介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2018年01月

変哲のない日常を喜べる才能

僕は、自分が無名の平凡な一市民であることを、心から幸福に感じています。

さらに言えば、容姿もいたって平凡、身長はやや低め、50代後半、無職、こういうスペックだからこそ、どこに行こうが、注目もされず、放っておいてもらえます。

これが下手に、テレビなどに出ている人であれば、自意識がいやがうえにも過剰になるのではないでしょうか。

それって、疲れますよね。

何にせよ、疲れることは、僕は嫌いです。

体を動かして、生物学的に疲れるのは致し方ありません。その疲れが、心地よい眠りを誘引したりもするので、これは良い疲れです。

そうでない疲れ、くだらない精神的な疲れ、人間関係とか、諸々の、寝ても取れない疲れは、いただけません。

昨日は、行きつけの飯能の床屋に行ってきました。飯能に行くと、たいがい床屋に行った後は磯丸水産で、株主優待で昼を食べ、街をぶらつくのですが、商店街も、だいぶ、シャッターが下りていましたね。

ばあさまの歯が抜け落ちるように、点在する商店。

商店街を抜け、飯能河原に行きました。子供の頃、何度か遊んだことのある飯能河原も、平日の昼間は人影も疎らです。

飯能には、古い由緒ある家が点在しています。これが、川越のように蔵造の街並みで固まっていれば、立派な観光資源になるのですがねえ。じい様の抜けた歯のような点在では、いまいち弱いのですよ。

ま、しかし、そんな古い家を使って開いている銀河堂へ。


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あいにく定休日だった銀河堂

ということで、丸広の丸善書店へ。

あ、丸広というのは、埼玉の地方デパートですね。そこの丸善書店は、本の数も、種類も多くて、楽しいのです。

まあ本当に、アマゾンのせいかどうか、書店数が減っていますから、丸善書店は貴重な存在です。

ということで、何の変哲もない一日だったのですが、僕にとってはそういう日常こそが、至福の時間なのです。

あ、飯能河原の写真も一枚アップしておきましょう。老人が、何人かいました。


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僕もこれからさらに年を取り、毎日を平凡に暮らすのでしょうが、平凡な日常にこそ、喜びを見出している僕にとっては、まさにそのような変哲のない日常こそが喜びであり、幸福であるわけです。

人によっては、それを退屈だと思う人もいるかもしれません。

変哲のない日常を喜べる人は幸せです。それは、一つの才能でもあるでしょう。

ということで、つくづく、平凡で良かったと思う僕なのでした。

僕の最大のリスクヘッジはカルト宗教をやめたこと

一昨日は仮想通貨、昨日は株について書いたついでに、リスクというものを改めて考えてみました。

過去記事でも何度か触れていますが、僕は、幸福の科学というカルト宗教に、18年弱も所属していました。そこで使ったお金はおよそ、1500万円。この中には、両親が使ったお金も含まれています。

愚かにも僕は、自分だけでなく、親をも勧誘してしまったのです。まあ、そのときはよかれと思ってしたことですが、両親もかなりのお金をお布施してしまいました。

ただ、幸いなことに、二人とも、幸福の科学に対して恨む気持ちはまったくなく、さっぱりとした性格なので、むしろ、良い経験をしたと思っているようです。


父は、一昨年他界し、今は母との二人暮らしですが、母も今は教団の縛りから解放されて、伸びやかに生きています。

まあ、縛りと言っても、母の場合は、大したことはなかったのですが、それでも、教祖が本を出すたびに、本を多めに買わされたり、映画のたびに自分で見る分だけでなく、たいがいは10枚単位で買わされていたりはしました。

もちろん信じ切っている信者は、夢にも、買わされたなどという被害者意識は持っていません。ありがたく、拝受させていただく、ということになるわけです。

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で、僕自身は、親よりも熱心な活動信者でしたから、平均して月に5万円ほどは、宗教活動に使ったのではないかと思います。それで、自分の頭の中のお花畑が維持されていたのだから、エンターテインメントと解釈することもできます。


宗教の話をすると止まらなくなるので、この辺にしておきますが、僕は宗教、特にカルト宗教については滅法詳しいです。

僕が介護離職する前ですから、3年ほど前のことかと思いますが、大崎にある立正大学で開かれたカルト対策講座に参加したときには、オウム問題でテレビにも出ていた、滝本弁護士とも話したのですが、彼も、幸福の科学はカルト宗教であるという認識でした。

