介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2017年08月

悪女覚醒

女性が悪女に変貌する姿は、たいがいの男にとっては、非日常でしょう。

草薙君の「嘘の戦争」以来、民放で継続的にドラマを見ることは久しくなかったのですが、松本清張の黒革の手帳がドラマ化されたため、見ています。

主役は、武井咲さんで、このドラマで、彼女の女優としての株はずいぶん上がったようです。

主役ではありませんが、仲里依紗さんも、なかなかの演技を見せています。

以前、NHKの「ひよっこ」がつまらないという話をしましたが、これは「ひよっこ」がダメと言うよりも、15分枠の連続ドラマであるがための、展開のつまらなさではないかと、思い直しました。

このことについては、以下の記事で言及しています。

ひっそりと生きることの幸せ

何しろ、NHKの朝の連続ドラマを見るのが初めてだったので、仕方のない誤解です。そうは言っても、今でも、「ひよっこ」はつまらないと思っていますが。


さて、黒革の手帳ですが、武井咲さんも仲里依紗さんも、元は銀行の派遣社員でした。

そこからなり上がっていくのですが、まじめそうに見えた二人が、どんどん悪女になっていく姿が、興味深いのですね。

「この二人、派遣社員のときは仕方なく猫かぶってたんじゃね」というくらい、悪女に目覚めていきます。

まさに、眠っていた悪女の部分が目を覚ます感じです(怖いです)。

二人の悪女の違いは、武井咲さんの場合は、自覚的な悪女の覚醒であり、仲里依紗さんの場合は、無自覚な悪女の覚醒です。無自覚な分だけ、仲里依紗さんのほうが危ない気もします。

二人が若干のタイムラグで悪女へと覚醒していくのですが、そこには常に、自己顕示欲と金銭欲が絡んでいます。

僕が今見ているもう一つのドラマは、「ウツボカズラの夢」です。

こちらの主役は、志田未来さんですが、こちらは、継母に家を乗っ取られて、実母の知り合いの家を頼り、自分の力だけでなんとか居場所を見つけようとするある意味けなげな話なのですが、生き抜くために、かなり狡猾とも言える策を弄します。

しかし、彼女は、とにかく生き抜くことに懸命で、ここでもお金が、重要なファクターになっています。

このドラマ内での志田未来さんの言葉、「思いつく夢の大きさと持っているお金の多さは比例する」は、印象的でした。

彼女はまだ、悪女にまではなっていないようには思うのですが、今後の展開次第では、悪女へと変貌するのかもしれません。

主役の志田未来さんよりも、継母役の玄理さんのほうが悪女っぽいし、脇役で出ている国生さゆりさんも、かなりの悪女です。悪女でないのは、少し抜けている専業主婦の大塚寧々さんくらいでしょうか。


女性が悪女に覚醒する姿は、怖くもあり、同時に魅力的でもあります。

今日はなんだか、中島みゆきさんの「悪女」を聴きたくなりました。

働かずに200万円を得ている話を聞かされました、(´・ω・`)

