介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2017年12月

年が暮れていくように、僕の人生も終わっていくのでしょう

時の経つのは早いもので、今年ももう終わりです。

年々、時が経つのが早く感じます。

光陰矢の如し、とも言いますね。

「光陰矢の如し、少年老い易く、学成り難し」

何だよ、老いるのは少年だけじゃねえぞ、差別じゃねえか、と、現代では言われるかもしれませんが、昔の言葉は、どうも、男、が主役のようです。

まあそれはそうと、ついこの間年が明けたと思ったら、もう年末です。

仕事をしているときも、一年は早いと思っていましたが、早期リタイアしたあとも早いものです。

また、僕の場合は、介護による成行の早期リタイアなので、覚悟も何もあったものではなく、慌ただしい中でのリタイアで、だからまあ、世間一般で言うところの、優雅な早期リタイアでは全然ありません。

まあ、40代あたりでリタイアならば、「かっけー」ということになるのでしょうが、定年まで数年を残しての、成行介護リタイアでは、カッコ良さとは縁もゆかりもありません。

しかし、成行とは言えど、早期リタイアしてみて、自分には、リタイア生活が合っていると、つくづく思います。

全くもって何もしないことが、まったくもって苦ではありません。

これは、なまけものの特徴のようです。

働き者は、暇だと、ダメになるそうです。

怠け者は、働かせるとだめになります。僕の場合は、怠け者なので、働かされるとだめになるのです。まあ、本当に、よくも長年働いたものだと思いますがね。

で、僕は、今、何もしないことが幸せなのです。

何もしないといっても、こうして、ブログを書いたり、他にもあれやこれやと、やりたいことはやっていますし、家事などもこなしていますし、母を介助することもしてはいますが、いたって、それらは苦痛ではありません。仕事と比べればの話ですがね。

また、職場での人間関係の軋轢もなく、たとえば、今であれば、しがらみのある付き合いというものはありません。

だから、嫌な相手だと判断すれば、単に距離を取るだけで事が足ります。

現代は本当に便利で、単身者が生きるには、最高の時代ではないでしょうか。

ということで、今日も一人、僕は、つらつらと途方もないことを考えながら、夜には、紅白を見るなどという俗人ぼいことはせず、格闘技のダビングをして、あとで、レーナのファイトぶりを見るとしましょう。

ナニワの闘拳が亀田なら、レーナはナニワの引きこもりからの立ち直りファイターといった感じでしょうかね。レーナは今が一番輝いていますから、見ておくことをおすすめします。

まあそれはそうと、何も輝いているのはレーナのような二十代の娘ばかりではありません。

50代のおいどんだって、輝いていますばい。せごどんもはじまりますし。

まあ、二十代も、五十代も、九十代も、永遠の時間から見たらおんなじですぜ、旦那。

その永遠のときの流れの中で、知らぬ間に今年も暮れていきますが、僕の人生も人知れず終わっていくのだと思います。

まあそれが、おひとり様の人生の終わり方なのでしょう。

いつ終わるのかはわかりませんが、終わりを意識して生きることが肝要です。


越後湯沢、閉ざされた冬の思い出

もう30年以上前の話です。

僕は、それまで働いていた会社を辞め、越後湯沢に、行きました。

今は、湯沢パークと呼ばれているスキー場が、当時は、湯沢新日本、と呼ばれていました。

20代、スキーにはまっていた僕は、それが高じて、とうとう会社を辞め、新潟へ。

本当は、北海道のパウダースノウが良かったのですがね。

上越の雪は、重いのですよ。

まあ、それはともかく、僕は、一冬を新潟の湯沢町で過ごしました。


そして、スキー場で、3月に25歳になりました。


新潟といえばもう一つ。

僕の好きな作家の一人が坂口安吾なのですよ。

彼は、新潟市の出で、湯沢にいるとき、休日に、新潟まで行き、安吾の碑を見てきました。

まあ、もう遠い思い出です。

そのひと冬は、若者らしい恋もありましたし、和食の板前さんに、ずいぶん酒を飲ませてもらいました。

新潟といえば、越乃寒梅が有名ですが、僕は、八海山が好きでした。

今でも、懐かしくなって、新潟方面には、2年に一度は行きますね。

来年は、弥彦温泉に行く予定です。

越後湯沢以外にも、いろいろなところに住んでいますが、冬になると、越後湯沢での日々を思いだします。

その年はドカ雪で、寮の前の雪かきが日常でした。

若い頃に、いろいろな町に住んでいてよかったです。思い出がたくさんありますからね。

所帯を持てるような給料ではない

僕が長らく働いていたビル管理業界というのは、給料が安いことで知られています。

そしてまた、その後働いたホテル業界も、同様です。

給料が安いと、所帯を持つことは難しくなります。

これは、結婚願望がある人にはつらい話です。

僕の場合、幸いにして、一人でいることを好んでいたので、給料面での不満はありませんでした。

ビル管理業界で、所帯が持てるのは、新卒で入社し、本社採用で、順調に所得が伸びる場合ですね。

ただ、多くの作業員は、現場採用なので、どんなに有能でも、上限があり、所帯は持てないケースが多いように思います。

結婚した人もいましたが、大半が共働きでした。


安い給料でも所帯がもてるケースは、地方に住み、たとえば、農家の次男坊とかで、分家のさいに、家などを建ててもらい、野菜なども実家からタダでもらえたりしたら、安月給でも、十分妻子を養えます。

その点、都内での勤めで、住居費が高い場合は、所帯を持つことは難しいと思います。

そうした人が、僕の職場にはごろごろいたため、少子化もやむを得ません。

まあ、お金のことなどあまり考えずに、若いときに勢いで結婚すれば、何とかやっていくしかないので、低所得者が所帯を持つケースは、そういう場合に限られるように思います。

