介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2016年04月

うーん、まいりました

 うーん、まいりました。

 5月14日と15日、起業家セミナーに参加予定なのですが、その15日に、町内会の一斉清掃日がぶつかってしまいました。

 それを知ったのが、今日の回覧板です。

 50代おひとり様の僕は、体が2つ欲しいです。
 この日だけでいいです。この日だけ、体が2つ欲しい。

 介護と仕事の両立は、容易ではありません。

 早期リタイアした後は、特にそう感じます。ハローワークで探しても、なかなか、両立できる仕事はありません。だからそこ、自宅でできる仕事をと思い、かなり高額の、起業家セミナーに申し込んだのですが、その初回から、町内清掃日にぶつかってしまい、ちょっとまいっています。

 しかし、町内清掃は、今後の近所づきあいを考えると、出ないわけにはいきません。父は、寝たきりであり、膝の悪い、高齢の母も、町内清掃(主に溝掃除)は、できない相談です。

 ここはやはり、僕が出るしかありません。
 もちろん、出ない自由はあります。しかし、普段、親の介護で、家にいるのに、その日に限って、用があると言って断るのは、なかなかできることではありません。

 町内清掃は、午前中には終わるので、午後からでもセミナーに参加するしかなさそうです。セミナー会場は秋葉原。我が家からは、片道2時間の距離にあります。

 早期リタイアしたおかげで、町内会の総会にも初めて出ることができたことは、以前記しました。早期リタイアして時間があるので、これからは、清掃にもすべて参加できますと、近所の人たちに言ってしまった手前もあります。
 
 うーん、まいりまいした。
 でも、しかたがありません。体は、一つです。
 町内清掃をしてから、途中からでもセミナーに参加します。何とか、自宅で、介護をしながら、稼げるようになりたいですからね。

増え続ける在宅介護機器

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 3か月前に、父が退院して、自宅での介護が始まったときにはなかったものが、少しずつ、我が家の床の上に鎮座するようになりました。

 今日は、写真をお見せしながら、機器の説明を試みたいと思います。

 まず、左にあるのは、電動ベッドと、そのリモコン、水色のシーツに包まれているのが、エアーマットになります。

 ベッドの横にあるのが、酸素吸引のための機械です。父の酸素飽和度が、80にまで低下したため、急遽、導入したものです。

 その隣にある水色の機器が、痰を吸引するための機械になります。

 ベッドや機器の向こうにある横に伸びた棒は、手摺りですね。その手摺りには、緊急連絡先などの介護情報を記したノートが、吊るしてあります。
 
 機器の手前にある、縦長の棒は、栄養ボトルを引っ掛けるフック柱です。病院などにある、それ専用の器具は1万円以上するので、ニトリで買った、たぶんこれは、帽子などを引っ掛ける家具の一種だと思いますが、それで代用しています。
 
 こうした嵩張る器具のほかに、様々な備品が、介護には必要になります。

 今日はなんだか風が強い日ですが、家の中は静かです。

資本主義における、頭の良さとは何か

 僕の場合、自分が実に頭が悪いと気づいたのは50歳頃のことで、これはかなり、本当に頭が悪い部類に入ると思います。

 実はそれまで、愚かなことに、自分はそこそこ頭がいいと思っていました。ソクラテスの無知の知ではありませんが、頭の悪い人間ほど、自分のことを頭が悪いとは思っていません。

 そもそも頭が良い悪いとは、何をもって判断するのでしょうか。

 学校の成績でしょうか。
 まあ、それも、一つの物差しにはなるでしょうが、麻原こと松本チズオに騙されたのは、いずれも高学歴の頭がいいとされる人たちです。カルト教祖にそそのかされてサリンをまいたり、犯罪に利用されるようでは、とてもではありませんが、頭がいいとは言えません。

 一方、斎藤一人さんのように、中学しか出ていなくても、納税日本一と言われるように、事業家として成功している方もいます。
 どう見ても、カルト教祖に利用されて操られている高学歴者よりも、一人さんのほうが頭が良さそうです。

 斎藤一人さんほどの成功者を持ち出さなくても、世の中には、頭のいい人は大勢います。

 例えば、繁盛しているラーメン屋のおやじ。これは頭がいい。
 おバカキャラを利用して稼いでいるタレント。これも頭がいいです。

 頭が悪いのは、おバカキャラのタレントが簡単な質問に答えられないのを見て、「バカだなあ」と言いながら、カップラーメンを啜っているブラック企業で働いている労働者です。
 これは別に、この労働者を見下して言っているのではありません。
 僕自身、ブラック企業ではありませんでしたが、長年、労働者として働いていましたから、まさか自分が頭が悪いとは思っていませんでした。

