介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2016年07月

あとは死ぬだけ

 一見、厭世的な響きのある、「あとは死ぬだけ」という言葉ですが、このブログでも何度か登場した、加藤の言葉でもあります。

 これは一休の、「世の中は 喰うてかせいで寝て起きて さてそのあとは死ぬるばかり」思想に近いのだろうと、僕なりには解釈しています。

 加藤は若くして早々にリタイアしてからは、世捨て人のように暮らしています。

 彼については、以下の記事で詳しく書いています。

  流人のごとく、古家に一人

 僕は最近思うのですが、たとえ安倍総理がどんなにはっぱをかけても、一億層活躍社会にもならないし、インフレにもならないのではないかと。

 もはや消費にすらうんざりしている若い人たちが増えているように思います。

 これは、視点を変えれば、いいことなのではないでしょうか。

 加藤のように、「あとは死ぬだけ」と腹をくくれば、悩みの大半は消えていきます。

 大体において、人が苦しむのは、執着があるからです。

 この事実をいち早く見抜いたのは、僕の認識の範囲では、ブッダ釈尊です。

 僕も、おひとり様ですが、結婚願望などはなく、また、負い目もコンプレックスもありません。

 誰に訊かれても、笑って、一人ですよ、と言えます。

 価値観が多様化している現代においては、世捨て人も、お一人様も、性的マイノリティも、ニートも、右翼も、左翼も、シールズも、何もかもが許されるのです。

 ただ、破壊的行為だけはいけません。人殺しなどはもってのほかです。

 強姦もダメです。

 万引きもいけません。

 そうした最低限のルールさえ守っていれば、「あとは死ぬだけ」と腹を決め、ケセラセラで生きていくのも悪くはないと、思う今日この頃です。

宇宙の卵とガマの油

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月に一度の旅行が、今回は前倒しとなり、7月、2回目の旅行となりました。
今回訪れたのは、筑波山。

圏央道のおかげで、こちらもだいぶ行きやすくなりました。
狭山日高、鶴が島、坂戸、川島と、僕の家からは、入るインターに、4つの選択肢があります。

つくば方面に向かうので、当然、料金が一番安くなる川島を選びました。
上の写真は、筑波山神社の境内にある、宇宙の卵です。


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筑波と言えば、ガマの油。
ここは、前回、と言っても、10年以上前ですが、両親と泊まった江戸屋さんの近くの道です。
相変わらずの風景です。
以前は父が一緒だったので、懐かしさを感じました。


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今回の宿となった、青木屋さんのロビーからの眺めです。
ここはフロントのあるフロアで、3階になりますが、大浴場と露天風呂は7階なので、さらに眺めがよいです。

今回は、前倒しの旅行なので、8月は泊まりはなしです。
せいぜい長瀞あたりに日帰りで行くくらいでしょうか。

昨日の11時ごろに家を出、今日は、15時前には帰ってきました。
圏央道のおかげで、楽ですね。

今年中に、境・古河と、筑波中央が開通すれば、千葉へのアクセスが一気に楽になります。
母が生きているうちに、いろいろなところに連れて行ってあげたいと思っています。

年収1200万円からの生活保護への道

 「介護離職」と生活保護を経験した高野昭博さん(61歳)のことが、ネットの記事に出ていたので読んでみましたが、自分との共通点が多いため、身につまされました。

 実名を晒すというのは、勇気があることだと思います。

 もう、吹っ切れている、ということなのだと思います。

 高野さんは「介護離職」をきっかけとして、生活困窮状態に陥り、住まいを失い、路上生活者となったそうです。

 その後、生活保護を経験し、現在は生活困窮者に対する相談業務で生計を立てているとのことでしたが、僕と同じように、一人っ子で、両親の介護を、一人で背負わなければならなかったようです。

 住まいも同じ埼玉県で、年齢も近く、ともに一人っ子で独身、さらには、高野さんも高卒だそうで、その学歴で、年収が1200万円まで行ったというのは、よほど、実力があったのだと思います。

 様々な点で、共通点の多い、高野さんと僕ですが、全く違う点もありました。

 それは、以下の記事を読めばわかります。

 週6日の勤務の様子を語る高野さんからは、「働かないと生きられないから働いている」という悲壮さは全く感じられない。相談業務は時に苦労も多いものだが、苦労について話しながらも、高野さんは「動いてないと、おかしくなっちゃう」と楽しそうである。(記事よりの引用)

 早期リタイアしたくて仕方がなかった僕とは、この点は、だいぶ違います。

 「過労死、多かったですよ。食事中に倒れてそのまま死んだ同僚もいました。通勤の帰りがけ、ふらついていてホームから転落して電車に轢かれて死んだ人も、交通事故に遭って死んだ人も。もともと血圧が高かった人がストレスの高い仕事のために外出して、任務遂行直後に倒れて亡くなったこともあります」(高野さん)

