介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2016年05月

間引きするように、食器を減らす

 僕は、ミニマリスト、とまではいきませんが、できるだけ、簡潔に暮らしたいと思っています。
 持ち物も、少ないほうが良いし、それは、食器も、同じことです。

 2012年の10月から、2013年の6月までの、1年足らずの間に、僕は、3回、引っ越しをしました。
 それまで住んでいたマンションを売却するために、そこを出て実家に戻ったのが、1回目。
 実家から、借家に移ったのが2回目。
 借家から、建て直した実家に移ったのが3回目。
 計3回の引っ越しで、家財道具は大幅に減りました。
 当然、食器の類も、大幅に減ったのですが、まだ、かなりあります。

 父の他界後は、母と僕だけの暮らしです。

 介護用のベッドなどがなくなった今、僕はさらに物を少なくして、簡素に暮らしたいと、考えています。
 ところが母は、ものを減らすのを嫌がります。
 だから、少しずつ、間引きするように、食器を減らしているところです。
 後で文句を言われたらすぐに出せるように、キッチンではない場所に、保管してます。
 そして、少ない食器でも、十分問題がないことが納得してもらえたら、保管していた食器類は廃棄しようと考えています。
 そのようにして、実は、食器だけでなく、他にも、少しずつ、ものを減らしているところです。

 少ない所有物をしっかりと使い込み、ものに振り回されたり、煩わされたりすることのない生活が、すっきりしていて心地よいと感じます。

 ミニマリストまでは、まだ遠い道のりですが、選び抜いたものを、使い込んで、丁寧に暮らすのが、僕の理想です。

お坊さん宅配便に見る諸行無常

 葬儀における、お布施の全国平均は、45万円だそうです。

 この金額には、読経料、戒名料、お車代、御膳料を含んでいますが、我が家の場合は、これよりも、少ない額でした。
 
 愛知や岐阜などの中部地方では、60万円が、平均だそうです。

 戒名もランク分けがされており、ランクごとの相場、などもあるようです。

 父の場合は、一般的な戒名である「信士」でしたから、ランクとしては、一番下ですが、それでも、かなりのお布施を差し上げました。

 僕はカルト教団で、大金を散財しているので、葬儀という、一生に一度の、儀式で、それ相応の金額を支払うのは、あまり抵抗がありませんが、葬儀や法事であっても、市場原理の洗礼にさらされざるを得ないことを、感じています。
 
 面白いのは、アマゾンが、[お坊さん便] 法事法要手配チケットなどを販売していることです。

 諸行無常を説く仏教が、市場原理という、無常の風に晒されています。


 

年金事務所に、行ってきました

 昨日は、母を連れ、川越年金事務所に行ってきました。

 歩くのが大変な母を、年金事務所のある、東上パールビルの前に降ろし、僕は、そこからかなり離れたところにある、駐車場に車を止め、そこから、歩いて、再び、東上パールビルへ。

 先に行って、順番待ちの番号札をもらっておくように言っておいたのですが、どこを探しても母が見つかりません。

 仕方なく、先に、僕が番号札をもらい、渡された3枚の紙に、必要事項を書き入れました。

 そうこうしているうちに、母が杖をつきながらやってきました。どうやら、トイレに行っていたようでした。

 さて、3枚の紙にほぼ必要事項を書き込んだ頃、僕の番号を呼ばれました。

 今回僕が、年金事務所に来たのは、遺族基礎・厚生年金裁定請求と、未支給請求のためです。

 足の悪い母をわざわざ連れてきたのは、代理申請による、さらなる手間を省くためと、母自身の、早く、もらえる年金がどのくらい減ってしまうのかが知りたいという、切実な思いによります。

 役所であらかじめ入手しておいた、戸籍謄本、住民票と住民票除票、死亡届記載事項証明書、父と母の年金証書、生計維持同一申立書、さらに母の、預金通帳と印鑑、課税証明書、本人確認のための健康保険証などの、手続きに必要な様々な書類を提出し、ここで渡された3枚の紙に記載した内容の確認をしてもらうなどして、30分ほどで、手続きが終了しました。