まあ、カルト性は、統一協会や、親鸞会などに比べれば弱いのですが、カルトであることは間違いありません。

カルト問題を語り出すと止まらなくなるのでこの辺にしますが、話を元に戻すと、あのまま僕が幸福の科学の会員を続けていたら、間違いなく今頃は、かなり厳しい経済状況に叩き落されていたであろうことは想像に難くありません。

もちろん、熱心ではない信者、形だけの会員も多くいて、彼らはそもそもお金も出さず、活動もしないので、そういう人たちは、団体に属していても被害はほとんどないのです。中には欲得で、偽装会員を続けている輩もいて、そのことは、僕は退会後に知りました。

で、話を元に戻すと、僕にとっての最大のリスクヘッジこそ、カルト宗教をやめることだったのです。

今日はちょっと長くなったので、ここまでにしておきます。


勉強のつもりで買った株がゼロに

昨日、仮想通貨に関する記事を書いたのですが、僕自身も、勉強のつもりで買った株がゼロになった経験があります。

僕の場合は、10年以上前になりますが、右も左もわからない状態で、株投資を始めました。

高校時代麻雀を覚えた要領で、やりながら、場合によっては火傷をしながら覚えればいいと思って始めたのです。

そして、案の定、火傷をしました。

買った200株がゼロになった銘柄があります。

春日電機という銘柄です。

他にも200株ずつ、2銘柄を買い、計3銘柄を買いました。

そしてそのうちの一つである、春日電機が上場廃止になり、投資額はゼロになりました。

ただ、他の2銘柄が、時間をかけて上昇し、1銘柄は売却し、もう1銘柄は今も所有しています。

だから、仮想通貨を始めた昨日の記事で書いた若者も、勉強のつもりで始めたこと自体は、良いことだと思っています。

コインチェックの社長も、お金は返すと言っていますし、まあ、よかったのではないでしょうかね。

リスクを取らなければ、利益などは得られるものではありません。

僕も、1銘柄は上場廃止で投資金はゼロになりましたが、それ以外の株では儲けていますので、トータルではプラスになっています。

僕は仮想通貨に手を出す気は今のところありませんが、考えてみれば、支払いはたいがいカードで、現金を使うことはあまりありません。
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キャッシュレス化は、時代の流れなのでしょう。

とにかくお金を返してほしい

何はともあれ、お金を返してほしい、というのが本音でしょう。

「30万円で、NEMとリップルを買い、130万円まで値上がりした。勉強代だと思って入れたお金だがどうなるのか」
 と言うのは、22歳の会社員。

「テレビCMを流していたこともあり信頼感があったが・・・」
 という35歳の接客業の男性は250万円を預けていたと言います。

今朝読んだ、読売新聞からの抜粋ですが、コインチェックという仮想通貨取引所に仮想通貨を所有していた人の悲鳴にも似た意見が載っていました。


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どちらもまだ若い男性なので、資産形成のやり直しはできると思いますが、「とにかくお金を返してほしい」という気持ちは強いようです。

それはそうですよね。

もめごとの大半が、お金絡みか異性絡みですからね。

つまり欲、もしくは生存本能に抵触する問題だからです。

多くの動物が、異性の奪い合いで血みどろの戦いをしています。まあこれは、主にオスの話ですが。

そしてまあ、雌のほうも、強い遺伝子を残したいと思うのか、勝ち抜いたオスに身を任せるわけです。

で、人間となると少し事情が複雑で、特に現代のような高度資本主義社会においては、金のある男が強者です。

金のない男は、どうしたって軽く見られます。

それでも男というのは、悲しいかな、プライドの生き物なので、金を稼ぐほうで勝負できないとなったら、他の道に逃げていくケースも見受けられます。

まあ、Kのケースがそうだとは言いませんが、世捨て人という選択肢もあるわけです。

自分には金を稼ぐ能力がない、あるいは、金を稼ぐというゲームから降りたい、あるいはそもそも、いまの世の中のありようについていけない、などなど、理由はいくらでもあるでしょうが、金を稼げない男の行く道というのはいくつかあるわけです。