あとは、先ほど言ったように、実家からの援助とかね。

ただ、僕は、結婚願望がなかったために、それで苦しむことはなかったのは、ラッキーでした。

むしろ安月給が幸いして、質素な生活が苦ではないため、今後、このスキルというか、性向は、老後生活に大いに役立つのではないかと思っています。

全くもって、僕は強運の持ち主なのです。

変動金利の住宅ローンがハイリスク商品になるとき

日本で変動金利の住宅ローンをシミュレーションする場合は、利息制限法により最大でも金利上限が15%までに制限されるという記事を、経済雑誌で読んだことがあります。

そのため、どれほど、住宅ローン金利が上がったとしても、マックスは、15%です。

でもですね、仮に住宅ローンがそこまで上がったら、大変なことになります。


僕自身も、住宅ローンは変動金利で借りています。今は低金利で助かっていますが、変動金利の怖いところは、上昇リスクです。

さて、万が一の話ですよ。

日本国債が、信用がないと判断された場合、リスクプレミアムが生じます。

そして、
変動金利タイプの住宅ローンは、リスクプレミアムの上昇局面では、跳ね上がりますよ。もちろん法規制があり、上限は、15%ですが。


今現在、1%未満の安い変動金利で払っている人が、倍の金利になっただけでも大ごとです。

変動金利で住宅ローンを借りるということは、ハイリスク商品になることも、視野に入れておかなければなりません。

僕の借り入れは、年齢のこともあり、15年です。ぎりぎり、セーフかな、とは思っていますが、たとえば、5年後に、日本国債の信用が落ちれば、金利は跳ね上がります。

他人の心配をしている場合ではないのですが、30年、35年などの長期の住宅ローンを、変動金利で借りている場合は、やばい局面が出てくることも、想定しておかねばなりません。

リスクプレミアムの上昇局面では、節約程度では対応できませんからね。

これは脅かすわけではなく、僕自身にも言い聞かせていることでもあります。

今日は、今年最後のデイケアの日

今日は、母の今年最後のデイケアの日でした。

毎週月曜日の週一なので、貴重な家事の日です。

さて、次の月曜日は元旦でお休み、その次の月曜日も祝日でお休み、振替で、十日になるそうで、つまりは、半月もの間、デイケアはありません。

僕のところは、介護というよりも、介助程度なので、そう大変ではありませんが、介護度が高い家では、あまり長いお休みをされてしまうと大変ですね。


今日は、貴重なデイケアの日を利用して、汚れたレンジ台を蒸気洗浄できれいにしました。

それを中心に台所周りの清掃。一階の母の居住空間の清掃。

そしてお昼の準備をしていると、あっという間に半日が過ぎ、タイムアップ。

今日の昼は、卵サンドを作りました。

僕は朝食抜きだったので、それに鶏の唐揚げとサラダ。母は、卵サンドと鶏のから揚げです。あまりサラダは食べないのですね。


そして今日は、生協が食材を届けてくれる日なので、母は眠らずに待っていました。そして生協が来て、食材を受け取ったら、そくベッドで仮眠です。


文句も言わず、僕の作るものは何でも食べてくれるので、ありがたいのですが、あれが食べたいという要求はあるので、なるべく答えるようにはしつつ、脂分の摂り過ぎには注意するようにしています。