 しかし、残酷な現実を言うようですが、資本主義においては、稼げない人間は頭が悪いのです。
 と言うことは、おバカキャラだろうが何だろうが、それを利用して稼いでいる人間は頭が良いのです。

 自分のことに戻って言えば、今のところ、まだまだ、頭が良いとは言えません。
 ただ、自分は頭が悪い、悪かったと、気づいたことは、大きな前進です。

 資本主義における頭の良さとは、合法的にお金を稼げる力のことです。
 このことは、今後も、考えていきたいテーマです。

目覚まし時計で起きなくていい幸せ

  リタイア生活の大きな幸福の一つが、目覚まし時計で起きなくていい幸せ、ではないでしょうか。

 介護離職という事実。
 その結果としての早期リタイア。

 ビリヤードで、球が突かれて行くように、早期リタイア生活を始めた僕ですが、結構、気に入っています。リタイアして3か月になりますが、全く退屈していません。会社員時代より、むしろ生き生きしています。

 サラリーマンのつらいことは、列挙していくと、いくつも出てくると思いますが、「朝、起きるときがいちばんつらい」、というサラリーマンは、多いのではないでしょか。僕も、会社員だったころは、明日が休日という前の晩は、明日は目覚まし時計で起こされなくていいのかと思うだけで、ずいぶん気分が楽になったのを覚えています。
 
 会社員時代は、「定年退職をしたら、今度は時間をもてあましたりして、満員電車に揺られて通勤していたサラリーマン時代を逆にあれはあれで幸せだったと思うのかもしれない」、などと考えたこともありますが、実際に自分が早期リタイアをしてみると、会社員生活が幸せだったとは、とても思えません。
 生活のために仕方がないと割り切った後の知恵として、その会社員生活の中で、ささやかな幸せを見出していこうと、努力していたにすぎません。

 早期リタイア生活に突入して、3か月が経ちました。
 書類上での退職日は、2月ですが、有休を消化したため、実際には、1月末から、会社には行っていません。

 一日が、一週間が、一か月が、とても早く過ぎていきます。
 会社という組織の庇護から離れるという不安も、少しはありましたが、それは杞憂でした。

 会社員時代は、駒の一つでしたが、早期リタイアした今は、人間になりました。

在宅での、胃瘻交換実施

 今日は、医師による訪問診療時に、在宅での、胃瘻交換を行いました。

 胃瘻を造設したのが、昨年の10月ですから、すでに、半年が過ぎています。胃瘻は、通常、半年に一回は、交換をします。

 父の場合、これは非常に珍しいことのようですが、およそ3年前に、胃瘻そのものを引き抜き、高齢にもかかわらず、また、口から食べ物を摂取できるようになりました。そして、約2年ほど、自宅で暮らし、デイケアなどにも通い、訪問介護を受けたりしながら暮らしていました。要介護度は、3でした。

 それが、去年の夏に、再び、口から食べることが困難になり、日に日に衰えていくので入院となり、一度転院して、計7か月、病院暮らしとなりました。その時、2度目の胃瘻造設となったのですが、一度おなかの穴を塞いでしまったため、リスクが高いとのことでした。

 幸い、無事に、二度目の胃瘻造設も成功し、半年が経ち、今回は、増設した箇所に、新しいものを入れ替える手術でした。

 麻酔もしていないので、手術というよりも、ちょっとした作業のようにも見えましたが、何事もないようにと、仏壇の前で祈り、また、手術前には、リスクを承知するという承諾書にもサインしました。

 胃瘻チューブも新しくなり、手術後、数時間おいて、水や栄養注入を行いましたが、無事、終えることができました。まずは、一安心です。

 

今日は、失業認定日でした

 本来であれば、5月3日が認定日のはずですが、ゴールデンウイークに当たるため、1週間と1日、早い認定日でした。

 ハローワークに着いたのは、お昼過ぎでしたが、閑散としていました。職業相談の職員も、半数ぐらいは暇そうにしていました。

 今回は、認定日が早くなった関係で、支給該当日数は20日です。金額は、11万円ほどになります。今の我が家にとって、この失業給付金は、命綱でもあります。

 両親の年金と、僕が受け取る給付金が、生活費であり、住宅ローン返済の費用でもあります。

 今回は、20日で、11万円ですが、通常支給の、28日分であれば、15万円にはなりますから、正確に言えば、我が家のひと月の家計は、両親の年金、19万円と、僕の失業手当、15万円を合わせた、34万円になります。これだけあれば、住宅ローンを払い、父の介護費用を払っても、生活に困ることはありません。

 ただ、僕の失業手当には、期限があります。自己都合退職なので、タイムリミットは4か月です。

 会社都合であれば、9か月なので、その差は、5か月。今更どうにもなりませんが、会社都合の退職にしてくれていれば、と思わないでもありません。

 一度ハローワークを出て、武蔵野銀行に、住宅ローンを入金しに行き、少し街をぶらついて、再び、ハローワークに戻ってみると、先ほどとはがらりと変わって、ずいぶん人が大勢いました。