よほどの馬鹿でもない限りは、金を持っているほうが圧倒的に有利なことぐらいはわかるので、金を失うことを嫌がるのですよ。

仮想通貨に話を戻すと、「30万円で、NEMとリップルを買い、130万円まで値上がりした。勉強代だと思って入れたお金だがどうなるのか」と言っていた若者にアドバイスするとしたら、「勉強代だと思って入れたお金なのだから、勉強代だと思いなさい」、ですね。

まあしかし、この若者も、30万円が130万円になったときは、気分は高揚していたと思うのですよ。それだけに、そのあとの落差がね。

まあこれは、株でも味わうことですが。

4割の未婚女性の住宅購入の動機は「老後のため」

今日の読売新聞に、老後の安心のために住宅購入を決めた未婚女性が4割近くいて、未婚男性の2割を大きく上回るという記事がありました。

マイホームの所有が将来的な安心につながると考える女性が多いようだと、記事は述べています。

調査方法もインターネットを通じて行っているのが、今風です。

対象は20歳から59歳までの未婚の男女だそうで、「家賃を払うのがもったいない」と、「老後の安心」という理由が、女性から出ていた一方、男のトップ回答は、「マイホームを持ちたかった」というもの。

男性の回答の背後には、将来的には家族を持ちたい、という願望があるためであることも、このアンケート結果は明かしています。

それに対し、将来的に家族を持ちたいと考えている女性は、住宅購入女性のわずか2パーセント。

それをあらわすように、女性が選ぶ間取りも、ワンルームか2LDKが大半だと言います。

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記事によれば、女性は一人暮らしを前提に現実的な広さを選んでいる、とのこと。

なるほど、と思いました。

何ごとにおいても、女性のほうが男よりも、現実的で賢いのではないでしょうかね。

別の言い方をすると、身を守る本能が強い、とも言えるかもしれません。

そしてこの本能は、年を取るほど、大事だと、僕は思っています。まず自分の身を守る、というのは、生命として当然の反応というか、本能ですからね。

それゆえ、将来に対する備えも、女性のほうが、パチンコや競馬などにうつつを抜かしている男よりも上ではないかと。まあ、単純に、男女で分けられる話でもないのですが。

ずっと住み続けられる家を持つことは老後のリスクヘッジと位置付けられているようだ、と、記事は最後に述べていましたが、概ね同意で、人間の暮らしを最大限に単純化してしまえば、住むところと食べ物さえあれば、何とかなります。

それ以外の余分な飾りや見栄を捨てる覚悟さえあれば、案外人生は楽に生きられます。

世捨て人のKも、そこだけは確保したうえで、時間たっぷりの思索生活を続けているわけで、仙人のような男でも、ホームレスは避けたかったのでしょう。

僕もKの考えは理解できるので、住処さえ確保しておけば、あとの節約は何とでもなると思っています。

人生は雪道を歩くようなものかもしれません

一昨日になりますが、雪が降ったあとの舎人ライナーに乗りたくなって、東京に行きました。

いつも使う営団一日券では、舎人ライナーには乗れません。これに乗るには、都営一日券が必要です。

東上線で大山へ行き、板橋区役所前駅で、都営一日券を買いました。都営三田線に乗って、西巣鴨へ行き、都バスに乗り換えたのですが、西新井行きだと思っていたバスが、王子を過ぎたあたりで違う方向へ。

北車庫行きというアナウンスがあり、北区神谷町で下車して江北行きに乗り換え。江北駅で舎人ライナーに乗りました。

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窓の外には雪が

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遠くには池袋のサンシャイン60が見えます

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舎人駅に到着

その後日暮里で都バスに乗り、浅草へ。

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雪をかぶった屋根とスカイツリー

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東洋館の出演者の面々

東洋館の隣には浅草演芸ホールがあります。

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浅草のスタバから見たスカイツリー

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この日の最後に寄ったアカマル屋

グルーポンチケットを2枚持ち、株主優待券も2種類持って、雪景色の都内を散策したのですが、グルーポンチケットの1枚は、店が臨時休業で使えませんでした。まあ、そんなことがあるのも、人生でしょう。