 ザックリ言って、年金収入は、父が生きていた時の、7割ほどになる見通しです。

 父を介護する生活は終わりましたが、今後は、年老いた母と生き抜くための、お金に関する話が増えるかもしれません。

葬儀後の、あれこれ

 今日はまず(今日と言っても、日付けが変わったので、正確には昨日ですが)、ごみ集積所の、掃除をしてから、母を、かかりつけの医院のもとに送り届けました。

 ちなみに、ごみ集積所の清掃は、持ち回り制で、2週間続きます。

 年に1度くらいしか回ってきませんが、我が家は、比較的、ごみ集積所に近いので、ごみを捨てに行く時だけではなく、そうした清掃の当番が回ってきたときも助かっています。

 ただ、あまり近すぎると、においの問題もありますから、近すぎず、遠すぎない距離のごみ集積所が最適ですね。

 さて、母を医院で車から降ろした後、訪問入浴サービスで、世話になった業者を訪ね、菓子折りを渡して、感謝の言葉を伝えました。訪問入浴サービスを利用したのは、父の介護の最後の5週間で、利用回数はわずかに5回ですが、おそらく、父が最も幸福な時間が、訪問入浴サービスを利用しているときだったと、思っています。

 だからその父の気持ちを忖度し、父の感謝の気持ちを、僕が伝えました。

 ただ、僕の家を訪問入浴サービスに来てくれたスタッフとは会えず、出てきた、他の方2名に、感謝の気持ちを託しました。

 今日、菓子折りを持って訪れたもう一つは、訪問看護ステーションです。
 こちらは、週2回、お世話になりました。期間も、再入院前から数えると、数年に及びます。

 こちらは、Tさんという、リーダー格の看護師さんがいたので、多少話もでき、直接、感謝の気持ちを伝えることができました。

 その後、ハローワークに行き、職業相談のハンコを押してもらいました。
 このハンコがないと、次の認定日に、失業給付金が受けられなくなります。たかがハンコ、されどハンコ、ですね。

 さらに郵便局と、みづほ銀行、武蔵野銀行を回り、お金の状態を確認しました。

 郵便局は、僕の証券口座からの振り込み出金先になっています。
 葬儀費用関連で、100万円ほど(坊主の読経代が大きかった)かかりましたので、足りない分を、株のある口座から移しています。次には、49日法要があるので、まだ、出費は続きます。

 みづほ銀行は、楽天カードの支払日が近いので、ちゃんと引き落とせるだけの残高があるか、の確認です。
 今回の引き落とし額は、85万円。なんといっても起業家セミナー代、一括払いの80万円が、効いています。

 武蔵野銀行は、住宅ローンの支払先なので、こちらも、きちんと残高があるかのチェックです。

 まだ、父の衣類や遺品などもあり、家の中が片付いていない状態なので、こちらのほうも、何とかしなければいけません。
 
 というわけで、今回も、深夜のブログ更新となってしまいました。


死因は、老衰でした

 18日に、一時的な回復を見せた父でしたが、19日、未明に、89歳で、永眠しました。

 早朝に駆け付けた在宅医が、死を確認し、死因は、老衰、でした。
 最後に、力尽きる瞬間は、母も僕も、寝ていました。

 深夜、3時50分ごろに、ふと目を覚ました僕が、階下のトイレに行き、そのあと、父のいる居室に行ったところ、父の体に、すでに体温がないことを知りました。酸素吸引のための、鼻からの挿入は、テープ止めがしていることもあり、外れてはいませんでした。