 雇用保険受給資格者証とは別に、ハローワークカードというのを、持たされているのですが、そこに、職業分類の欄に、697という数字が打たれています。それは、設備管理という職に割り振られた番号らしく、その番号を入力すると、ピンポイントで、設備管理の求人だけを表示させることができます。今日ヒットしたのは、7件。しかしいずれも、介護と両立できる条件ではありませんでした。

 次の認定日は、5月31日になります。


我が家の預貯金をお話しします

 ぶっちゃけ、400万円弱です。
 我が家の、と言うからには、僕個人の所有だけではなく、我が家全部の、ということになります。
 
 内訳は、僕の所有する株価が、およそ、300万円。残りの金額は、正確にはどのくらいになるか、母の預金通帳にある金額が、確か、90万円台だったと記憶しています。この90万円は、本当に何かあったときのためのものです。例えば、父の葬儀費用とか。
 
 お墓は、ずいぶん前に買ってあるのですが、そこに入るには、決まったお寺のお坊さんにお経をあげてもらわなければならず、世話役の人に訊いたところ、読経代やらお車代やらで、最低34万円はかかるとのことでした。お坊さん関係でそれだけかかるのですから、たとえ家族葬にしても、さらにお金はかかります。

 僕は独り者で、子供もいないので、これまで、教育費などは、一切かかりませんでした。両親は後期高齢者なので、年金もそれなり、二人合わせて、月に19万円ほどもらっています。父が倒れるまで、僕は両親とは別に暮らしていましたが、それでも、貯金ができないはずはありません、本来ならば、ね。

 では、なぜ、貯金ができなかったのか。

 それは、すべて、僕に、原因があります。

 僕が、20代の時に、まず、ある新興宗教にのめりこみ、そこで、両親を巻き込み、父の退職金をすべて、その団体に献金してしまったのです。その団体につぎ込んだお金は、僕と両親で、合計1000万円ほどにはなると思います。

 その団体を辞めた後、今度は、30代で、僕は別の新興宗教に入り、そこでまた両親を伝道してしまい、僕自身が、在籍していた17年間で、およそ800万円、両親が、700万円も、お布施してしまったのです。計、1500万円ですね。

 最初の団体は、キリスト教系の宗教団体だったので、献金、二度目の団体は、仏教系で、お布施と、呼び方は変わりますが、お金を捧げてしまったことには変わりはありません。

 全く、馬鹿に付ける薬はないというか、自分でも呆れてしまいます。

 50歳の時に、その二番目の仏教系の新興宗教に、疑問を持ち、悩みぬいた末、退会しました。

 今は、いかなる宗教団体にも属してはいませんが、神様は信じています。神様というよりも、宇宙法則のようなものでしょうか。そうした法則が、宇宙を支配しているようには感じています。

 さて、二つの新興宗教(今は、僕はどちらもカルトだと思っていますが)に、合計2500万円も捧げてしまった我が家は、その原因と結果の法則により、預貯金が、400万円ということになるのですね。

 実は、1か月ほど前までは、僕の退職金があったので、もう少し現金はありました。
 その退職金の金額も、今度写真付きでアップするつもりです。今、部屋の整理整頓中で、退職金の明細書が行方不明になっていますが、書類整理が済めば、発見できると思います。

シーツがびっしょり

 今朝のオムツ交換の時に、掛け布団を捲ったら、父のパジャマが濡れており、いやな予感がしました。
 パジャマのズボンを下すと、オムツの留めが外れており、尿取りパッドまでが、外れていました。

 僕の、尿取りパッドの装着方法は、ペニスを包み込むようにぐるぐる巻きにした後、念のため、輪ゴムで、抑えます。

 オムツ交換は、日によってばらつきがありますが、だいたい、3回なし4回です。

 夜、寝る前にオムツ交換をすると、翌朝まではそのままですから、朝の交換時が、尿取りパッドも、最も尿を吸い込んで膨らんでいます。吸い切れない微量の尿が、オムツや、もう一枚重ねている尿取りパッドに及ぶこともありますが、そんなときでも、それらを交換するだけで済みます。
 大便なども、微量であれば、尿取りパッドをタオル代わりに使って拭き取ったりもします。

 今朝は、尿取りパッドだけでなく、オムツまで外れていたため、パジャマを濡らし、シーツまで濡らすということになってしまったようでした。

 父が、シーツをびっしょりと濡らしてしまったのは、今回が初めてです。

 シーツは、訪問入浴介護の業者さんの所有のもので、汚すことがなければ、次回、今度の水曜日に新しいものと交換します。汚してしまった場合は、今回がまさにそうなのですが、そのまま取っておいてください、と、言われています。水曜日まで、ビニール袋に入れて保管します。