まあしかし、デイケアがある日はありがたいですね。


おひとり様の介護と老後生活について


昨日は、友人Oと、隣町のいつもの小高い丘の上のベンチに座り、話しました。

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丘の上のベンチからの眺め

友人Oもまた、高齢の母親を一人で介護しています。姉がときどき見舞いに来るそうですが、実質的に介護しているのは彼一人です。

彼は、さまざまなカードや電子マネーを使い分け、賢くポイントを貯めながら、節約にも励んでします。

また、アンケートサイトなども利用して、小遣い稼ぎもしています。

外に働きに出ることができない彼にしてみれば、それも一つの貴重な収入にはなるでしょう。小遣い程度であっても、バカにはできません。

節約は、まず、小さな工夫から始まりますからね。

彼は、僕とは違って手堅く生きている男なので、やり繰りする能力は高いのです。

また、自分でできることは可能なかぎり自分で調べて自分で行動を起こすので、たいがいのことは自分でできる能力を持っています。

たとえば、自宅のトイレの手すりなども自分でつけています。

最近では、玄関ドアの細工も自分でしたそうです。

おひとり様の老後は、創意工夫が必要で、僕がブログを書いているのも、半分はボケ防止も兼ねています。

まあ、ブログなどは向き不向きもありますが、何でもいいので、創意工夫をして、楽しく生きたほうが得ですね。

僕自身、自分に与えられた能力と環境の中で、いかに前向きに楽しく生きていけるかを、これからも、考え続けていきたいと思っています。

壊れたストーブから教訓を得る

この冬は、まだエアコンは使わずに済んでいます。

エアコンは、空気が乾燥しますからね。よほどでないと使いません。

それで、重宝しているのが、電気ストーブ。


下のタイプになります。


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で、通常、「弱」で使っているのですよ。

で、「弱」だと、常に、向かって左側の電熱棒がついて、右側はお休みです。

左側ばかり使っていたからでしょうね。

とうとう、その左側が付かなくなりました。

つまり、「弱」の機能が果たせなくなったのです。

仕方なく、「強」に。

すると、右側が点灯。

しかし、左側は消えたまま。

つまり、機能的には、「強」が、「弱」に。

そして、「弱」が、無反応に。


これを見て思いました。

人間も、会社組織も、偏った使い方をしていると、やばいんじゃね、と。

壊れたストーブからも、教訓を学べます。

まあ、壊れたといっても、半落ちなので、まだまだ使いますよ。

目覚まし時計で起きなくていい幸せ

目覚まし時計で起きなくていい幸せというのは、おそらく多くのサラリーマンのささやかな夢なのではと思っています。

サラリーマンのつらいことは、列挙していくと、いくつも出てきますが、僕の場合は、「朝、起きるとき」がいちばんつらかったように思います。


今の僕には、「眠り」が、幸福なことの上位に来ます。

とにかく、疲れたら眠る。

そうすると、また、元気になります。


人間は、基本的に、食べられて、眠ることさえできれば、これは動物も同じですが、まずは幸せなのです。

ところが、現代は、多くのサラリーマンが、満足な睡眠がとれていません。

それでいて、つまらない消費を繰り返しています。

僕が世捨て人にあこがれていたのは、サラリーマン生活に疲れ果てていたからでした。

そして今、介護離職による早期リタイアで、サラリーマン生活を強制終了してみると、サラリーマンなんて、やめたってどうってことないってことが、実感としてわかります。

収入が少なくなったら、少なくなった中で生活すれば、いいだけです。


質素な生活でも、時間がたっぷりある生活のほうが、僕には向いているようです。

だいこくさまに、あいにいく

昨日は母を連れ、一般道を北へと走りました。

埼玉県北部の冬は、北風が吹いて、荒涼とした感じがして好きなのです。

橋を渡ると群馬県藤岡市。

そこから、吉井町、甘楽町を通って富岡市へ。

世界遺産の製紙工場には行かずに、ヌキサキ神社、ナカノダケ神社へ。


途中、愛車マーチを停めて、岩山を見る。


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平日のため、誰もおらず、静か。


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ナカノダケ神社のだいこくさま

その後、下仁田経由で帰宅。

下仁田と言えば、下仁田ネギと、こんにゃくですが、今回は買わずに帰りました。

貧困と格差の後追い

少しずつ、本を読むのが億劫になってきています。

それと言うもの、やはり目の衰えがあるからです。

長い小説は、読むのがしんどくなりました。ルポルタージュのようなものであれば、長くても読めますが、時間がかかります。

今、図書館から借りて読んでいる本が、「大搾取」。アメリカの経済記者の本です。

2年前に読んだ、「今日からワーキングプアになった」にも通じる内容です。

で、やっぱり目をそらしてはいけないと思うのですよ。

貧困の連鎖とか、格差の現実とかね。

ピケティの「21世紀の資本」は、ああこれは自分には難し過ぎて最後まで読めないな、と思ったので、最初から手を出しませんでした。

で、読んだ人にサマリーを聞いたりして。

「大搾取」は、まあ、言ってみれば、ピケティ理論の裏付けになるような、アメリカの労働現場の悲惨な実例です。

「今日からワーキングプアになった」は、「大搾取」に比べれば小ぶりですが、これもいろいろな切り口で、ワープアに迫っています。

日本は、アメリカの後追いだと、よく言われますよね。

アメリカではやったことが、数年後に日本でもはやるとか。

まあ、これは、しばらく前と言うか、僕が若い頃に言われていたことで、今はそうでもないというか、もっと同時多発的に、物事は推移しているように思うのですが。

ただ、今後のグローバル化を考えると、格差は広がると思うんです。そして貧困は、何も手を打たなければ、連鎖は免れないように思います。

だからこそ、弱小個人であっても、考えなきゃいけないんです。

どうやって生き延び、どうやって幸せに生きるかをね。

僕も毎日、それを、考えています。


視聴率は低くても上出来

おんな城主直虎が終わりました。

どうも、視聴率のほうは振るわなかったようです。

しかし、内容は、なかなかのものでした。

まあ、地味な主人公ではありますが、どちらかと言うと、僕は、弱小な主人公が好きなので、よかったですね。


花の乱なども、主人公が日野富子で、応仁の乱の頃の話で、不人気でしたが、今回は、戦国末期と、時代はおもしろいのですが、知名度の低い題材でしたからね。

高橋一生の評判が良かったのですが、僕は、阿部サダヲが良いと思いました。僕の家康像にいちばん近いです。


阿部サダヲは、19年の大河もやるようで、期待が持てます。

生活保護、みんなで受ければ怖くない

僕がにほんブログ村の、カテゴリーに所属している、50代おひとり様や、セミリタイアや、在宅介護などで、ブログを書いている人たちは、僕は、健全な人が多いと思うのですよ。

金融リテラシーもあるし、介護知識もあるし、何よりも、危機に対しての備えができている人が多いと、いろいろなブログを読んでいて感じます。


本当にやばい人たちって、こういうところで、ブログを書いたりせずに、たとえば、毎日酒を飲んだり、まあ、僕も、ほぼ毎日焼酎を飲んでいますが、パチスロに入り浸ったり、競馬やったりとかね、キタサンブラックとか。


酒を飲もうが焼酎を飲もうが、お金の管理さえしっかりできていれば、ノープロブレムなのですよ。


問題は、ブログ村にいない、刹那的な人たちで、貯金もなければ、節約もしていない、カードローン借りまくりで、生活保護一直線な人たちなのですよ。

昔僕の好きなドラマで、柔道一直線というのがありました。

桜木健一が主役で、二段投げとかの、必殺技があるのですが、柔道一直線はいいのですが、生活保護一直線はまずいのですよ。

何がまずいって、生活保護が増えたら、ただでさえ、搾取されているサラリーマンは、たまったものではありませんよ。

本当に、サラリーマンはいい面の皮です。

ケツの毛まで抜かれているのがサラリーマンです。

僕も、サラリーマンでしたから、よくわかります。

ケツの毛を抜かれ過ぎて、痔になったくらいですからね。

今は介護離職で、セミリタイアの身のため、ケツの毛が生えてきて、痔もなおりました。なんのこっちゃ。

先日、テレビで、ろくでもない生活をしている自堕落な輩が、「生活保護、みんなで受ければ怖くない」などとのたまっていたのですが、お前のその保護費を、誰が払ってんだよ、ってことですよ。