 酸素吸入器は、きちんと、酸素を送り出していました。

 ただ、父の体が、その酸素を取り入れる力を喪失するまでに、衰えていたのでしょう。

 互助会に入っていた、東上セレモサービスに電話すると、担当する者が駆けつけてきて、通夜式、告別式の、日程もすぐに決まりました。

 僧侶の手配も速やかに決まり、21日に通夜式、22日に告別式と火葬を済ませました。

 こじんまりとした家族葬の予定でしたが、予想よりも多少、多めの人が参列に訪れてくれました。

 また、普段は疎遠にしている親戚の人たちとも、会うことができました。

 葬儀後も、やるべきことはたくさんあり、おひとり様の僕が、父のことをゆっくりと振り返る時間は、まだだいぶあとのことになりそうです。

危篤の状態を乗り越え、やや安静状態に

 昨日の朝、水と栄養を胃瘻経由で体内に入れた後、父がおう吐しました。

 その後呼吸が荒くなり、酸素飽和度は、どんどん下がっていく状態。

 午後、在宅医療の先生が来ることになっていたのですが、たまらず、緊急連絡を入れました。

 しかし、先生も、その時点で、他の患者を当たっており、予定の時間にしか行けないとのことで、指示を仰ぎ、酸素吸入を、マックスの7にレベルを合わせました。

 通常鼻からの酸素吸入を、口からに切り替え、断続的にせり上がってくる痰の吸引もしながらの、緊迫した状況の中で、先生と看護師さんが、予定時刻より少し過ぎて到着し、もう今日は、何も体に入れず、万が一の事態も覚悟してくださいと、言われました。

 先生が、鼻の穴からの痰の吸引をすると、少し、呼吸が楽になったようでした。

 先生の帰宅後は、母と僕で、交代で、父のそばで見守りを続け、夜は、母を休ませ、僕が徹夜で、対応しました。油断すると、すぐに、酸素マスクが外れてしまいます。すると、すぐに、顔面蒼白になり、悶え苦しみます。

 熱も、39.5度ありましたが、今朝は、下がりました。

 今日は、午前中に、ケアマネと、訪問看護師が来てくれて、午後の訪問入浴も、この分なら大丈夫でしょう、というところまでは、回復しました。

 そして先ほど、訪問入浴サービスを受け、今は眠っています。

 今後、さらにまた、緊迫した状態になることも予想されます。

 できることを、やるだけですね。

介護と在宅ビジネスの両立を目指します

 昨日は、2日間の連続セミナーの二日目でしたが、町内会の一斉清掃日だったため、かなり頑張って、溝掃除を終わらせ、秋葉原まで、すっ飛んでいきました。

 着いたのは、11時20分。なんと、わずか20分の遅れで済みました。

 セミナー会場は、人であふれかえり、僕は、サポートスタッフの案内で、3人席の、真ん中に導かれました。両隣は、当然ですが、僕より若いイケメンです。

 ちょうど、ワークと呼ばれる課題の最中でした。

 すぐに僕も、両隣の二人とともに、課題に取り組みました。

 ワークの後の講師の解説の後、昼食休憩となりました。

 僕は前日も、吉野家の牛丼を食べたのですが、昨日も、同じでした。安いですからね。その後、アトレの3階にある、スタバで、ドリップのトールのアイスコーヒーを、マイタンブラーに入れてもらい、ベンチに座って飲んでいました。まあ、秋葉原というところは、人を見ていて、飽きないですね。

 吉野家スタバという流れは、前日と同じです。ただ、前日は、スターバックスカードに5000円をチャージし(勿論楽天カードでの支払い)、フリードリンク券をゲットし、もらったその券ですぐに、ストロベリーディライトフラペチーノを注文しました。カスタマイズは、イチゴの果肉の追加と、チョコレートチップ。

 フリードリンク券の時は、いつも、なるべく目いっぱい、カスタマイズを試みます。わからないときは、店員さんにアドバイスをもらいます。男も、50を過ぎると、恥じらいもへったくれもありません。

 さて、そんなことよりもセミナーです。

 昼食後は、さらに拍車がかかりました。いかに自分が頭が悪いかも露呈しました。

 僕の左隣は、高橋克典を、若くしたようなイケメンで、右隣は、タッキーとウェンツを足して二で割ったような、こちらもイケメンで、僕が女だったら、それだけで、テンションが上がるのではないかと推測しましたが、高橋克典のほうは、訊いたら、福岡から来たと言っていました。福岡って、九州の福岡ですよ。当然、前日は、どこかに泊まるでしょうから、交通費込みでいくら使っているんだって感じです。埼玉県人の自分が、幸せに感じられた瞬間でした。