 訪問入浴介護の業者さんが、シーツまで、毎回取り替えてくれるというのは、本当にありがたい話です。

 酸素吸引機のおかげで、父の状態が安定しているのは、一安心です。ただ、もし、明日もシーツを濡らすようであれば、尿取りパッドの巻き方に、さらに工夫を凝らすとか、思案しないといけなくなるかもしれません。

メンズエステに行ってきました

 グルーポンチケットを使って、ストレッチや整体、酸素カプセルなどには、行っていましたが、50を過ぎた自分が、メンズエステに通うようになるとは、思ってもいませんでした。

 前職のビジネスホテルが、新宿にあったので、親を介護するようになる前は、24時間勤務の明けを利用して、営団地下鉄の1日券を買い、いろんなところに行ったものです。グルーポン初心者の頃は、もっぱら、飲食店ばかりに利用していたのですが、去年の1月に、50肩で、右の手の動きに支障が出てからは、いろいろな整体やマッサージを試しました。

 そして、介護で、会社を辞めることが決まった昨年の12月に、初めて、グルーポンを使って、メンズエステなるものに行ってみたのです。2回分を、安く買っていたので、今年の1月にも、もう一度行きました。
 グルーポンは、安くてありがたいのですが、リピーターになると、正規の料金になって、ずっと高くなります。だから毎回、お試しで終わっていました。
 
 ところが、そのグルーポン価格よりもずっと高いお金を出しても、その後も通い続けようと思ったのは、内臓脂肪の値が高いことを指摘されたからでした。会社の健康診断のたびに、毎回、脂肪肝であることを告げられていました。さらに、痔の気もあるため、よもぎ蒸し、が効果があるということで、通うようになりました。
 そうは言っても、介護があるため、そう、頻繁には行けません。

 よもぎ蒸しの後、おなかに、お供え餅をつぶしたような形のパットを貼り付け、電気を流します。トータルで、1時間ほどです。やる前と後に、タニタの体重計に乗り、アクティブ度であるとか、内臓脂肪の値などを測ります。
 僕の内臓脂肪は、通常、12なのですが、施術を受けた後は、11.5に落ちます。大体、それが、いつものパターンです。

 ただ、最も大切なのは、日常の生活習慣なので、今後は、筋トレやストレッチを、歯磨きと同じレベルにまで習慣化できれば、と思っています。

三菱自動車工業の株が、約定になっていました

 三菱自動車工業の株が、まさかの約定になっていました。
 正直、驚いています。

 昨日でしたか、テレビの画面で、三菱自動車が軽自動車の燃費データを偽装していたというニュースを見て、うんと低い指値を入れておこうか、という気になったのですね。そこで、100株を、4月28日までの期間指定で、593円の指値で、買い注文を出しました。昨日の夜のことです。

 実は、のんきなもので、注文した株のことなどすっかり忘れていました。
 そもそも、このブログのタイトルは、「おひとり様の介護リタイア生活ときどき投資もね」なのに、一向に、株に限らず、投資のことなど、まだ書いてすらいませんでした。他に書くことがいろいろあって後回しになっていたのですが、約定のご連絡【野村ネット&コール】というメールを見て、ちょっと、書いておきたくなったのですね。

 指値よりも低い価格、583円で、約定していました。手数料を入れて、取得価格は、58、500円です。指値よりも低い価格での約定というのは、以前も一度、ベスト電器の株を買ったときにもありました。

 三菱自動車工業を入れて、所有銘柄は、28になりました。
 一見、凄そうですが、一株1000円を超す銘柄は、プレナスと、SFPダイニング、だけです。

 食い意地が張っているので、食べ物屋さんの株が多いです。プレナスは、前職の時に、ときどき、やよい軒を利用していたので、株を買ってみる気になりました。SFPダイニングは、磯丸水産が有名です。
 他には、テンアライド、三光マーケティングフーズ、アトム、などがあります。
 あれれ、食べ物屋関係が多いと思い込んでいましたが、これだけですね。

 今日は、日経平均が少し上がったようなので、所有株の総資産額は、303万円となっていますが、日経平均が下がれば、かんたんに300万円を割り込んで、290、280、場合によっては、270万円台をうろうろすることもあります。基本的に、バイアンドホールドなので、所有したら、結構長く持ち続けます。目下の悩みは、NISA枠で買った銘柄の半数以上が、値下がりしており、含み損になっていることです。

 今年のNISA枠はもう使い切っているので、今日買った三菱自動車工業は、特定口座になります。

 今度ゆっくり、お金の話カテゴリーで書こうと思うのですが、株を含めた我が家の総資産より、住宅ローン残高のほうが多く、本当は、のんきにしていられる立場ではありません。