 これだけ働いていて、まだ働きたいという精神はあっぱれというか、生命力が強いのでしょう。

 年収1200万円から、介護離職、生活保護、路上生活、そして就労自立。

 高野さん、お互い、無理せずにやっていきましょう。

 

株を売って生活費にしています

 失業給付金の支給が、終了したため、今は、株を売って、生活費にしています。

 先週の金曜日に売れた株の入金が、今日、ありました。

 NISA枠で買った銘柄なので、源泉徴収されることはありません。

 以前、我が家の預貯金をお話しします、で、書いたように、あまり、健全なポートフォリオというのですか、いや、ポートフォリオは、どちらかと言うと具体的な商品の詳細な組み合わせを意味すると思いますので、アセットアロケーションと言うほうが、正しいのかもしれませんが、あまり、健全とは言えない分散になっています。

 我が家の預貯金については、以前、記事で書きました。

        我が家の預貯金をお話しします

 母の貯金も底をつき始めており、父の通夜式、葬儀、49日法要、仏壇の買い替え、納骨等、160万円ほどがかかったのですが、別にしていた父の口座に、200万円ほどが振り込まれていたのです。

 まさに、天の恵みともいうべきお金でした。

 これは、父が、北海道で、働いていた、昭和19年から、21年までの、まさに戦争と終戦のあったときに、納めていた年金が発覚したからで、社会保険庁から知らせがあり、照合してもらったところ、審査が通り、これまで支払われていなかった29年分の年金が、まとめて入金になったのです。

 こんなこともあるのかと、母とも話し合いました。

 まるで父が、自分の葬儀代を、用意してくれたようでした。

 葬儀関連は、父のおかげで何とかなりましたが、今、起業に向けて準備中の僕には収入がなく、母の遺族年金で暮らしています。

 株は現物取引なので、利益が出るまでは持ち続けるのを基本にしています。

 先週売った、2銘柄の売却益は、二つ合わせても、25000円ほどですが、今の僕にとっては、大きな収入です。

 

衰えの自覚と、早期リタイア

 要介護度5の、父の介護のために、会社を辞めたとき、僕がほっとした気持ちになったことは、以前にも書きました。

 世間では、介護離職が問題になっていますし、介護離職を、マイナスにとらえる傾向が強いのですが、僕の場合は、逆でした。

 僕にとって、介護離職は、限界を感じていた会社員生活からの、解放だったのです。

 それほど、僕は、仕事に疲れ切っていました。

 もう少し厳密に言えば、仕事と、通勤にです。

 睡眠を犠牲にした24時間の勤務、そして、往復4時間に及ぶ通勤時間。

 それが特に苦痛に感じられるようになったのは、去年からでした。

 今、僕は57歳ですが、衰えをはっきりと自覚したのが、56歳のときで、仕事でも、小さなミスをおかすようになりました。

 ボイラーなどの火器を扱うだけでなく、高所での作業もある仕事なので、ちょっとした不注意が、命取りになることもあります。

 もしかしたら大きな事故を起こすのではないか、そんな不安を感じるようになったのも、56歳を過ぎたあたりからです。

 老いには、個人差があると思います。

 僕の場合は、56歳が、曲がり角でした。

 そうした矢先、父を自宅で介護することになり、会社を辞めたのですが、僕の本心は、「仕事から解放されて、ほっとしていた」のです。

 介護は大変だと、言われますが、ありがたいことに、父の場合は、オムツ交換と、痰の吸引、胃瘻からの栄養注入という、三つのポイントさえ、しっかりとやっていれば、おおむね、問題はありませんでした。

 頭がしっかりしていたことが、何よりも助かりました。

 痴呆で、わけのわからないことを言われたり、ウロウロされるほうが、よほど、大変なのではないかと思います。

 会社員生活を続けることに限界を感じていたちょうどそのときに、父の介護が必要になったのは、僕にとっては、むしろ、恵みでした。

 何はともあれ、無事故で、老朽ホテルの、設備管理の仕事を卒業できたことは、よかったと思います。老いと衰えを自覚し、不安を感じていたときだけに、より強く、そのように思うのかもしれません。

生きることの息苦しさについて

 ときどきですが、生きることが息苦しく感じることがあります。

 閉塞感、のようなものです。
 存在の虚無感、とも、言い換えることができるかもしれません。

 これは父を失い、内省的になっているせいもありますが、もともと、子供のころから、そのような傾向がありました。だから、カルト教団にも、一つでは懲りず、二つも、関わってしまったのだと思います。