 セミナー終了は18時。

 疲れていたので、乗り換えの池袋では、贅沢にも、東上ライナーに乗ってしまった僕なのでした。

起業家セミナーの静かなる熱気

 昨日は起業家セミナーの初日で、久々に、雑踏の中に紛れ込み、疲労困憊で帰宅しました。
 
 会場は秋葉原。
 池袋経由で、着いたのが10時30分。始まりは、11時なので、会場には、まだ誰も来ていないのでは、などとのんきなことを考えていたのですが、すでに、広いセミナールームの、3分の1は人で埋め尽くされていました。そして皆、持参したパソコンを開いて、キーボードなどを叩いていました。

 僕はと言えば、PCやスマホは、持ってこられる人だけ、ということだったので、ノートと鉛筆だけ。スマホでもあれば持っていくのですが、そのようなものは持ったこともなく、ネットもできないガラケーがポケットにあるだけという状況。

 セミナー開始の11時には、相当な人数が集い、「おいおい、限定100名じゃねえのかい」と、僕は心の中でつぶやいていました。

 このセミナーの費用は、80万円。

 現金で支払った人もいれば、月賦の人もいるでしょう。男女比は、やや男性が多いものの、女性たちのほうが、なんだかみんな優秀に見えました。年齢層はばらつきがあるものの、明らかに、50代おひとり様の僕は、高齢の部類に入ります。

 主催者発表で、当初100名限定と言っていましたが、参加したい人が増え、そこで、言葉を区切り、118名とか、ちょっと正確な数字は忘れましたが、ザックリ、120名ほどの人数になったということでした。

 うーん、80万円掛ける120名は、と、頭の中でソロバンをはじき、9600万円か、と、またつぶやき、「ええ商売やないかい」と、思わず口に出てしまいそうな僕なのでした。

 起業家セミナーの静かなる熱気に圧倒され、また、普段とは違う部分の脳みそを刺激され、秋葉原の雑踏にも辟易させられて、這う這うの体で、逃げ帰るように、介護の親が待つ家に、夜遅くたどり着いた僕でした。

 今日は、まず、地区の一斉清掃で、溝掃除をし、その後、マインドを切り替えて、また、起業家セミナーに行きます。

買いは家まで、売りは命まで

 昨日、noboさんのコメントをきっかけに、野村ネット&コールに、ログインした僕は、少しホッとしました。

 もう、てっきり、総資産が、270万円ほどにまで、落ち込んでいるに違いないと、思っていたからです。そういうつらい現実からは目をそらせたい、という気持ちでした。

 ところが、先ほどネットで、日産自動車との資本業務提携が浮上し、株価はストップ高となったという事実を知り、まあ、僕個人としては嬉しいし、三菱自動車の工場で働いている人も、嬉しいのではないかと思ったのですが、「怨嗟の声」を寄せている投資家がいることを、知りました。

 それは、下落を見越して空売りを掛けていた投資家たちだそうで、うそかほんとかわかりませんが、「だめだー!破産しちまう」 「最高額損失になりそう」 「樹海ってどう行けばいいんですか」などの、書き込みが、投資家が集まる掲示板サイトに寄せられているそうです。

 僕は現物買いしかしないので、俗に言う、「買いは家まで、売りは命まで」、とい状況にはなりません。

 現物買いは、大きく儲けることもない代わりに、大きな損失もありません。

 僕などは、若い頃は別として、50を過ぎて、リスクを取ろうとは考えなくなりました。月曜から夜更かしの、桐谷さんスタイルで、株主優待狙いも考えましたが、そちらにも、行き切れない状況です。

 結局、そこそこ株主優待ももらい、そこそこ配当もゲットするという、あまり特徴のない、おとなしい買い方です。

自動車税を、払ってきました

 日々のやりくりは、工夫していますが、税金ばかりは、工夫のしようがありません。

 今日は、自動車税の支払いを、コンビニで済ませました。

 一応、きっちりと、額面通りの現金を持って行ったのですが、支払おうとしたときに、ふと、楽天カードで、一回払いにしたら、ポイントが付くかもしれないと思い、訊いてみたのですが、レジのおやじいわく、つきません、とのこと。
 
 僕が多少食い下がって、さらに訊いたものですから、おやじの女房らしき、そのコンビニでは、どうも、権力を持っていそうな、中年の女性が、税金には、ポイントが付かないんですよ、と一言。

 僕は、納得し、現金で支払いました。

 どうせならポイントをゲットしようというあさましい習性は、随所に発揮されます。でも、ポイント狙いで、何かを買うことは、以前はあったかもしれませんが、今はありません。