 ただ、介護の親を抱えていると、ゆったりとした姿勢を保っていないと、いろいろと摩擦が生じてしまいます。
 投資も介護もじっくりと、が、僕のスタンスです。

訪問入浴サービス初日とエアーマット交換

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 今日から、訪問入浴がスタートしました。
 それに合わせ、介護用品のレンタル業者に来てもらい、不具合の生じたエアーマットの交換も、同時進行で、行いました。

 訪問入浴介護の料金は、一回あたり、13,027円になります。時間は、40分です。要介護度が、1であっても、僕の父のように、最も重い5であっても、料金は一律です。
 実際の支出は、1割負担なので、1,303円になります。
 久しぶりの入浴で、あまり喋れない父も、言葉にこそ出しませんでしたが、終始笑顔でした。

 エアーマットのレンタル料は、ひと月、1000円ほどです。レンタルしているものは、電動ベッド、車椅子、四点杖、などで、ひと月3000円ほどかかります。

 介護には、それ以外にも、口腔ケアの備品を始め、ガーゼや絆創膏、痰取りのためのチューブ、オムツ、尿取りパッド、など、さまざまにかかります。

 月ごとに、器具なども増えていくため、正確にはわかりませんが、ひと月の介護費用は、5万円弱、といったところでしょうか。

 何とか、失業保険が切れる前に、仕事、もしくは、それに代わる収入源を確保せねばなりません。前途は多難ですが、道を切り開いていきたいと思っています。

職業相談に行ってきました

 ハローワークでは、認定日から次の認定日までの間に、最低2回以上の職業相談というのを受けなければならないという決まりがあります。

 前回は、セミナーに参加し、それを1回とカウントしてもらいましたが、今回は、通常であれば次回の認定日になるはずの日が、ゴールデンウイークに重なるため、一週間繰り上げての認定日となり、期間が短いため、2回とも、ハローワークのパソコンで検索し、印刷した会社を、相談員に見せるという形になりました。

 50代の再就職は、ただでさえ困難を伴いますが、両親の介護があるため、エリア設定は、プライオリティのトップとなります。さらに条件を重ねていくと、はじき出された会社は、見事なまでに少なく、それですら面接に行きたいとは思えない会社となります。

 とりあえず、二つの求人票をもらって、帰ってきました。

 帰ると、数日前導入したエアーマットが不具合ということで、レンタル業者に来てもらい、早ければ、明日、交換ということになりそうです。

 僕の前職は、ビジネスホテルの設備管理で、24時間勤務でした。さらにその前は、本社は神田にあるのですが、、新大久保、小平、浜松町、と3つの現場を経験しています。新大久保は、複合施設、小平は、都の福祉施設、浜松町は、テナントビルでした。
 いずれもすべて、設備管理が、主たる仕事です。
 所有している資格は、ボイラー二級、第三種冷凍機、第二種電気工事士、建築物環境衛生管理技術者などです。
 そうした情報も、ハローワークには申請してあります。

 僕が働いていた現場は、いずれも都内ですが、僕が希望する埼玉西部では、なかなか求人自体がありません。

 職種にこだわらず、全く別の分野に飛び込むことも考え始めています。すべては、介護優先です。

しのび寄る老後破産、の、違和感

 昨夜、NHKの「しのび寄る老後破産」という番組を見たのですが、違和感を覚えたので、記すことにします。

 一つのケースでは、母親を介護施設に入れ、本人と息子はそれぞれ一人暮らしをしていましたが、何故一緒に住まないのだろうと思いました。
 バラバラに暮らすことは、不経済です。
 見ればこの母親は、自分で飲み物も飲めます。十分、自宅での介護が可能であると思いました。30代だという息子と介護をシェアし、母親と本人の年金を合わせれば、生活はかなり楽になると思います。

 また、別のケースでは、貯金2000万円と一戸建てを所有し、高齢の母親を介護していましたが、生活が苦しいと言いながら、スーパーで買った総菜を食べていました。時間はたっぷりあるのですから、自分で作ろうとしないのは怠慢だと思います。
 自炊すれば、食費は大幅にカットできます。僕自身、一人暮らしが長かったので、それは自信をもって言うことができます。

 団塊世代は、相対的に見て、恵まれている、と思います。
 
 今の若い人たちのほうが、はるかに厳しい現実と戦っている、と僕は思っています。

 高給取りのNHKから見たら、「しのび寄る老後破産」に登場した家族たちは、厳しい状況になるのかもしれませんが、どれも工夫すれば乗り切れるケースである、と思うのは、僕だけでしょうか。

青空と強風とベランダ

 1階に一間、2階に二間というのが、大雑把な我が家のレイアウトなのですが、ベッドでほぼ寝たきり状態の父は言うまでもなく、足腰の弱ってきた母も、めったに2階に上がってくることはありません。