たまに行く飯田橋の英会話カフェで会った人から聞いた話です。

年はまだ、30代だそうで、彼女はいないそうです。

で、その彼ですが、年間200万円の不労所得があるそうです。実は、僕の現時点での理想の年間不労所得が、まさに200万円なのです。

それゆえに、心動かされました。

不労所得とは、自分がどこかに出向いて行って労働をするという、そのような作業ではない、勝手に入ってくるお金のことです。

まあこんなことは、説明するまでもなく誰でもわかっていることではありますが、その実現となると、そうそう簡単なことではありますまい。

誰しもがあこがれるお気楽な身分ということになりますが、この日本では、能力に関係なく、一律に、ただその年に達すればという条件だけで、もらえる不労所得があります。

はい、年金です。

年金を含めて、200万円も手取り収入があればいいなあ、というのが、今の僕の目論見なのです。

その理想を、彼は30代で獲得していました。聞けば、10年物の米国債の利息が、だいたい200万円なのだそうです。

預けているお金は、日本円で1億円。年利で言うと、2パーセントですが、もちろん税引き後の金額でしょう。

米国債など、頭の片隅にもなかった僕は、1億あれば楽な生活ができる実感を得ました。

何しろ国債ですから、株などと違い、リスクはほぼありません。アメリカが破たんしたら、ギリシャのように紙くずですが、その可能性は限りなくゼロでしょう。

つまり彼は、若くして、ほぼ無リスクで1億円を働かせて、年間200万円の不労所得を得ているのです。国債ですから、10年後にはその1億円は、減りもせずに戻ります。

今の1億円と10年後の1億円、確かにインフレリスクはありますが、日本では、あまり心配する必要もないような。

彼には、他にも収入はあるそうですが、深くは訊きませんでした。

何しろ英会話カフェですから、すべて英語で話しているので、彼も若いので、僕のようなオッサンと話すよりも、若い娘と話したそうだったので、それ以上彼への質問はできませんでした。

うーん、次に会ったら、30代で、どうしてそんな大金を、貯め込んだのか訊いてみます。もしかして、FX?

生活保護ではない、もう一つの方法

全く持ってこれは、消費欲求のはなはだ少ない、仙人のような人に向く話なので、普通の人は参考になりません。

ただ僕は、夢想してしまうのですよ。

いかにストレスなく、楽に生きるかを。

たとえばこんなラブソングならぬ、こんなプランはどうでしょう。まあ、社会とはどんなものかを知るために、高校を卒業したら、5年ほど働く。居心地が良ければ、もう少し働いても良い。