 この息苦しさは、存在そのものに起因していますから、健康状態も、お金の有無も、仕事の成功不成功も、一切関係がありません。

 健康で、お金があり、仕事がうまくいっていても、生きることの息苦しさは、少しも減ることはありません。

 では、愛はどうか。

 僕はおひとり様で、伴侶はいませんが、素晴らしい伴侶に恵まれることは、よいことには違いありませんが、それが、生きることの息苦しさを、減じるとは、思えません。

 むしろ、この素晴らしい妻を失ったらどうしよう、と、思ってしまうでしょう。

 失うことの恐怖、というのもあります。

 僕は、イケメンでなくて、よかったと思います。

 極めて平凡なルックスなので、頭がはげても、白髪が増えても、あまり気になりません。

 もし僕がイケメンだったなら、そうはいかなかったでしょう。イケメンでなくなってしまうことへの恐怖から、あるいは、もてる男のプライドから、育毛剤に手を出し、白髪も染めたでしょう。

 普通の男でも、ルックスを気にして、頭に育毛剤を振りかけたり、カツラにしたりするのですから、イケメンであれば、なおのことでしょう。 

 美女も、大変なのではないでしょうか。

 今、自他ともに、美人であると、認められている人は、そうでなくなることへの恐怖は強いと思います。美女であり続けるための努力も、怠れません。美女であるから、多くの人がチヤホヤしてくれ、視線を向けてくれるのだ、と思っている当の本人の、心の中は、穏やかではありません。

 今受けている恩恵の条件が、美女であることだからです。少なくとも、そう、本人が思い込んでいたら、苦しいでしょう。

 ですから、仮に僕が、健康で、イケメンで、お金は腐るほどあり、社会的地位も高く、美人で性格もよい妻がいたとしても、もちろんそれは幸福ではありますが、「生きることの息苦しさ」からは、逃れられないだろうと思います。

 このことについては、また、改めて、書いてみたいと思います。


「生活が苦しい」

 今日の新聞で、6割の世帯が、「生活が苦しい」と、感じているということが、書いてありました。

 6割というのは、何やら尋常ではない気がしますが、今や、非正規社員が4割という現状を見ると、そうなのかもしれません。

 一方、大企業の内部留保は、90兆円とも言われていますので、末端にまで、稼いだお金が行きわたっていないのかもしれませんね。

 貧富の差は、これから、ますます大きくなっていくのでしょうか。

 僕は五十代で、若い人たちからは、逃げ切り世代のように思われているかもしれませんが、大学も出ていないし、高卒で、職を転々としていましたから、そのうえカルト団体にはまり込んでいましたから、正直、預貯金はそう多くはないのですが、人生というものをとてもシンプルに考えていて、住むところがあり、食べるものさえあれば、何の問題があるのだろう、と思うのですね。

 これは、早期リタイア貧乏引きこもり生活、でも書いたのですが、実際に、こういう人間もいるので、みんな世間の常識や、情報に、振り回されすぎなのではないか、と思ってしまうのです。

早期リタイア貧乏引きこもり生活


ただ、子供の教育費があったり、病人を抱えていたら、これは本当に大変だと思います。

僕などは、いい年をして、世間知らずなだけかもしれません。

 安倍総理などは、お金の苦労はしたことがないのかもしれませんね。まあ、それは、岡田さんも、志位さんも同じでしょうけど。

期日前投票をしてきました

 明日は参議院選挙ですが、皆様は、もう投票はお済ませでしょうか。

 僕はと言えば、数日前に、期日前投票をしてきました。

 選挙の時期になると、こんな、介護離職で都落ちした五十男の僕にも、電話がかかってきます。

 親戚のうちの一つが、熱心な立正佼成会の信者で、民進党に入れるように言ってきました。

 創価学会の知り合いからは、公明党に入れるようにと言われ、ニートの後輩からは、共産党に入れてほしいと頼まれ、かつて僕が、属していた宗教団体、幸福の科学の仲間からは、幸福実現党で決まりだろ、と言われました。

 何も頼んでこなかったのは、自民党と、日本の心を大切にする党ですか、間違ってたらすいません。あと、おおさか維新の会ですね。

 僕は勿体つけるのが嫌いなので、率直に言いますが、死に票を覚悟で、おおさか維新の会の候補者に入れ、全国区は、新党改革に入れました。

 埼玉県は、どうやら、自民党が頭一つ抜け出し、それを追って、公明党、民進党、共産党が、三つ巴のデッドヒートだそうです。議席は3なので、おおさか維新の会は、正直、難しいところなのですが、公明党、民進党、共産党って、これ、どこにも入れたくないんですよね。