 それでも父がまだ杖を突いて、手すりにもつかまりながらゆっくりと、2階に上がってくることができたときは、あれは、もう、一昨年の秋のことだと思いますが、2階の広いほうの部屋で、月見をしたことを覚えています。

 今年の6月で、築3年になりますが、ローンがかなり残っているとは言え、やはり建て替えてよかったと思っています。

 2階には、そこそこ広いベランダがあり、洗濯物をラックにかけて少し置いておいたのですが、強風で、たちまち衣類やタオルが、捲り上がり、すぐに室内に戻しました。窓を2か所開けておいたら、風の通り抜けが強すぎて、すぐに閉めました。

 今は、少し風が収まっていますが、ベランダには、どこから吹き飛ばされてきたのか、枯れ葉が何枚か落ちています。

早期リタイア後の時間

 管理職は65歳、一般社員は60歳、というのが、僕が働いていた会社の、定年年齢でした。僕は平社員だったので、当然、60歳定年ということになります。

 介護離職による早期リタイアで、定年まで数年を残してはいましたが、やめる前の1年間は、だいぶ仕事のモチベーションも落ち、小さなミスを引き起こすようになっていました。介護離職前の半年間は、いや正確に言うと、一度転院しての7か月弱ということになるのですが、その間は、父は入院していたので、介護の負担はありませんでした。だから純粋に、僕自身の気力と体力の低下による、仕事能力の減退でした。

 やる気があるように見せてはいましたが、本心では、早く仕事を辞め、のんびりしたいという気持ちは強かったと思います。また、往復4時間の通勤時間も、苦痛に感じていたのもあります。

 介護で離職したのは事実ですが、その事実に乗っかって早期リタイアできたことを、どこかでほっとしている自分がいました。そうです。仕事を辞められて、ほっとしたのです。長い通勤時間から解放されて、ほっとしたのです。

 介護は、それなりに大変なこともありますが、24時間を、両親と自分のために使えることの喜びを、しみじみと味わっています。今日は、午前中、父が眠っている間に、図書館に行ってきました。帰宅後、ソファに寝そべって本を読んでいるときに、ゆったりとした時間の流れの中にいる自分を感じました。

 早期リタイア後の時間の流れは、会社員だったころとは、明らかに違います。

エアーマットに変える

 父の寝ている電動ベッドのマットレスを、エアーマットに変えました。
 これは、ケアマネの助言によるもので、床ずれ防止に役立つようです。定期的に、寝返りを促すようにもなっています。

 在宅で父の世話をするようになって、様々な器具のお世話になり、また、そうしたものに対する知識も増しました。例えば、痰を吸引する機械、酸素を送り出す機械、そして床ずれを防止するマット。さらに言えば、電動ベッドも、上下に移動するだけでなく、膝や上半身の角度をつけたり、椅子に近い形に変形したりもします。

 またオムツや尿取りパットは、町からの助成を受け、10分の1の負担で、購入できています。

 そして何よりも大きいのは、人的支援です。ケアマネや訪問診療の医師やスタッフ、訪問看護師、訪問介護士、さらには、器具をレンタルしてくれる業者の存在。そうした手厚い人的支援を得ながら、50男の不器用な僕でも、何とか、父や母の世話をすることができています。

 人は、やはり一人では生きられません。
 僕は独り者ですが、多くの人に助けられて生きています。そのことを、痛感する毎日です。

血管が探しにくいようです

 酸素飽和度の低下を機に、訪問診療を受け、そこからの流れで、今週は、毎日、訪問看護をしてもらっていますが、どの看護師さんが来ても、点滴のための血管探しが難しいと言います。

 今日は、クラビット点滴が終了しないうちに、父の左腕から針が抜けてしまい、出血したと母が大騒ぎし、僕は抜けた針を処理して、止血しました。4分の3ほどの点滴は終わっていたので、それで良しとしました。すでに訪問看護師は帰り、針を抜くのは毎回僕に任されています。

 酸素吸引のほうも、鼻からの方法に変えてからは、父のほうも、違和感はないようです。
 吸引中は、常に、酸素飽和度は、95以上をおおむねキープしています。ところが、寝返りを打つなどして、何かの拍子に、鼻の穴に差し込んでいるチューブがずれたりすると、たちまち80台に低下します。