株主優待券のほうは両方使えました。最後に寄ったアカマル屋でも、株主優待券を使って飲みました。

今度雪が降ったら、多摩モノレールを乗りに行きたいと思っています。車窓から雪景色を眺めていると、人生とは何かを考えやすくなります。

特にモノレール系の乗物からの眺めは、高いところから俯瞰できるので、余計人の営みが見えるというのが、いいのですね。

僕はどこに行っても、人を見ているのが好きなので、一昨日は雪道を歩きながら、雪かきをする人や、足早に行き過ぎるビジネスパーソンなどを見て、いろんな人の人生を垣間見た気になりました。

人生というのも、つまずいたり、倒れたり、前に進めず立ち往生したりと、雪道を歩くようなものかもしれません。

渡良瀬橋と悲しい思い出

森高千里さんの渡良瀬橋を聴くと、思いだしてしまう女性がいます。

まあ僕は、女性と付き合った経験は、一般男性の平均よりも少ないとは思うのです。

ただ、最近は、まったく女性と付き合わない男もいるようなので、平均がどのあたりかは、わかりかねるのですが。

で、ときどき、栃木県の足利市が好きで、行くのですよ。


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栃木県にはいい街が結構あり、誰もが知っている日光市をはじめ、僕がいちばん好きな足利市、それと栃木市も、川越ほどではないですが、けっこう昔の風情が残っています。

それ以外では、真岡市とか佐野市もいいですし、舘林とか桐生は群馬になるのかな。

佐野は、佐野厄除け大師で有名ですが、あとはラーメンとかね。

宇都宮は、餃子が有名ですよ。

宇都宮は、いったい何回行ったかわかりません。

なんせ、僕が、18年も所属していた幸福の科学の総本山があるのが、宇都宮ですからね。

今はもう退会して、カルト宗教とは縁のない生活を送っています。

ちなみに、僕の友人で、花火師で投資家のSさんも、宇都宮の出身です。

まあそれは良いとして、森高千里さんの渡良瀬橋を聴くと、切なくなるのですよ。

先日、沖縄出身のK君と川越で落ち合い、行ったカラオケで、最初に歌ったのが、何を隠そう、渡良瀬橋だったのです。

ああ、余談ですが、沖縄出身のK君と貧乏リタイア暮らしのKは、別人ですので、念のため。

まあしかし、いい年をこいても、胸がキュンとなる思い出は、大切にしたいものですね。


家の中のコップの水が氷る寒さ

やはり、雪になってしまいました。

貧乏リタイア生活のKの古家も、雪をかぶっていることと思います。

建付けが悪いため、というか、古さゆえの老朽化のために、すき間風だけでなく、若干の雨漏りもしていたはずです。

雪国ではないので、雪の重さで家がつぶれることはないでしょうが、今頃は、寒さに震えているかもしれません。

いや、案外平気な顔をしているかもしれません。すでにリタイア生活も長く、4年前の大雪も経験済みでしょうからね。


もうあれは、30年以上も前のことでしょうか。

友人何人かとやっていたサークルがあり、所沢に皆のたまり場があったのですが、その平屋の家が滅法寒かったのです。

最寄り駅は、西武鉄道狭山線の下山口駅だったか、あるいは西武球場前駅だったか、どちらかだったと思います。

その平屋で寝起きしていた者がおり、その証言によると、炬燵の上に置いておいたコップの水が、朝になったら氷っていたそうです。

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それって、外気温と変わらない室温ですよ。

まあ、Kの古家もそれに近いかもしれません。

早期リタイアは、Kが自己責任で決断し実行したことですから、他人がとやかく言うことはできません。

ただ時折、健康状態を見に行くぐらいのことはしてあげたいとは思っています。

「お金より自由、お金より時間」がモットーのKのことですから、この寒さにも、飄々として葛西善三や田山花袋を読んでいるのかもしれません。

貧乏暮らしが板についている人間は、ある意味最強なのかもしれませんね。

早期リタイア貧乏古家暮らしの課題は寒さ対策

昨日訪ねたKの住む家は、廃屋に近い古家です。木造で築60年は経っているでしょう。

木造でも造りがしっかりしていれば、築100年でも躯体部分は問題ありません。現に、うちの本家などは、築80年は経っているはずですが、しっかりしています。806998
Kの住む家は、もともとが売り地として売り出されていました。古家付きの売り地で、古家は取り壊すことを前提に売り出していたものです。