大学には行かない。よほどいい大学でない限り、コスパ悪すぎだと思うからです。仕事をしながら、生活費を安くして、とにかくお金を貯め、投資の勉強をする。

20代で退職。この時点で、何年かは厚生年金も払っています。退職後は、働いてもいいが、所得税住民税がかからない程度に抑える。

貯めたお金で、ニーサ口座で株を買う。国民年金は、全額免除してもらう。全額免除でも、国が半分負担してくれますから、これを利用する。国民健康保険は、7割減免を狙う。

つまり、税金をはじめとした負担は極限まで抑える代わりに、人並みの結婚や消費は放棄する。

本はすべて図書館で読む。繰り返し読みたい本だけ、買う。少ない本を、深く読み込む。そのほうが、深い人生を生きられます。

良い親であれば、実家に住まわせてもらう。悪い親であれば、早々に家を出て、一人暮らしで安いアパートに住む。そして、年収に応じた家賃の公団などを狙う。

固定費を極限まで安くして、図書館をはじめとした公共サービスを使い倒しながら、税金等はなるべく納めないで済む低収入生活を生きる。

たっぷり眠れて、たっぷり時間があり、自分が主導権を握れる人生です。ただし、ぜいたくなものは食べられないし、人並みの暮らしはあきらめます。

二兎を追う者は一兎をも得ずですからね。

重度障害者だった伯父のことを想う

今日は、父の墓の掃除に行ったのですが、その前に、フォルクス青梅店でランチを食べていたときのことです。

僕のすぐ後に、数人の障害者が、介護の人に付き添われてはいってきました。車椅子の人も何人かいました。

今、日本はいろいろ問題もありますが、障害のある方でも、それなりに楽しい日々を送っているように見受けられます。

僕がそう思ったのは、重度の障害を負っていた伯父のことが思いだされたからです。

伯父は、長男で、本来父の実家の跡継ぎでしたが、障害があったために、跡継ぎにはなれず、暗い部屋で、ほぼ一日中を過ごしていたようでした。

僕が幼い頃に父の実家に行くと、その伯父は、家の北側の便所の横の日当たりのよくない部屋で、寝ていました。

非常に暗い雰囲気で、子供の僕には怖かったのを覚えています。

ろくに話もできず、よだれをたらし、食事のときなどは、他の兄弟から注意されたりしていました。

そう足繁く、父の実家に行っていたわけではありませんが、僕の目に映る伯父は、絶えず陰鬱で、暗く、見るからに不幸そうでした。

もしその伯父が、今、生きていたら、手厚い介護を受けられたはずです。

当時は、障害のある人を、あまり人目にさらさないようにしている雰囲気がありました。

国も、なかなか福祉にまで手が回らなかった時期なのかもしれません。

ほとんど家から出ることもなく、暗い部屋で過ごしていた伯父の人生は、どのようなものだったのだろうと思い、少し考えてしまいました。

すぐに父の墓に行く気になれず、フォルクスを出たあと、横田基地方面に向かいました。

横田基地は、父が定年まで勤めていた場所で、僕にとっても少しは思い出があります。父は、その伯父に比べれば、幸せな人生だったと思います。

しかし、人の幸不幸は、簡単には決められませんし、論じるべきでもないでしょう。

ただただ厳かな気持ちになり、墓に行き、掃除をしました。

平日の昼下がりに、一人、墓参りができる自由を感謝しました。

お盆ではないので、人はいなくて、静かでした。

ただ、陽射しだけが、やけに強かったです。

貧しさに負けた

 貧しさに負けた
いえ 世間に負けた
この街も追われた

踏まれても耐えた
そう 傷つきながら
淋しさをかみしめ

夢を持とうと話した
幸せなんて 望まぬが
人並みでいたい

「昭和枯れすすき」より引用。

今朝がた、奨学金残酷物語という記事を読み、苦しくなりました。以下が、僕が読んだ記事の冒頭部分です。


彼女は現在25歳。社会人3年目で、地元の近畿地方で地方公務員として働いている。大学は実家から離れた東海地方にある国立大学に進んだ。家庭の経済状況が芳しくなかったため、奨学金を借りての進学だった。

 彼女が借りた奨学金は、第一種(無利子)が月5万1千円と、第二種(有利子)が月12万円。学部4年間で利子も含めて考えると、返済総額は1000万を超える。



そしてその記事を読み、唐突に、「昭和枯れすすき」の歌詞の一節が、頭の中を流れました。特に「貧しさに負けた いえ 世間に負けた」の部分です。

「貧しさに負けた いえ 世間に負けた」と思った記事でしたが、

「何をやっていても、『借金』のことが頭の中にあります。常に追い詰められている気がします……」。

上記のように話す彼女は、幸い地方公務員という安定した職には就いているとのことでしたが、社会に出た最初から多額の借金を背負う姿は、足に鎖をつけられて歩く奴隷を連想させました。

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奴隷と気づかない、奴隷制度が、進行しているのかもしれません。



失われていくことの恐怖

もう若くはないことは自覚しているのですが、劣化が進んでいることに、今日、また、気づかされました。

ライフで買い物を終え、屋上に止めてある車のトランクに買い物袋4つを置いたのです。その後、車のキーがないことに気づき、焦りました。

ポケットや、車の下、回り、すべて見ましたが、ありません。

やばい、本当にやばいと思いました。

落ち着け、と何度自分に言い聞かせたかわかりません。

周りの人も、僕を奇異な目で見始めました。

「とにかく、消えてなくなるわけはないのだから」と自分に言い聞かせ、4つの買い物袋を点検したら、そのうちの一つに、キーが落ち込んで入っていました。

トランクドアを開けるときに、無意識のうちに落としたのでしょう。


見つかって良かったのですが、以前も同じことがあり、そのときは自転車のキーでしたが、そちらは、今も見つかっていません。

幸いスペアーがあったので、今はそちらを使っています。

その自転車のキーを失ったときも、一瞬、記憶が途切れています。


体力の低下は自覚しているのですが、いろいろなものが低下しています。一つには、会社勤めを辞め、どこか、たるんでいるからでしょうか。緊張感の欠如がもたらしているのかもしれません。