まあ、長くなったので、今日はここまで。



ブログのいいところ

作家に限らず、本を出版して、印税を得ようとする者は、本の売れ行きが生活に直結します。

これは、なかなか大変な仕事だと思うのですよ。

その点ブログは、基本的に日記のようなものなので、好きなことが書けます。アクセスが集まれば、多くの人が読んでくれているのだなという励みにもなります。

しかし、大してアクセスがなくても、別に困るわけではありません。

ブログのよいところは、押しつけがましくないところですね。


何しろ、アクセスしてもらえなければ、存在していないのと同じです。

で、仮にアクセスしてくれたとしても、自分の思っていたものと違うと思えば、即離脱です。

つまり、相手に迷惑が掛からないのですね。

いやなら、もう読まなければいいわけですからね。

その点、会社での飲み会の席での、上司などの説教じみた話や、昔の自慢話などは、迷惑も甚だしいです。

酒を飲んで同じことを何回も話され、それだけでも迷惑なうえに、相槌を打たないと、おい、聴いてるのか、などと、不機嫌になりますしね。

まあ今は、リタイアの身で、会社でのそんな宴会とは無縁なので、良いのですが。

独身40代が70代親の年金で養われて、と言うが

昨日のクローズアップ現代、見た人も多いかもしれません。

こういう番組になると良く出てくるのが、あの藤田という人ですね。下流老人という言葉を送り出した人だったかな。

で、なんか不幸そうな顔をした40代の娘が、70代の親と暮らしている映像が出てきたのですが、7040問題とかいうそうですね。

その前には、8050問題とかも話題になっていました。

まさに僕が、その8050問題の当事者です。

80代の親と50代の子供の、悲惨な暮らしぶりを言うわけですが、まあ、人によっては、9060問題とかね、まあ、いろいろだと思うんです。


ただ、昨日のクロ現は、多少的を射ていて、アラフォー世代の割の食い方と言うか、彼らは、就職氷河期を生きてきたわけで、世代的に、すごく損をしていますね。

そのことは、理解してあげないといけないのですよ。

自分の常識でモノを言ってはいけないんです。

よく、前の会社で、社長も上司も、自分の常識で、人を裁いていましたけど、あいつはだめだ、こいつはだめだ、あるいは、ゆとり世代は使えないとかね。

てめえは何様なんだよ、と、僕は思いながら、黙っていましたけどね。

僕は、就職氷河期世代は、しっかりした人が多いと思いますよ。バブル世代の馬鹿どもより、よっぽどまともですよ。


まあ、話を戻すと、親の年金で暮らしている40代の子供は、親が死んだ後の出口戦略をしっかりと考えておかねばなりませんね。

そうでないと、いずれ自分がじり貧になるのは目に見えていますから。

そのときは、国も今ほどあてにできませんからぁー、斬り!

モダンすぎるコードの曲

モダンすぎるコードの曲は、原田真二の「てぃーんずぶるーす」。

これ、40年前の曲でっせ。


この曲を聞いたときの衝撃はいまだに忘れません。

当時の僕は、プログレとヒュージョン以外は音楽ではないと息まいていましたからね。

ピンクフロイドとキングクリムゾン、イエスとかね、あとは、ラリー・カールトンとか、リー・リトナーとか、まあそういったものばかり聞いていたときに、日本から、原田真二が「てぃーんずぶるーす」を引っ提げて登場したわけですよ。

チャーと、世良公則と、原田真二で、御三家とか呼ばれていましたけど、まあ、チャーは、ギタリストとしては、日本でも、3本の指に入るでしょう。

原田真二は、ジャニーズ並みのルックスが、あだとなったのではと。

アイドルに仕立てようとする思惑と、本人の音楽への思いがね、不調和というか、何と言うか。


まあ、原田真二は一度でも脚光を浴びたので良いのではないかと。

世の中には、才能がありながら埋もれている人のなんと多いことか。


たまに、池袋の芸術劇場前で、歌っている若いミュージシャンがいますが、僕は、気に入れば、彼らのCDを買ったりします。応援の意味でね。

でも、役者にしろ、漫画家にしろ、小説家にしろ、ミュージシャンにしろ、日の目を見ずに消えていく人たちの中に、実はすごい才能が有ったりすると思うのですよ。

そう思うと、とても切なくなる50代のおやじです。

貯金は、1000万円が一つの基準になる

これまで「1000万円以上貯めている人」にたくさん取材をしてきたガイドの方の記事を読むと、貯金1000万円というのが一つの基準になるようです。

そのガイドさんのデータによると、以下の通りとなっているようです。


一人暮らしの人のうち、20代~60代まで、貯蓄が1000万円以上あると答えた人の割合は以下のようになっています。

●20代・・・2.3%
●30代・・・13.4%
●40代・・・22.0%
●50代・・・29.1%
●60代・・・40.4%



うーん、確かに1000万円というのは、切りのいい数字だし、1000万円あると思うと、少しはリッチな気持ちになれるのかもしれません。

50代おひとり様は、29.1%が、1000万円以上ホルダーです。

でも、なかなか貯金ができない人にすれば、まずは100万円が、最初の基準になるのではないでしょうか。

僕自身が、そうでしたからね。

宗教団体に貢いでばかりで、貯金はできず。

まともに貯金をしたのは、50過ぎですよ、50過ぎ。

どれだけ僕がバカであるかを話すときに、これ以上説得力のある話はありますまい。

50面下げて、貯金ゼロだった男が、そこから、快進撃、とまではいかないまでも、何とか父の介護をやり遂げ、家も建て替え、何とか細々と生きております。

ただ、僕を救ったのは、40代半ばから始めた株式投資ですね。40万円ほどを、失ってもいい覚悟で、始めたところ、少しずつ、成果が出て、今は、450万円ほどを運用しています。