しかしKは、あえてその古家に住むことで、現金支出を抑え、その抑えた分の現金が、彼の生活を支えています。

買った不動産をどう使おうが買い手の勝手なのでそれは良いのですが、この時期、つまり冬における古家の暮らしは、寒いの一言。

特に明日は、関東地方でも雪が予想されており、明日は月曜日なので、寒いからと言って図書館に逃げ込むこともできません。図書館て、だいたいどこも月曜日が休館日ですからね。

で、明日雪が降ったら、通勤にも影響がでそうです。

通勤に影響が出るのは、勤めに行く人ですが、Kも、僕も、寒ければ布団にくるまって寝ていればいいので、その点はリタイア生活者の特権でもあるわけですが、Kのところに羽毛布団はなく、重そうな綿の布団が積み上げてありましたから、おそらくあれにくるまって震えるのでしょう。

重いばかりで暖かくはなさそうですが、それ以上に大変なのはすき間風のほうです。

しかし、そうしたことも覚悟の古家暮らし。

安易な同情は、Kに対して失礼かもしれません。

そうした不如意や不便を考慮に入れても、リタイア生活を選んだのですからね。

僕のような、介護離職による、覚悟も何もない結果的なリタイアではなく、自分の意志で、リタイアを選び取ったことに付きまとう必然でもあるのでしょう。

ただ、彼のような、思索生活を続けている者は、実は暇なようでいて、全然暇ではないことがわかりました。

つまり、体は寝転がっていても、彼の精神は、常に思索の旅を続けているわけで、そういう意味では彼は、旅人なわけです。

で、先日行田に行った話をしたら、田山花袋か、と言ったので、陸王だと答えたのですが、彼は陸王は知りませんでした。

まあ、家にテレビがないので仕方ないのですが、以前はあった古いテレビも映らなくなってから買い替えるのが面倒で、そのままだそうです。

で、田山花袋の書いた田舎教師の舞台が行田と羽生なのです。まあ、それは僕も知識としては知っていましたが、田山花袋は蒲団という小説を読んでいっぺんで嫌になり、つまりあまりにもつまらなかったので、読むのをやめたのです。

田山花袋の話などを一時間もされたらたまらないので、すぐに話題を変えたのですが、どっちに話題を転がしても、哲学か文学か思想か、それに宗教が混じる話なので、難しくなるのですよ。

まあ、多少は僕も相手はできますが、すぐにメッキは剥がれるので、しないに越したことはありません。

彼の暮らしぶりを参考にするのが、こちとらの狙いですからね。

参考にはなりますよ。人は本当に精神的に生きれば、貧乏も苦ではなくなるという見本のような男です。

僕のようなひ弱な男は寒さに震えますが、永平寺の修行僧ならば、あの福井の寒いところで、早朝から起き出して、修行していますからね。

まあKも、修行僧のようなものでしょう。そう思うことにいたしましょう。

もはや何と言っていいのかわかりません

今日は、僕よりは10歳以上年下でありながら、リタイア生活では先輩に当たるKのところに行ってきました。

行っては来たのですが、気難しさは相変わらず。

飼っている猫も、二代目になっていました。

そもそも彼との出会いは、共通の趣味と言っていいのかどうかわかりませんが、グレゴリオ聖歌が縁で知り合いました。


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東久留米にある、聖グレゴリオの家で、出会ったのですが、まあ、何と言うか、音楽好きというのではありませんね、あれは。

ロックもジャズも聞かず、聞くのは、グレゴリオ聖歌とお経のみ。お経ですよ、お経。


まあそれはともかく、Kは、隣の市に住んでおり、古家を買い取って、家賃はなしです。グレゴリオ聖歌以外の共通点は、Kも僕も、赤羽と葛西に住んだことがある点です。

Kのお気に入りの場所は、王子の飛鳥山公園。

確かに王子は、いい街ですが、僕は実は嫌な思い出があり、ちょっとそこは、Kとは意見が違います。

王子自体はいいのですが、そこからバスで行った豊島五丁目団地だったかな、もう忘れましたが、そこの団地の近くの印刷工場で、働いていたときの思い出で、ちょっとあり、どうも、王子に行くと、それを思いだすのですよ。


