。勿論、無料でね。

この街はおかしなっとるんや

僕は介護離職するまで、新宿で働いていたので、しかも24時間勤務で、朝仕事を終える勤務だったので、その朝帰りに、ときどきホストを見かけました。

日本駆け込み寺代表の玄秀盛さんをテレビで見たのは、ずいぶん前のことになりますが、その彼の言。

「この街はおかしなっとるんや。ホストもホスト通いも自由やけど、甘い文句に釣られてこき使われるホストもある意味の被害者かもしれん。その被害者が客を追い込み、新たな被害者を生む。それが今、この街で起きとることなんちゃうかな」


どの世界もそうですが、ホストもピンキリです。

歌舞伎町では、10月になってから、飛び降り自殺が頻発しているようです。

「200万円の掛け(ホストクラブへのツケ)がある」と話していた女性が、飛び降り自殺をした記事を読んだのですが、ホストも、羽振りがいいのは上位数パーセントでしょう。

お笑いの世界で生き残れるのも、数パーセント、いや、それ以下かもしれません。

競争嫌いの僕は、今日も質素に生きています。

ひとりで生きることの喜び

イギリスで、孤独担当大臣ですか、興味がないので正式名称は知りませんが、そんな役職があると聞いて、呆れたというか、イギリス成熟してねえな、と思いましたね。

イギリスは、暮らしていたこともあり、結構好きな国なんですけどねえ、日本人と気質が似ているところもあって。

さて、それはさておき、ひとりで生きることの喜びを、仏典から引用してみますね。



交(まじ)わりをしたならば愛情が生ずる。愛情にしたがってこの苦しみが起る。愛情から禍(わざわ)いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

子や妻に対する愛著(あいじゃく)は、たしかに枝の広く茂った竹が互いに相絡(あいから)むようなものである。筍(たけのこ)が他のものにまつわりつくことのないように、犀の角のようにただ独り歩め。

林の中で、縛られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴(おもむ)くように、聡明な人は独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。



どうでしょう。

この「犀の角のようにただ独り歩めは、上記のような記述が、まだまだたくさんあります。

妻子を捨てて出家した仏陀釈尊ですが、後年、その一人息子も仏弟子になりますから、その人徳がうかがい知れます。


ひとりで求道する喜びを、僕も追求しています。

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