 生まれてこのかた、自民党には入れたことがないし、幸福の科学の信者だったなら、迷わず、幸福実現党なのでしょうけど、もう、カルトは卒業しましたからね。

 昔は、今はもう存在していない社会党に入れたり、新進党に入れたこともあったのですが、あと、自由党というのもありましたっけ、忘れました。

 新党改革は、荒井代表が、数少ない、まともな政治家の一人だと思うので、小さな政党ですが、応援しなければと思ったのですね。

 今度は、安保法案についても、言及してみたいと思っています。
 まあ、あまり期待しないでください。
 

特定検診と国民年金免除申請に行ってきました

 そう太っているわけでもないのですが、内臓脂肪がやや多く、それは、以前から気にしていました。

 特に、介護離職で、早期リタイアしてからは、往復4時間の通勤や、職場での肉体労働が削られた分、運動不足は否めません。

 今日は、保健センターというところに行き、特定検診というのを受けてきました。

 身長、体重、血圧などのほかに、尿や、血液なども、調べてくれます。

 ついでに、骨密度も、調べてもらえます。

 血液検査の結果は、後日ということになりますが、骨密度については、すぐに、教えてくれました。

 判定区分は、3。
 これは、日常生活には支障はないが、骨密度が平均よりもわずかに低いレベルだそうです。

 カルシウムは結構摂っていると自負してはいますが、運動不足は自覚しています。

 運動が不足すると、カルシウムの吸収が弱くなるそうです。

 今日は、健康のためにも、保健センターまで、自転車に乗っていきました。

 検診の後は、役所に行き、国民年金の免除申請をしました。

 国民年金の年度というのは、6月と7月で、切り替わるのですね。つまり、6月までが、旧年度で、7月からが新年度ということになります。

 国民年金の免除は、ありがたい限りです。
 その分、将来もらえる年金額は減りますが、それは、仕方がありません。

 今日は、熊谷は37度を超え、甲府は38度を超えたそうです。
 僕の住む、埼玉県中西部も、似たようなものです。

 今度、涼みに、先日花火を上げた、黒山三滝に、行ってみようと思っています。

花火師の世界を、垣間見ました

 今日は、生れてはじめて、 花火師の世界というものを、垣間見ました。

 今年になってから、知り合いになった、Sさんの誘いで、花火の打ち上げの手伝いをしました。

 黒山三滝滝開きの今日、花火を、打ち上げたのですが、手伝いと言っても、まあ僕は、ほとんど近くで見ているだけでしたが、30分刻みで、打ち上げる花火の迫力と音の大きさを、間近で見ることができ、僕にとっては、まさに、非日常の体験でした。

 Sさんは、投資家兼、花火師という、粋な人なのですが、花火の元締めである、煙火店の、オーナーからも、抜群の信頼を得ているようでした。

 Sさんがいないと、仕事が回らない状態のようでした。

 花火師の業界も、高齢化の波を受けているようで、僕より一つ年下のSさんなどは、若手の部類に入ります。

 Sさんも、僕も、ともに50代。

 ハローワークなどでも実感していますが、中高年の就職状況は厳しく、過酷な現実が待っていますが、花火師の世界は、定年もなく、本人次第で、長く働くことができるそうです。

 花火のことだけでなく、投資についても、今後は、Sさんのアドバイスを、参考にしていきたいと、考えています。

下部温泉と河口湖

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 6月に続いて、7月、1日2日と、旅行に行ってきました。

 今回は、下部温泉に泊まりました。

 圏央道と、中央高速を使い、甲府南インターで下車、道の駅、とよとみ、で休んだほかは、身延山まで、スムーズでした。母は、足が達者ではないので、ロープウェイだけでも、と思い、行ったのですが、駐車場に車を止めても、そこから上りがあり、断念しました。

 下部ホテルには、14時半に到着。すぐに風呂に入ったのですが、浴槽も多く、ぬるめのお湯がメインだったので、母も満足したようでした。

 夜は、宿のマイクロバスで、蛍見学に連れて行ってくれました。天然のゲンジボタルで、数は多くありませんでしたが、神秘的でした。

 帰り際、一匹の蛍が、母と僕のほうに近づいてきて、何事かを告げるように舞い、離れていきました。一瞬、父のことが、脳裏をよぎりました。

 その後、ホテルで、和太鼓の出し物があり、それに続いて、餅つきがありました。中国人客が、喜んで餅をついていました。

 今日は、ホテルを出ると、本栖湖、西湖を周って、河口湖に行きました。

 予定していたわけではなかったのですが、ひょんなことからモーターボートに乗ることになり、乗るまでの階段が、母にとっては一苦労のようでしたが、湖上でなければ味わえない、体験をすることができました。

 写真は、モーターボートのオーナーのアドバイスで撮った、富士山と、モーターボートの波でできた逆さ富士です。

 今日は風が強く、富士山にかかる雲を吹き飛ばしてくれているようでした。
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