まあ、そんなことはいいとして、他の共通点は二人とも、老子と仏陀が好きなところですが、はっきり言って彼は、僕の知識の浅さを馬鹿にしていますね。

まあ、知識の浅さは認めましょう。

それはそうと、Kの人間嫌いにも拍車がかかり、同時に、哲学的な話を聞いてきましたが、ギブアップでした。

僕は僕で、株の話でやり返したのですが、一蹴されました。

なんでも、金儲けに走る奴にろくな者はいないそうです。まあ僕の株式投資などは、かわいいもんなのですがね。


まあ、今日は長くなったので、Kの話は、また次回にでも。

世捨て人に会いに行く

2016年だったかと思いますが、このブログで、ある一人の男のことを書きました。

彼は僕よりもかなり年下ではあるのですが、30代だったと思いますが、早々にリタイアして、で、その彼のことを、書いた記事が二つほどあったと思います。

で、実は、名字とは言え、彼の本名を書いてしまったため、あとで削除要請されて、その記事は削除しました。

まあ、彼は、名字くらい明かしても良い、といったのですが、まあ、明かす必要もなかったわけです。


で、明日、その彼、イニシャルは、Kになりますが、隣の市に住む、Kのところに行ってきます。


とにかく変わり者。

彼が年を取ったら、こんな感じでしょうか。


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まあ、世捨て人ですね。

彼は、それでもブログを書いていて、ただ、更新をあまりというか、ほとんどしないので、どうでしょう。

前回は、僕がブログを書けとはっぱをかけたら、律義にも書いてくれたのですが、その後また、更新が止まっているようです。

試しにグーグルで、彼のブログのタイトル、静かなる生活、で検索したら、2ページ目で出てきました。

で、彼は、極貧にあえぐ生活をしているのですが、ネット環境はあり、ブログも、不定期で書いていて、今見たら、最後の更新が2016年でしたが、あまりにも放置が長いので、シーサーブログが勝手に広告を貼り付けていました。

以前彼にアドバイスしたことがあるのですよ。

ブログに広告でも貼れば、まあアクセス次第でしょうが、月1000円くらいは、稼げるかもよ、といったのですね。

とろこが、彼は、更新があまりに少ないので、まあ、アクセスもないのでしょうし、あまりお金を稼ぐ気もないようで、ぼんやりした顔をしていました。

まあ、とりあえず、明日、行ってきます。追い返されるかもしれませんが。

節約してもお金が貯まらない子育て世代、遊んでいてもお金が増える年金世代

世代間格差をことさら取り上げたくはないのですが、今日の読売新聞を読んで、どうやら年金受給が、70歳からというのが現実味を帯びてきているように思います。

いちおう、選択制ということになっていますが、これは、70歳支給開始の足慣らしではないかと思うのは僕だけではないでしょう。

僕はすでに50代後半で、現行の法律では、年金は65歳からもらえることにはなっています。

僕は年金受給の繰り上げも繰り下げもしない予定なので、まあ、このままいけば65歳からはもらえることにはなっています。

僕が憤るのは、もうちょっと今の年寄り、金もらい過ぎじゃね、ってことなのですね。

ただこれは、もちろん、個人差がはなはだしい話なので、僕が憤っているのは、年金をもらい過ぎている高齢者に限っての話なのですが。

一方、30代とか40代の子育て世代は、頭のいい人が多く、節約もしっかりしていたりします。
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中には涙ぐましいほどの節約をして、懸命に子育てをし、無駄は一切していないのに、お金がなかなかたまらない人がいます。

彼らが二重に大変だと思うのは、いまを生きるのに必死なだけでなく、自分たちの老後の見通しも明るいとは言えない点です。

で、テレビなどではよく下流老人の話を取り上げますが、確かに下流老人もいますが、優雅なリッチ老人も数多くいることを忘れてはいけません。

彼らは、遊んで暮らしながら、さらにお金が増えています。

僕の知り合いの、元校長などもその一人です。そのことは以下の記事で触れています。


年金における残酷な真実

まあとにかく僕は、今の若い世代に同情せずにはいられないのですが、頭に来るのは、そうした若い世代の苦しみを知ってか知らずか上から目線でモノを言う高慢な老人がいることです。

たまにいるのですよ。本人の実力ではなく、たまたま時流が良かっただけで、いいポジションにいて、上から目線で批評するのですね。これはまあ、一部の高齢者に多いのです。

まあ、一方で本当に悲惨な高齢者もいるので、そうした人たちは、保護しなければなりませんが、リッチな高齢者からは、ガンガン税金を取ってもらいたいものです。


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