もともと容姿は凡庸なので、そちらの劣化は気になりません。もともとがイケメンではないので、落差が少ないのです。

もしこれで、タッキーのようなイケメンが、劣化した場合は、ショックは大きいでしょう。

その点、凡人の容姿は助かりますね。


美人も辛いのでしょうね。

いつまでも美人ということはありません。どこかで限界が来ます。


人は皆、失われていく者です。

失われていくことは、やはり、ある種の恐怖を伴います。

以前は難なくできていたことができなくなる、とか。


まあしかし、これからは、この失われていく恐怖とも、対峙していかねばなりません。

この恐怖をも、達観できるようになることが、今後の課題です。

おひとり様のお墓の問題は深刻です

母はお気楽で、すべてを僕に丸投げしているので、幸せなのだと思います。事実、「私は幸せだ」が口癖になっています。

それは、それで良いのです。

機嫌よく生きてくれれば、僕としても、嬉しいのですから。

このブログでも何度か言及していますが、僕の生みの母は、僕が16のときに死んでいます。

今の母は、亡くなった父の再婚相手です。

血のつながりはないものの、なぜか、相性が良く、これは母の口癖で、「私とあんたは相性がいい」と事あるごとに言います。

これは、穿った見方をすれば、一種の洗脳ですね。

「私とあんたは相性がいい」と僕に言い聞かせることによって、自分の立場を守ろうとしているのかもしれません。

ただ、僕は、それはそれで良いと思っています。

母の晩年に寄り添い、ともに時間過ごすことは、僕にとっても悪いことではありません。

母とは、母が死んだ後の話もしますが、父の眠る墓に入りたいそうです。その墓には、僕の生みの母と生まれてすぐに死んだ弟が眠っています。

血のつながった3人が、今、その墓に眠っているのですが、母はそこに入りたいというのです。まあ、それは、当然のことなのですが、血というものにこだわりがなければ、クリアできる問題ですね。

そしてそのあとが、実は問題なのです。

母の死後は、僕は一人です。独居老人ということになるでしょう。

そして、その墓というのは、後継者がいないとおそらく・・・。

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まあ、あまり先のことを考えても仕方がないのですが、後継者がいない場合、僕は、その墓に入れない可能性があるのです。

まあ、この辺のことは、世話人に訊いてみるしかないのですが、最近の霊園では、宗派は問わず、しばりも薄いので、心配はないのだと思いますが、うちの墓は、檀家がどうとか、葬式のお経はこの坊さんでなければ墓に入れないとか、いろいろな縛りがあります。

坊主は、葬式での稼ぎが柱でしょうし、無税ですから、必死で既得権益を守ろうとしています。

まあ、すぐにどうこうという話ではないのですが、お盆の時期になると、お墓の問題を考えてしまいます。

ボケへの恐怖は他人ごとではなく

今日、ジャパネットたかたで買い替えた冷蔵庫が来たのですが、その設置のためのスペースを昨日から作り、通路も確保していました。

庫内のものを入れ替え、少したってから、昨日買った食パンがないことに気づきました。どこを探しても見当たりません。

食パン一斤といえば、かなりの大きさですから、すぐに見つかると高をくくっていました。しかし、見つからないのです。

冷蔵庫の買い換えを機に、キッチンのレイアウトを少し変え、ついでに床を蒸気洗浄しました。そして片付けなどをしていたら、あっという間に、昼を過ぎてしまい、母が、腹が減ったと文句を言い始めました。