 僕の家の周辺には、車で行ける範囲ということで、ベルグ、いなげや、ヤオコー、ライフ、ベイシア、コモディイイダ、イトーヨーカドー、などのスーパーがあるのですが、ポイント還元率は、重要視しています。

 早期リタイア後は、すっかり主夫に、なってしまいました。
 もっとも、50代おひとり様ですから、主夫ではなくて、単なる節約おやじですね。

  車の所有はお金がかかりますが、介護の親を抱えていると、車は必需品です。こればかりは、無しで済ませられません。

 税金は、請求が来たら、とっとと払う。いやなことは、先に済ませてしまう。それが、50男の考え方です。
 

ねんきん定期便を公開します

CIMG5110

 921000円。

 これが、僕が、65歳から受け取ることのできる、年間の、見込み額です。

 しかし、これは、僕が60歳の定年まで、働くことを前提とした見込み額です。このねんきん定期便は、去年のものなので、その時はまだ、僕は会社勤めをしていました。

 今年の2月に介護離職した僕の、見込み額は、さらに下がらざるを得ません。

 921000円というのは、額面です。これだけ低ければ、所得税と住民税は非課税になるはずです。しかし、国民健康保険料は、取られるでしょう。

 今後再就職できたとしても、給料は間違いなく下がりますから、それに比例して、厚生年金の支払額も減ります。つまり、受け取る年金の見込み額も、それに合わせて下がるというわけです。月にすると7万円ほどの手取り額になると、予想しています。

 年金の支給は2か月に1度ですから、14万円を、2か月で、消費することになります。住宅ローンさえなければ、僕は月7万円でやっていく自信があります。

 しかし、僕の住宅ローンは、あと12年。65歳時点でも、まだ、支払いは終わりません。仮に、住宅ローンの支払いが、終わっても、固定資産税を始め、浄化槽の維持管理費用などのお金が必要です。

 僕が、ねんきん定期便を見て決意を新たにしたことは、何としても、65歳までには、住宅ローンの支払いを終わらせよう、ということでした。

 ねんきん定期便は、僕の発奮材料には、なっています。

介護が、悔悟にならないように

 昨日、ホテルに勤めていた頃の、すでにその存在すら忘れかけていたブログを読み直した時に、当時の状況がつぶさによみがえり、特に、あの、4年前の夏の慌ただしさは、きついものがありました。

 2012年の7月7日、本当は、父も一緒に、川越のプリンスホテルに行く予定でした。斎藤一人さんのパーティーに参加するために、すでに3人分のお金を払い込んでいました。一人1万円で、計、3万円だったと記憶しています。

 ところが、父が行きたくないと言い出し、そのときは理由は言いませんでしたが、今思えば、すでに体調に異変が生じていたのでしょう。その数日後、緊急入院となりました。

 それからは、仕事と、僕自身の生活と、病院通いと、実家通いで、ブログの更新どころではなくなっていました。

 そしてその1か月後の8月に、長いお別れ、という、一文を書いて、そのブログは放置、ということになってしまいました。

 あれから、もう4年近くが経ったのかと思うと、感慨深いものがあります。

 2012年7月に入院した父が、最終的に退院し、家に戻ってきたのが、その翌年の2013年8月です。

 その間に、僕は、住んでいたマンションを売り払い、実家に戻り、さらに、その実家を建て直すために借家に移り、その後新築の家に戻って、父を迎え入れる準備をし、といったことをしていたわけです。

 2013年8月から、2015年7月に再入院するまでの、約2年間は、バリアフリー化した新築の我が家で、楽しく暮らしました。僕も仕事を続けながら、介護をすることが可能な状況でした。父は、杖をつけば歩くことができましたし、トイレも、自分の力で行くことができました。デイサービスにも、週に3回ほど、行っていました。

 去年の7月に再入院し、今年の1月末に、退院してきたときには、要介護5で、オムツ交換と痰の吸引が必要不可欠だったため、僕は仕事と介護の両立はあきらめ、介護離職による早期リタイアとなりました。