もちろん、最初の40万円が、単純に10倍になったわけではなく、お給料やボーナスからも、投資資金を投入しながらなのですがね。

僕の場合、住宅ローンの残債がかなりあるので、貯金1000万円というのは、遠い目標です。

でも、きっと、貯金1000万円は達成します。

だって、1000万円の貯金があると、ちょっと嬉しいじゃないですか。

気持ちにも、余裕が出てくると思うのですよ。

で、同時に大切なのは、質素な生活です。

質素で素朴な生活こそが、健康にもいいし、精神にもいいですからね。

子育てしているわけでもないし、教育費にお金はかからないのですから、年老いた母と二人、質素に楽しく生きていく毎日なのであります。

30代、美人なのに、将来が不安

昨日のTさんの別荘にての会話の中で、Hさんの意外な悩みというか不安を知り、人間が持つ不安というものについて、考える機会を与えられました。

このブログでも何回か書いていますが、Hさんは、多部未華子似の30代です。

多部未華子に似ているということは、間違いなく美人なのですよ。そのことは本人にも言いましたので、もっと自信を持って良いと思うのですね。

ところがこのHさんは、自己評価が低いのです。

自己評価が低いと、かなり損をします。積極的な行動に移れませんからね。何をするにもネガティブに考えてしまい、マイナス思考に陥りがちになります。

では、自己評価が高ければいいのかというと、そうでもありません。

事実、Hさんの友人で、スペックが同性から見ても低いにもかかわらず、異常に自己評価が高い人がいるそうです。そのような勘違いな人よりは、自己評価が低い人のほうが、周囲からは受け入れられるかとは思います。

ただ、自己評価が低いと、何よりも、本人が損をします。

昨日のTさんの別荘における飲み会では、そのような話もしました。

男は基本的に美人が好きなので、多部未華子に似ているHさんは、それだけでかなりのアドバンテージなのです。僕であれば、その強みを生かして、いい男を見つけようとするでしょう。

あるいは、男に頼りたくないのならば(Hさんは、どうやら男性不審の部分もあるようでした)自分に向いている分野で、スキルを磨いて自活への道を探るでしょう。

このことは、Hさんとの付き合いが長いTさんも、言っていました。

そして二人して、大阪にでも行って、一人暮らしをしたらどうかと提案しました。

環境を変えてしまうのが、自己変革には一番手っ取り早いからです。

そして、どうせ環境を変えるなら、東京あたりでは、近すぎていまいち。

ここは、関東圏から脱出して、僕は、大阪と福岡をすすめました。これは、僕自身が、大阪と福岡に、いいイメージを持っていて、僕自身が、もしHさんと同じ年齢だったら、いちばん住みたいところが大阪と福岡だからです。

それに、札幌も候補にあげましたが、札幌は寒すぎると、Tさんが言い、それもそうだと思って、やっぱり大阪か福岡じゃね、とプッシュしました。

Hさんに限らず、漠然とした将来への不安を感じている人は多いのかもしれません。

Hさんから見れば、介護離職で無職で、住宅ローンの返済を抱え、高齢の母親と暮らしている僕が、幸せそうなのが不思議なようでした。

まあ僕自身が、世間一般の常識から外れているのかもしれません。

たぶん僕は、人と比べる人生は卒業したので、楽なのでしょう。

人とは比べませんが、他人の生き方は大いに参考にはします。

そして、自分の生活や考え方に、取り入れたほうが良いと思うものは、どんどん取り入れていきます。だからたえず、自分なりのイノベーションはしているつもりです。

どうせ人生、長生きしても100年かそこらです。

どうせ生きるなら、楽しく生きまっしょい。

また、Tさんの別荘に行ってきました

今日はまた、花火師で投資家のSさんとともに、Tさんの別荘に行きました。

今日も、前回料理を作ってくれた多部未華子似の、Hさんが、料理を作ってもてなしてくれました。

今日はログハウスの2階で、Tさんのパソコンで、オプション取引の画面を見せてもらいました。

Tさんの説明で、オプション取引の概要が、何となくではありますが、理解できました。


また今日は、Sさんが、オカリナ演奏を披露してくれました。楽器ができるのはいいですね。

Sさんは、午後二時過ぎに、用事があるために帰ったのですが、僕はそのあとも3時間ほどお邪魔して、のんびりくつろいで、楽しい会話をしながら料理を食べ、飲むということをしていました。


そして夕方になって、帰宅の途につきました。

帰りの電車は、通勤帰りの人で混んでいました。

勤め人は皆、仕事をして帰るのに、僕は昼間から酒を飲み、楽しい会話をして帰るのです。

全くいい身分と言わざるを得ません。

ありがたい話で、今の僕の生活は、会社員時代に比べれば、時間的にはゆったりしています。


弱くても、だいじょうぶです

昨日深夜に走り書きした記事が、思いのほか良い受け止められ方をしていたので、もう少し、書いてみます。

実は僕は、弱いほうが強いのではないか、と、思っているのですね。あるいは、弱いほうが、安全ではないかと、思っています。

これは、老子の「柔弱謙下」(じゅうじゃくけんげ)という教えからきています。老子には、よく水が出てきます。水は形なく、とらえどころがないが、強いと。そして常に、低きに流れると。