 酸素吸引の機械は、24時間休みなく稼働しています。累積の使用時間が蓄積されていきます。停電に備え、携帯用のボンベも2本、置いてあります。

 順調に行けば、点滴は明日で終わる予定です。父の血管が探しにくいと嘆く、看護師の顔を見るのもつらいので、良いほうに導かれるのを祈るばかりです。

酸素吸引とクラビット点滴

 昨日、我が家で開かれたミーティングには、医師や看護師、ケアマネなど、計6名が、来て、そこに、母と僕が加わり、総勢8名でした。

 一昨日の月曜日から、酸素吸引とクラビット点滴が始まり、胃瘻からの栄養注入は、しばらく中断していましたが、昨夜から再開しました。

 酸素吸引も、マスク型から、鼻の穴に差し入れるやり方に変わりました。

 このブログも、これまでは、2階の自室で書いていたのですが、今は、1階の、父のベッドの横で書いています。

 母は午前中、医大病院に行き、今は疲れて眠っています。

 父のほうは、目を開けてはいますが、静かです。

 訪問看護は、今週は、金曜日まで毎日来てもらうことになっています。点滴があるためです。点滴後の針の抜き取りは、僕がしています。

 今週の経過を見て、今後の介護の方向性が決まるようです。

かなり緊張した状態に

 昨日は訪問看護の日でしたが、看護師さんから、父の酸素飽和度の値が低すぎるので、緊急の対応が必要だと言われました。

 その指摘を受けたのが、夕方の4時近く。

 そこから慌ただしい展開となりました。

 在宅医療専門の医師、他2名が、我が家に到着。
 肺炎の疑いがあるということで、そこからさらに、レントゲンの機材と、それを扱う医師が2名、その後、我が家に駆け付けました。
 父の寝ているベッドの上に、フレームをセッティングし、レントゲンの機械を取り付けて、撮影し、血液も採取し、など、あり、その後医師から、今後の家族の意思などを訊かれました。

 さらに急遽、酸素吸引機を使用することとなり、夜、業者が、小型冷蔵庫ほどもある大きさの、酸素吸引用の機械を置き、取り扱い方を教わりました。酸素マスクをして使用したところ、父の酸素飽和度が、たちまち98にまで、なり、その後、95前後に落ち着きました。

 今日は、14時に、ケアマネや、昨日来た医師、また看護師などのスタッフを含めた、メンバーでの、今後のケアについての話し合いがあります。
 父は今、89歳。
 生死のことは、天に任せています。

ブロッコリースプラウト

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 会社勤めの頃、定期検診で必ず指摘されたのが、脂肪肝でした。

 仕事は、そこそこの肉体労働をしていたので、運動不足ではないと、思っていました。通勤も片道2時間で、一日の歩行距離も、優に1万歩は超えていたと思います。

 それなのに、いつも、脂肪肝の指摘。

 介護離職し、両親の面倒を見ているので、自分が倒れるわけにはいきません。そこで、すぐにできることと言えば、食生活の改善。

 もう一か月以上、ほぼ毎朝、ブロッコリースプラウトを使ったサラダを食べています。

 まずはスライサーで、キャベツと玉ねぎを刻み、そこにポン酢かりんご酢を掛けます。その上に、トマトとバナナのスライスを乗せ、その上にブロッコリースプラウトをあっさりと乗せ、アマニ油を振りかけて出来上がりです。
 そのサラダと、一杯の豆乳もしくはミルクで、簡単朝食の出来上がりです。

嬉しいことと悲しいこと

 今朝、父が珍しく、自分からベッドを出て座りたいと言い出しました。

 寝てばかりではどんどん体力が落ちてしまうため、こちらが父を促して、椅子に座らせるのが常でした。ところが今朝は、自分から起き上がり、椅子に腰かけたのです。すぐに、パルスオキシメータを指先に挟み、酸素飽和度を測定しました。一度、65というとんでもない数字を示しましたたが、すぐに上昇し、86ぐらいでとどまりました。

 86でも、健常者に比べれば、まだだいぶ低い値なのですが。

 椅子に座っても、すぐにベッドに戻りたがる父にしては、異例に長く、椅子に座っていました。

 僕は、この機会をとらえ、父の伸びた髪の散髪と、髭剃りを試みました。寝ているときにやるよりも、はるかに作業がはかどりました。散髪した後も、父はベッドに戻ろうとせず、しばらくは椅子に座っていました。

 ここまでは、嬉しいことです。

 悲しいことは、母を美容院に送り届けて帰った後に起こりました。
 
 父が、胃瘻に差し込んでいたチューブを外してしまったのです。
 これは、初めてのことでした。そして、わけのわからなことを言い始めたのです。
 父は今、89歳で、これまで痴呆の兆候はありませんでした。だからすっかり安心していたのですが、意味不明のことをつぶやいて、チューブを外してしまったのです。なんとか説き伏せて、その後、チューブを付け直しましたが、今度は、栄養注入が終わり、静かに寝ていてほしい時に、チューブがないと騒ぎだしたのです。