 今では、さらに、常時、酸素吸引が必要となったため、深夜でも、父が寝ているベッドをのぞき込み、ちゃんと鼻から酸素吸引ができているかを、確認します。

 仕事と介護が両立できていた時から数えると、今年の夏で、介護生活は3年になります。先は見えませんが、介護が悔悟にならないようにと、ときどき自分に、言い聞かせるようにしています。

結果的サンラーメン

CIMG5116

 早期リタイアする前は、外食もよくしていたのですが、介護離職後は、ほぼ、自炊に徹しています。

 そう太っているわけではないのに、内臓脂肪の値が、12前後を、行ったり来たりしているため、なるべく野菜を食べるようにはしています。朝食には必ず、野菜サラダを食べますが、昼は、簡単な一品料理で済ませることが多いですね。

 父は、要介護5で、口からは全く食べられないので、食事は、母と二人で摂るのですが、父は食べることには全く興味がなく、いつも平気な顔をしています。食欲は、常に、ない、状態です。

 さて、写真は、全く質素な、今日の僕の昼食です。

 前日、ソーメンを二把半茹で、それを二人で分け合って食べたのですが、母が、少し残してしまい、その残ったソーメンを、まためんつゆで食べるのでは量が少なすぎるので、賞味期限が過ぎかけた、酸っぱくなってしまったキムチの残りをベースにして、ジャガイモとシイタケと長ネギを入れて、酸っぱいキムチソーメンを作ってみました。ジャガイモが入った分、麺の少なさを補っています。

 キムチソーメンなのですが、味は、サンラーメンに近く、自分で勝手に、結果的サンラーメンと名づけました。
 
 僕のブログには、節約というカテゴリーはないのですが、自炊をすることで、結果的には、食費が安く抑えられています。
 

生きている証しでもあります

 訪問看護は、祝日と重なると休みになるのですが、今週は運がいいことに、月曜日と金曜日が祝日を外してくれたため、いつも通りのローテイションで、2回、サービスを受けることができました。
 
 月曜日の看護では、通常60分のところを、30分オーバーで、いろいろなケアをしてもらいました。もちろん、オーバーした30分の料金は加算されますが、いろいろなケアをしているうちに、時間をオーバーしてしまうことも、時にはあります。

 このときは、排便させるのに、かなりの時間を要しました。
 浣腸が必要である、と、言われました。 硬い便を出すのにだいぶ苦労している様子でした。

 排便が、しばらくないのは、気にしていました。

 僕には、排便を促す技術がないため、どうしても、出てきた便を処理することしかできません。あまり便がたまってしまうと、体にもよくないので、今後は、浣腸を使用することになりそうです。

 今日も、看護師さんに、排便の手伝いをしてもらいました。まだ便は硬く、詰まりがちです。
 火曜日から、水分摂取量を増やしているので、尿の出は多く、痰の吸引もしやすくなったようには感じています。

 便、痰、目脂。

 それらは、父が、生きている証しでもあります。
 

過労が原因だったら、悲しすぎます

 山陽道での多重事故が報じられた時、真っ先に頭に浮かんだのが、過労、の二文字でした。

 運転していたのが、50代の女性とのことでした。
 この容疑者は逮捕前、警察に「ぼーっとして運転していた」と話していたようですが、このぼーっとしてしまうということは、僕も、仕事中、ときどき経験しています。
  
 僕の仕事は、ビジネスホテルの営繕及び設備管理でしたから、すぐに大きな事故につながるということではありませんでしたが、ボイラーを扱ったり、高いところに上ったり、また、地下ピットで作業したり、天井裏を這い回ったりするので、それなりに危険は伴いました。通常は、緊張が眠気を遠ざけますが、それでも、疲れがたまってきたり、寝不足であったりすると、集中力は途切れがちとなります。

 トラックドライバーの方は、疲労が蓄積しすぎると、運転中に、意識が飛ぶ、といったこともあるようです。

 まだ、この50代の女性ドライバーが、過労運転であったかどうかはわかりませんが、その可能性は高いように思います。トラック業界は、休みも少なく、長時間勤務が常態化していると聞きます。

 過労で働いている人は、もちろんトラック業界以外にも、大勢いるとは思いますが、過労が事故につながり、本人だけでなく、他者も巻き添えにしてしまうところに、ほかの業種以上に、悲劇性を感じてしまいます。