その水のようなあり方を、僕も理想としているのですが、せめてそういう思いを持ち続けることで、老子に近づきたいとは思っています。

一方、孔子は、僕にとっては肩が凝る教えです。孔子の論語は、多くのエリートが好みますが、まあ、論語の教えは立派だとは思いますが、老子のほうがやっぱり性に合っています。

で、昨日、自分の最大の敵は自分だと言ったのですが、この敵である自分とは、勝手に妄想し、暴走してしまう自分のことで、仏教的には煩悩とか、偽りの自分、と呼んでいるものです。

この、御し難き偽りの自分を、どうなだめすかすか、どううまく付き合っていくかが、大事なように思います。

だって、僕が前職で、上司と戦っていたときは、「御し難き自分」が、僕の心の中で荒れ狂っていましたからね。怒りの制御が大変でした。

職場の人間関係は、場合によっては地獄さながらの様相を呈します。まあ、修羅場ですね。

こんな堅い話ばかりでは、あれなので、僕が大事にしていた犬の写真をアップします。


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名前は、ラッキーと言います。

もう死んでしまいましたが、皮膚病におかされ、痩せこけて野良犬としてさまよっていたときに、僕の友人で、タクシードライバーのMさんが、拾って育てていました。

Mさんは、他にも2匹の犬がいました。一匹がトイプードルで、もう一匹が、マルチーズです。

ちなみに、今は便宜上、犬を、一匹と呼んでいますが、愛犬家は、そのようには呼びません。人間のように扱いますからね。

それは、Mさんから教わったのですが、僕は知らずに、スタバで、チワワを抱えていた女性に、「雌ですか」と訊いたら、たしなめられました。

「ああいうときは、女の子ですか、と言うものですよ」と。なるほど、と思いました。

僕の家は、母が、動物が苦手なので、犬も猫も飼えませんが、ときどき、Mさんの家で、ラッキーを連れ出して散歩に行ったりしていました。

その後、Mさんのところでは、チワワ2匹も、譲り受けたり、捨てられているのを拾ったりして増えて、計5匹の犬たちが、いましたが、一番元気だったラッキーが、突然死してしまいました。今年のことです。

ラッキーは、拾われた当初は警戒心が強く、ビクビクしていましたが、愛されて、大事にされているうちに、少しずつ、なついてくれるようになりました。

犬も人間も、苦労したり、大変な目に合うと、怯えたり、対人恐怖症になったりします。僕も、若い頃の一時期、外に出るのが怖くて引きこもっていたことがあります。

長くなってしまいましたね。

何が言いたいのかというと、弱くても大丈夫、だということです。僕のように弱い人間でも、何とか生きてこれましたから、この記事を読んでくれている皆さん、全員、だいじょうぶですよ。

僕くらい、弱い人間はいない

僕は自分が、とても弱い人間だと思っています。

どのくらい弱いかは、50年以上付き合っているので、自分自身がよくわかっています。

で、弱いからこそ、有利なこともあるのだと思っています。

ウサギの耳が大きいのは、敵の音を早く聴くためです。

ウサギはいつもビクビクしていますが、あれは、生存のためのビクビクです。だからそれを否定するのではなく、生かせばよいのですね。


ウサギは、脅かしただけで、ショック死することもあるそうです。そんなビクビク者のウサギですが、自殺はしないそうです。

人間だけが、勝手に変な思い込みをして、自分で自分を追い込んで、自殺したりします。

自分の、最大の敵は、自分です。

もっとはっきり言えば、自分以外の敵など、この世には存在しません。

逆に言えば、ことほど左様に厄介なものがまた、「自分」でもあるわけなのですね。

僕はこの事実を知ってから、敵が全くいなくなりました。

つまり、無敵です。

威張って言うことではありませんが、誰一人、敵には思えないのです。

なぜなら、その時々で、自分に必要な人が現れるからです。

そしてそれはまた同時に、相手にとっても、同じです。相手もまた、相手なりの人生を精いっぱい生きており、その点においては同列です。

敵のいない人生は、楽です。

そんな僕ですが、もちろんタダの平凡でありふれた男なので、腹の立つこともあります。そんなときは、僕がむかついた相手は、敵に見えたりもします。

でも、原点に立ち返って俯瞰すると、やっぱりその人も、敵ではありません。

何かの必要があって、僕の前に現れた人なのです。だから、僕に何かを教えてくれる人なのです。

すいません、今日の話は、変な話なので、聞き流してもらって、結構です。

熱川温泉と言えば、細腕繁盛記

今回、僕が母を連れて行ったのは、熱川温泉。

僕が子供の頃に見ていたドラマ、細腕繁盛記の舞台が、まさに熱川温泉でした。新珠三千代さんという人が主役でした。

今回泊まった宿は、しなよしで、グルーポンチケットでかなりお安く宿泊しました。通常の大浴場に加え、貸し切り展望風呂と、岩盤浴にも入りました。

夕食前の夕方、熱川温泉街を散歩。


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お湯掛け弁財天

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まだ日が落ちきるまでには少し時間が

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平日は射的も店じまいか

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冬の日の暮れは早い

昨日は工事車線規制で混んでいた圏央道も、今日はすんなり帰ってこれました。

走行距離、往復で370キロ。

このくらいの距離が、一泊旅行にはちょうど良いです。

旅行が最上のお金の使い方

最近でこそ、介護もあった関係で、海外に行かなくなった僕ですが、1992年に、イギリスに3か月行っていたのをきっかけに、海外にはいろいろ行きました。

英語学習が拍車がかかったのも、そのせいもあります。

で、年を重ねるごとに、若い頃、自分で好きに動けるときに、海外を含め、いろいろなところに行っておいてよかったと思います。

日本では、沖縄がいちばん行っていると思います。

それ以外でも、日本全国、ほぼ行っていると思いますが、大都市では、大阪と神戸だけがまだ行っていないので、これは老後の楽しみにとってあります。

旅行のいいところは、モノが増えないところです。

僕は、自分の住む空間だけは、スッキリとしておきたいのですよ。

モノがあふれていたり、積み上がっていると、それだけで疲れます。エネルギーが奪われる感じです。

僕が禅宗のお寺や、カトリックの修道院が好きな理由も、あのスッキリとした空間が好きだからなのかもしれません。


若い頃に、海外にたくさん行っておいたおかげで、飛行機に長時間乗らなければいけない海外に、いまさらあえて行かなくてもいいかなと、思えるのはかなりのアドバンテージです。