今日は母のデイケアはお盆休みでなしのため、家にいたのですが、食欲はあるほうなので、食材を買い込みすぎてしまうきらいがあります。

これは、僕が諫めてもなおらないので、半ばあきらめてはいるのですが、食品を新しい冷蔵庫に入れ替えたときに、賞味期限切れの食材が結構見つかりました。

母は、身長は140センチ台で、体重は70キロ台と、かなり太めです。食欲があるのは元気な証拠と、良いほうに考えていますが、体脂肪率はかなり高めです。

救いなのは、頭がしっかりしていることです。ボケられたら、大変です。

むしろ、ボケを心配しているのは、僕自身です。その一例が消えた食パンです。

不安になって、昨日買ったライフのレシートを見ても、確かに食パンを買っていることがわかりました。

食パン以外の食材はあるのに、食パンだけがないのです。

よく、痴ほう症の初期に、食品を変なところにしまうことがあると聞いたことがあり、いろいろな場所を探しましたが、見つかりませんでした。

今考えている可能性としては、食パンだけを買い物袋に入れ忘れたということです。しかしこれも、考えにくいのです。

昨日は、買い物袋は4つになりましたが、食パン以外の食材はすべてそろっているので、食パンという、比較的嵩の張るものだけを入れ忘れるというのもあまりないはずなのです。

実は僕が、早期リタイアをしてほっとした理由の一つが、職場での火器や危険物の扱いからの解放です。一度ですが、危うくボイラーの爆発事故を起こしそうになったことがあります。

あと1秒遅かったら大惨事になっていたという危ない場面がありました。

それ以来、慎重の上にも慎重にボイラー操作をするようになりましたが、かなりのトラウマになってしまったようでした。

そうした、自身の衰えと、ときどきボケをかます、危うさが、自分にあることを自覚はしているのですが、今日のように食パンが消えてなくなるなどということがあったりすると、またぞろ、不安にもなるのですね。

まさか自分がボケてしまって、高齢の母が僕の介護をするなどということのないようにしなければと自分に言い聞かせています。

この閉じ込められている感覚はうまく説明できない

人生というのはなんと不確かで、心もとないものかと思います。

一瞬先は闇という言葉がありますが、誰も、未来のことなどわかりません。そして、それ以上に、自分自身のことすら、実はよくわかっていないのではないでしょうか。

子供のころから、折に触れて、僕は息苦しい閉塞感を感じていました。それは、存在の不確かさ、不安となって、いまでも時おり、胸を苦しくさせることがあります。

そうしたモノも一因となって、超自然的なものや、宗教などに自分を走らせたのでしょう。

今は幸い、一切の宗教団体から自由になっていますが、閉塞感は、変わりません。

これは、スピリチュアリズム的に言えば、霊が肉体に閉じ込められているがゆえに起こる感覚であると、一応の理解はしています。

しかし、死んでみなければ、真実はわかりません。

いや、死んだ後、何もないのであれば、つまり唯物論で言うところの死はすべての終わりであるならば、そもそも自分を自覚する意識もないのですから、死んだ後に真実がわかるという現象もあり得ません。

まあ、この閉塞感については、後日改めて、書いてみたいと思います。

3900万円の住宅ローンの完済は、76歳です

物件価格4450万円、諸費用200万円、頭金750万円、フラット35/35年返済、毎月の支払額13万円、ボーナス併用はなし。

マネープランクリニックに相談しているしばふさん(仮名)は、女性会社員で41歳です。

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夫も同年齢。

なるほど、41+35年で、76歳ですね。

僕がこの記事に注目したのは、実は僕がマンションを買ったのが40歳のときで、35年返済、完済時75歳と、自分と同じというか、近かったからです。ただ、借入金は、僕は2080万円でした。こちらの夫婦はその約2倍の額です。

月の収入が50万円ありますが、夫30万円、妻20万円の、ダブルインカムの威力です。ただ、この収入は、ずっと続くのでしょうか。

FPも「完済時期をいかに短縮するかがポイント」と言っているように、繰り上げ返済しないと、大変な老後になりそうです。

そういう僕も、マンション売却後に、54歳で介護のために自宅を建て直しているため、返済は、70歳手前の、69歳まで続きます。15年返済です。

都内のワンルームマンションの家賃程度の毎月の返済額なので、期限付きの家賃だと思うことで、自分の気持ちを楽にしています。

僕の友人で、もう長いこと都内の賃貸マンションで一人暮らしをしている男は、すでに2000万円以上の家賃を支払っています。そして、それは、これからもそこに住む以上は、払い続けなければなりません。