 この50代女性は、気丈な頑張り屋さんだったのかもしれません。生活を背負い、ストレスを背負って、頑張っていたのかもしれません。もしかしたら、借金も背負っていたかもしれません。過労でも、ハンドルを握らなければならない事情があったのかもしれません。

 すいません。少し、感情移入しすぎました。だけど、きっとまじめな人だったような気がしてなりません。

 トラックドライバーに限らず、過労から事故や病気を引き起こしてしまう人たちというのは、総じて、まじめです。

 僕は、もうこれ以上仕事を頑張れないという時は、可能な範囲で、手を抜いていました。それを、身を守るすべであると、自分を納得させてもいました。

 その考えは、今でも間違っていなかったと思っています。
 

やっぱり、早期リタイアは価値があります

  今日は、14時半に、訪問入浴サービスの業者さんが来てくれて、父を、セッティングした浴槽で、洗ってくれたのですが、その間、僕は台所に立ち、その様子を見ていました。

 訪問入浴サービスの浴槽は、業者さんが持ち込んでくれるのですが、かなりスペースを取ります。父と母の共同の居室である一階の部屋の中央で、それも、斜めに置かれるため(そのように置くのが、作業上最も合理的なのですが)、窓際にある父のベッドと、浴槽に追いやられる形で、母が部屋の隅に椅子を移動して座ると、ほぼ、僕の立ち位置はなくなります。

 以前、住宅事情カテゴリーでお話ししたように、1階には一部屋しかなく、14畳の、リビングダイニングとなっていますが、カウンターを挟んで、向こう側のキッチンに、4畳分を取られているため、事実上の居室空間は、10畳ほどです。

 立ち位置のなくなった僕は、必然的に台所に追いやられるのですが、そこで逆転の発想(それほどでもないか)で、カウンター越しに父が気持ちよさそうに体を洗ってもらうのを見ながら、夕食の料理を一品作ることにしたのです。今日は、レンジでチンした二つのジャガイモをつぶし、それに、キュウリのスライスと、残り物のリンゴを入れ、マヨネーズで混ぜるという、簡単な一品を作りました。

 自分の居場所の確保兼、おかずを一品作るという時間の節約にもなります。父の見守りも兼ねて、作るので、のんびりと、一品を作るというのが、ちょうどいいようです。

 早期リタイア生活の利点は、そんなふうにして、ちょこちょこと、気に入ったおかずを自分で作れることも、その一つです。

 父は今年、90になりますし、母はこの3月で、86になりました。もう、いつお迎えが来ても、おかしくない年齢です。だからこそ、僕は、定年まで数年を残しての、早期リタイアは、価値があると思っています。両親と過ごす最後の時間を、こうして、一緒に、充実した形で過ごせるからです。

 働いていた時の僕は疲れ切っていて、気持ちはあっても、体が動きませんでした。だから今ほど、マメに、料理も作れませんでした。

 今日は、訪問入浴サービスの業者さんが帰った後、床を蒸気洗浄しました。掃除も、働いていた時よりも、やる回数が増えました。それも、早期リタイアの利点です。
 

初めて、緊急時訪問看護を利用しました

 今日は、昼近くに出かける予定があったのですが、朝、父の痰を吸引後、しばらくして、階下にいる母の叫び声を聞き、急いで階段を駆け下りてみると、父が、ベッドの上で、蒼白な顔でのたうち回っていました。

 一目見て、危ない状況であることがわかりました。

 すぐに、パルスオキシメーターで、酸素飽和度を見ると、44。
 これは、初めて見る、異常に低い値で、そのような数値以上に、父の、血の気を失った顔を見て、死、という文字が頭に浮かび、すぐさま、酸素吸入の量を増やすとともに、訪問看護ステーションに、電話をしました。

 待機していた看護師さんが、すぐに駆けつけてくれることになりました。

 同時にそのあと、訪問診療をしてくれている医師の携帯にも電話しました。
 看護師さんが今、こちらに向かっていることを告げると、まずはその人に任せ、何かあったら、また電話するように言われました。