だって、悔いがありませんからね。

そのときに行きたいところは行っておいたので、悔いがないのです。

だんだん体も動かなくなって、動くのもおっくうになったとしても、ああ、若い頃にああしておけばよかった、あの国に行っておけばよかった、という後悔がないだけでも、幸せなのです。

必要十分なだけの少ないものでスッキリと暮らし、たまに旅行に行く生活が、すっかり板についています。

まだ、所有物が多いので、さらに減らせるものは減らして、居住空間をさらにスッキリさせたいと思っています。

ということで、今日、これから、母を連れて熱川温泉に行ってきますので、ブログの更新は早くて、明日の夜になります。


九州エリア初進出で店舗網拡大急

僕の所有銘柄の一つ、SFPが調子がいいです。

今年、福岡・博多区に磯丸水産をFC出店しました。

福岡は、住みたい街で常に上位にあり、利便性、先進性、あと、芸術性も高いと思います。

SFPは年初来高値を、12月にたたき出して、2000円を超えました。

僕自身、2000円に抵抗線があると思っていましたから、ここを超えることが一つの試金石だとは思っていました。ただ、この後は、そうそう上がらないとは思っています。

SFPは、僕が所有する銘柄の中でも、優良銘柄の一つなので、これからも頑張ってほしいところです。



主婦ばかりのランチの場で50男の一人飯

ときどき、僕は何かの用で外出したときは、昼は外食をするのですが、しゃぶしゃぶが食べたいときは、たいていどん亭に行っていました。

ただ、ここのところ続けて、しゃぶ葉に行っています。しゃぶ葉は、野菜が取り放題だから、健康にいいし、お得だなと思って。


前回もそうでしたが、開店前に主婦のグループが。

主婦は、価格に敏感です。野菜が大量に食べられて、デザートも自分で取りに行けるし、コスパが良いと判断されているのではないでしょうか。


まあしかし、味はどん亭のほうが良いので、どん亭メイン、しゃぶ葉がサブといったところでしょうか。

滅多に行かないのは、木曽路ですね。

まあ、近くにないというのもありますが、木曽路の所沢店とふじみ野店には行ったことがありますが、どちらの店もうちからはやや遠いのです。

しゃぶ葉とは対照的に、和服を着た女性が、最初のセッティングをしてくれるのは、高級感がありますね。


木曽路であれば、客質が違うのか、ガヤガヤした雰囲気はないのですが、しゃぶ葉は、めいっぱいうるさいです。

主婦パワー全開で、喋りまくっています。


若い頃の僕ならば、引いたところでしょうが、こちらも年を食ってきて、平気なもんです。

まあ、二人連れ、三人連れ、四人以上のグループ、そうした中で、一人飯は僕だけ。

まったく、楽しい時間です。聴きたくもない会話が、勝手に入ってきます。


まあ、一人で行くときはどこに行っても一人飯ですが、しゃぶ葉は、一人で食べている人に、まだ会ったことがありません。

今は母との暮らしなので、一人で出かけたときしか、一人飯はないのですが、いずれ、僕一人の生活になると、一人飯も増えるでしょうね。

早期リタイア生活ゆえに、開店時間の11時に店に入れるのが有利な点です。

浅川マキ、misia、小野リサが、僕の歌姫

町役場で、窓口係をしたままその生涯を終えたならば、浅川マキという不世出の、アーティストは世に出なかったのだと思います。

よくぞ、北陸の小さな町から、上京してくれました。

北陸の風土が生んだような、あの裏寂しさは、たまりません。

浅川マキの良さは、あのうらぶれ感だけではありません。あのブルース、あの黒っぽさ、あの裏街感、比肩する者がありません。もう、あのような歌い手は出ないのではないでしょうか。