家余りの時代とは言え、独り者は、何かと大変です。保証人がいなければ、保証会社に頼るのでしょうが、別途お金がかかります。そして、家賃にはゴールと言う期限がありません。

さりとて、無謀なローンは、逃げ場がありません。賃貸であれば、安いところや、田舎に引っ越すこともできますが、ローンを抱えたら、逃げ恥というわけにもいきません。

住宅ローンに限らず、借金をするということは、自分の未来を売り渡す行為です。僕も、69歳まで続くローンからは逃げられません。

近所づきあいと、年老いていく一人の自分

今日は、朝の9時から自治会館の清掃がありました。会館内と、その周辺の清掃です。草むしりが主な仕事でした。

今は早期リタイアで、働いていないため、そうした地区の行事にはすべて参加することができます。

しかし、24時間のローテイション勤務のときは、必ずしも日曜日が休みではないため、3回に1回くらいは、参加できませんでした。そうしたとき、仕事で仕方がないとはいえ、多少の後ろめたさを感じたものです。

都会ではない、自分の住む地域では、近所づきあいは大切です。特に、清掃関係の行事は、出席しているか否かが、わかってしまうため、信用問題にもなります。

いずれ、母がなくなり、僕一人の生活となり、年老いていくに従い、ますます隣近所との関わりというものは、大切になってくるように感じています。

すでに会社に行かない僕にとっては、以前よりも狭い範囲で生きているのですが、まだ体が動くので、いろいろ出かけたりもできますが、そうしたことも、今後、徐々に不如意になっていくでしょう。

事実今も、遠くに行くのが億劫に感じることが多々あります。今は、30代のときに海外に出かけて行って良かったと思います。今は、お金があったとしても、わざわざ外国に行く気が、なかなか起きません。

いろいろな点で、衰えを感じているので、行動範囲が狭くなるとともに、考え方もこじんまりしてきているのでしょうね。

53歳女性パート従業員の悲しみ

パートでの収入は、細々としたものです。

それも、53歳という、決して若くはない女性にとって、収入は細かろうが、おいそれとはやめられません。その彼女も、コツコツとためたお金を何とか増やそうとして、ビットコインに手を出したのでしょう。

今朝読んだ読売新聞で、53歳のパート従業員の女性が、若い男に殺された記事を読み、辛い気持ちになりました。

高齢になりつつある女性にとってのお金は、大変重いものです。

パート労働とビットコインは容易に結びつかず、意外な感じがしましたが、それだけ、老後への不安その他から、この女性は、お金を増やそうとしていたのかもしれません。

この女性の家族状況までの記載は、新聞には載っていませんでしたが、もし、おひとり様だったとしたら、老後への不安があったのかもしれません。53歳という年齢であれば、体力の衰えとともに、先々のことも考えざるを得ないでしょう。

詳細はわかりませんが、この53歳の女性を殺した男とは、彼女は投資事業のセミナーで知り合ったそうです。

新聞では、この自分の息子ほどの若い男に、ビットコインを奪われたと書いてありました。

ビットコインとは仮想通貨です。仮想通貨ですが、今、投資の対象になりつつあります。

この53歳のパート従業員の女性の無念と恐怖を想像して、背筋が寒くなると同時に、この女性を殺すに至った若い男の「ある種切羽詰まった金銭への欲望」にも、慄然としました。

「貧しい者が、貧しい者から奪い取る」、まるで、そんな図式を想像してしまったのです。

確かに、ある種のセミナーは、人の欲望の坩堝です。同じような欲を剥き出しにした、あるいは、奥に秘めながらメラメラと黒い炎を燃やしている人間が、集まっていたのかもしれません。

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