 20分ほどで、看護師さんが到着しましたが、その前には、父の酸素飽和度は、正常値にまで、戻っていました。看護師さんに痰の吸引をしてもらい、いくつかの質問をされ、指導も受けました。

 その結果、水分量が不足していたために、痰が出にくくなっていたことがわかりました。
 また、便の詰まりも、それが原因しているようでした。

 45分ほどの看護を受け、父は、今、疲れたのでしょう、眠っています。

 緊急時訪問看護加算という項目が、毎月受け取る請求兼領収書に記載されていますが、普段は気にも留めていませんでした。これは、利用してもしなくても、毎月、540単位が加算されています。
 それ以外にも、訪問看護特別管理加算や、訪問看護体制強化加算などが、それぞれ、500単位、300単位で、加算されて支払っています。
 
 父は、年金額がそう多くはないので、1割負担で済んでいますが、年金を多くもらっている人は、2割負担になったと聞いています。

 今は、本当に、国の制度に助けられているのを、実感しています。
 

住宅ローンは、あと12年、続きます

 3年前に、家を建て替えたとき、父はまだ病院にいました。そのときも胃瘻による栄養注入を行っていましたが、同時に、口から食べる訓練もしていました。

 3年前の6月、バリアフリー化をして新しく建て直した家に、まず、母と僕が、借家の仮住まいから、引っ越してきました。その6月に、住宅ローンの1回目の引き落としがありました。そして、今月末、5月の引き落としで、丸3年が経ったことになります。

 3年前も50を過ぎていましたから、長期のローンは組めません。15年の変動ローンを組みました。金利は、0.775。

 その時点では、マンションを売却していましたが、それまで払っていたマンションのローンに比べれば、格段に借りやすい金利です。そのおかげで、利息は低く抑えられています。だから今まで、滞納もありませんでした。普通に仕事をしていれば、支払える金額でした。

 しかし、今は無職で、早期リタイアの身です。失業保険が打ち切られるまで、2か月を切りました。

 いただいた退職金の中から、約半年分の金額の住宅ローンを、すでに銀行の口座に入れました。だから、半年間は、住宅ローンが払えない、という事態に陥ることはありません。しかしそのあとは、未知数です。不安は、あります。

 それでも、家を建て替えることができたおかげで、その年の8月に退院してきた父が、9月には、胃瘻を除去することができ、つまり、再び、口から物が食べられるようになり、再び入院することになった去年の7月までのおよそ、2年間、僕は仕事と介護を両立しながら、数か月に1度くらいは、両親を連れて、旅行にも行くことができました。

 そして再び入院し、再び胃瘻をつけて戻ってきた父の状況は、以前退院して戻ってきた時よりも、重篤なものでしたが、またこの家で過ごせることを喜んでいました。そして今も、酸素吸引をしながら、寝ています。

 あと、12年。
 何とか踏ん張って、住宅ローンを返済していきます。

誰もがみんな、重い荷を背負って

  熊本地震で被災した人は、健常者であっても大変だと思いますが、高齢者や要介護の人たち、発達障害や認知症の人たち、さらには、視聴覚に障害のある人たちや、難病の人たちの大変さは、察するに余りあるものがあります。

 難病の中でも、希少疾患の場合、医療チームも薬を持っていない可能性が高いと思います。

 5月は、紫外線も強く、皮膚に疾患がある人などは、長いことお風呂に入れなかったりすると、悪化したりもするでしょう。

 今後は、日に日に、気温も上昇してくるでしょう。

 九州で、僕が行ったことのある県は、福岡、佐賀、長崎の3県で、熊本は行ったことがありませんが、ブラタモリで見た熊本城が、石垣から崩れている光景は、ショックでした。

 看護や介護の現場は、通常であっても大変だと思います。おそらく、ぎりぎりの人員で、まわしているところが多いでしょう。そうした中での震災ですから、看護や介護をするほうも、過労で共倒れになりかねません。

 被災した人たちの大変さに比べれば、僕の状況など大したことではないと、思えてきます。誰もがみんな重い荷を背負って生きているのだと、思えてくる今日この頃です。

最新記事
スポンサードリンク
最新コメント
スポンサードリンク
ハピタスでポイント生活を
その買うを、もっとハッピーに。|ハピタス
  • ライブドアブログ