浅川マキは、紛れもなく、孤独が好きな僕が酔いしれる女性アーティストの一人です。

浅川マキを聴くときは、ウィスキーが飲みたくなります。


misiaは、他の二人に比べれば若いのですが、歌唱力だけでなく、天性の情感を備えています。

一時期、
misiaばかり聴いていたときがあります。というか、misia以外、聴く気がしないほど、はまっていました。カラオケに行っても、misiaばかり。

歌唱力では、僕のこの3人の歌姫の中でもトップでしょうね。


そして、小野リサ。

小野リサは、僕にとってパラダイスの象徴です。速攻でパラダイスに入れるのは、他には山下達郎しかいません。

小野リサのボサノヴァを聴くと、一気にパラダイスに突入します。それほど、彼女の音楽は、リラックスできますね。

一時期、沖縄民謡とボサノヴァしか聴けないときがありました。

めちゃくちゃ疲れていたときでした。

そのときに癒してくれたのが、沖縄民謡と小野リサでしたね。沖縄民謡を歌う人は多いので、誰と指定はできません。


浅川マキ、
misia、小野リサは、誰が一番というわけではなく、個性が違い過ぎるので、横一線で好きですね。その日の気分で、一位が変わる、ということでしょうか。

ただ、僕が知らないだけで、世の中にはまだすごい、女性ミュージシャンがいるのかもしれません。

ちなみに、この御三家は、日本人女性アーティストにおける歌姫ですね。

ですから、キャロル・キングとか、外国人女性アーティストは除いています。

70歳、月3万円で元気に暮らす

昨日は、久しぶりに友人Oと、隣町で落ち合い、小高い山の中腹まで上り、ベンチに腰かけて話をしました。

10時半から13時半近くまで、約3時間ほど話しました。

話をしていると、時間が経つのは早いです。

友人Oが、いちばん時間が取れるのが土曜日。

毎週土曜日、彼の90代の母親がデイケアに行くため、その日だけは多少長い時間が取れるのですね。

その友人Oとの話の中で、元大工で、今は仕事をしていないTさんの話になりました。


Tさんは、国民年金、それももらっている額は月3万円ほどだそうです。

しかし、特別困る様子もなく、元気に暮らしているそうです。

毎日20キロほど歩いているそうで、趣味は山歩きだそうです。


年に2度ほど、仲間と遠出をすることがあるそうですが、お金がかかるのはそのときくらいだとういうことでした。


月3万円で元気で暮らしている、人生の先輩がいることは、励みになります。


家は、さすがに大工だけあって、自分で建てた家で暮らしているようです。その固定資産税がいくらかかるのかはわかりませんが、月に生活費が3万円であれば、年間50万ほどのお金で、暮らしていけるのではないでしょうか。


僕は、直接Tさんを知っているわけではありませんが、友人を通して、そうした人の存在を知り、大いに元気をもらいました。


僕にも、Kという、僕よりは年下ですが、世捨て人の知り合いがいます。

まあ、またKについても、書いてみます。

ブログの予約投稿の弊害について

僕はブログを書くときは、基本は、記事を書いて即投稿なのですが、まれに、予約投稿をすることがあります。

たとえば、昨日の記事は、予約投稿でした。

その理由は、一つには、昨日は帰りが遅くなる可能性があったからです。遅く帰ってきてブログをアップするのは、それなりに手間がかかったりしますからね。

もう一つの理由は、前職であるビジネスホテルを舞台にした撮影の話を一昨日して、その続編だったから、関連性があり、あまり間を置かずに書いたので、予約投稿しておいたのです。

ただ、この予約投稿、弊害もあることに昨日気づきました。

それというのは、一昨日の記事、「ちょっと芸能ネタ、撮影の立ち合いでのこと」にコメントが入っていたのです。

僕は、コメントは、見たらすぐに返信する主義なのですが、家に帰りつく前に、次の記事、「撮影の立ち合いでのこと、の続き」が、予約投稿でアップされてしまっていたのです。

スマホを見たら、1という数字があったので、誰かがコメントしてくれたことはわかったのですが、スマホからは投稿ができないし、今の現状では、投稿内容も、見ることができないようになっています。

スマホからも投稿ができ、投稿内容を見ることのできる機能設定もあるのでしょうが、めんどくさいのでそのままほったらかしになっています。


思ったよりも早く家に帰れたので、パソコンを開いて、すぐに返信はできましたが、投稿した人にしてみれば、自分が投稿したコメントの返信もないままに、次の記事がアップされているのは、あまり気持ちのいいものではないと思うのですね。


便利な機能なので、予約投稿は、今後も時々使うつもりですが、今回のような、タイムラグが生じると、コメントしてくれる人に申し訳ないので、基本は、記事を書いて即アップ、というのを、心がけたいと思います。


撮影の立ち合いでのこと、の続き

ホテルでの撮影は、圧倒的に屋上でのものが多かったのです。西新宿のビル街も見えるし、ホテルの屋上にはフェンスがあって、そのフェンスをバックにした撮影というのが多かったですね。

遺産争族というドラマに立ち会ったときは、向井理と、その妻役の榮倉奈々が、フェンス際でやり取りしているのを、ちょっと離れた距離から見ていました。

ただ、実際に見ているのは、スタッフの動きのほうです。本番のときは、スタッフも緊張しているので、大丈夫なのですが、撮影の合間に気がゆるんで、私語をしながら、無神経な行動に出て、屋上の設備を傷めたりすることがあります。

実際に、何の撮影の時だったか、屋上にある膨張タンクへ行く配管を破壊され、えらい目にあったことがありました。このことを話し出すと、膨張タンクの話だけで終わってしまうので割愛します。

吉瀬美智子のときは、フェンスに寄りかかりながら東京新聞を読む撮影を何テイクも付き合わされました。

小栗旬のときは、やたらと廊下を走るシーンでしたが、これも、下の客室にいるゲストに、あらかじめ言っておかないと、クレームになります。小栗旬は、思ったよりも背が高かったですね。

こいつはだめだと思ったのは、伊藤英明とかいう俳優。海猿という映画を見て、多少いいイメージがあったのですが、撮影時間に遅れてきて、チャラチャラしていました。

気配りができていたのは、最近はあまり見かけませんが、斉藤慶子。

それと、僕の中で、評価が上がったのは、中谷美紀。彼女は、僕たちホテルの人間にも丁寧な接し方をしてくれましたね。

僕が、はからずも注意する羽目になったのは、中村雅俊。

別に中村雅俊が何かしたわけではないのですが、スタッフと一緒に堂々と、ホテルの正面ロビーから入ってきたので、注意しました。

たとえ、そこそこ大物俳優だろうと、撮影の人間を正面からは入れさせません。そのことは、口が酸っぱくなるほど、撮影スタッフの責任者に言っておいたはずなのです。

それを守らなかったので、強い口調で注意しました。中村雅俊は何を怒られているのかわからず、きょとんとしていましたけどね。

ホテルには11年いましたから、撮影の話はまだまだあるのですが、今はとりあえず、思いだしたものだけを書いています。

また思いだしたら、書いてみますね。

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