 椅子に座って散髪ができたのはれしかったのですが、少し痴呆の兆候が見えてきたのが、気になります。
 

海なし埼玉の怪

 今日、介護の合間に、ネットサーフィンをしていたら、面白い記事を見つけました。

 「埼玉県に海?」で始まる記事なのですが、自然史について学べる県内唯一の博物館で、埼玉3億年の歴史をたどることができる県立自然の博物館に関するもので、カルカロドンメガロドンという太古の巨大ザメに言及したものでした。

 どうやらその模型が、そこに展示されているようです。

  体長12メートルに及ぶ模型は、昭和61年春、化石好きの男性が仕事の休憩中に深谷市(旧川本町)の荒川河床で発見した73本の歯化石から大きさを推定したとのことで、約2300万年~400万年前に世界各地に生息した肉食魚で、かつて埼玉が海の底にあったことを示す確かな証拠だそうです。

 この県立自然の博物館については、若いころに、と言っても30代だと思うのですが、行った記憶があります。
 友人二人と、吉田町の龍勢祭りに行った帰りに寄ったように思います。
 友人Oと友人Mだったように、思いますが、この3人で、秩父のオートキャンプ場にも行ったし、日高市の川原で、キャンプした記憶もあります。

 吉田町も、今は、合併されて、秩父市になっているようですね。
 時の流れを感じます。

 記事によると、古秩父湾は約1700万年前に誕生し、現在の秩父盆地の西縁まで海が広がっていたが、地盤の沈降や隆起を経て約200万年後に消滅した、のだそうです。

 なんだか、時空を超えて、すごい話でした。

 介護の合間に、このような記事を読んで、つかの間でも、心を遊ばせるようにしています。

胃瘻カテーテル交換の時期なのですが

 父が胃瘻の造設をしたのが、昨年の10月。

 それから、間もなく半年になります。

 胃瘻は、半年に1回が交換の目安とされており、もうその時期が来ているのですが、酸素飽和度が90を下回ることもあり、ケアマネージャーとも相談し、これからは、ドクターにも訪問診療をしてもらい、カテーテルの交換の機会を探っていきましょう、ということになりました。

 僕は今日は用事があり、母を残して外出せねばならなかったのですが、訪問看護の日だったので、看護師さんが、世話をしてくれました。
 母は耳が遠いため、父について心配な点を、紙に書き残しておいてくれました。

 それによると、酸素飽和度が86で、吐き気もあったようです。
 今は落ち着いていて、穏やかな状態ですが、少しずつ、体力が落ちてきているように感じています。
 なんとか今月中に、胃瘻カテーテルの交換ができれば、と思っています。

平均貯蓄額って、何だろう

 50代「1,325万円」

 これが、50代の平均の貯蓄額なのだそうです。
 
「家計の金融行動に関する世論調査」を、実施した金融広報中央委員会の公表によるものです。

 我が家の貯蓄額ですが、恥ずかしくて言えません。
 実は、上記の金額と同じくらいの住宅ローンを抱えています。そのうえ、介護離職したため、現在無職です。ハローワークに通い、今は、失業給付金を得ています。しかし、それも、4か月で打ち切られます。

 うーん、かなりやばい状況ではあります。

 幸いなことに、親の年金収入があるので、生活だけは、ぎりぎりできています。ただ、それだけです。貯蓄などはできない相談です。

 ただし、慰めになる情報もあります。
 それは、中央値という、別の指標です。、
 貯蓄額での「中央値」は「400万台」となります。
 中央値とは、データを小さい順に並べたとき中央に位置する値のことです。
 だから、こちらのほうが、本当の意味での、平均額になるのかもしれません。ほんの気休めにすぎませんが、トホホ。

 では、我が家はどうか。うーん、中央値にも、届きません。
 ともあれ、お金については、これからも、思索を重ねていきたいと思います。

母が、要支援1に

 今日、母のほうも、要支援1の認定を受けました。

 早ければ来週から、週に1度、リハビリセンターに通うことになります。
 リハビリに通うことは、身体的にはもちろんのこと、精神的にも、良いのではないかと、考えています。同じ部屋で、常時、父と生活を共にしている母にとっては、空間的に父と離れることは、気晴らしになると思うからです。

 母が要支援1の状態を維持してくれることは、僕にとっても助かります。
 母も寝たきりになってしまえば、僕一人で、二人の世話をすることになりますからね。世の中には、一人息子、あるいは、一人娘が、両親の介護をしているケースもあるかもしれません。

 老老介護も深刻ですが、少子化で、兄弟のいない一人っ子が、両親を介護するケースも、これからは、増えてくるかもしれません。
 
 僕のほうは、そうなることも視野に入れつつ、今日できることをしっかり取り組みたいと、考えています。

求職活動実績

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 今日は、失業保険の認定日ということで、指定された時間に、ハローワークに行ってきました。
 
 僕の場合は、自己都合による退職なのですが、介護のためというのが、正当な理由というのに該当するため、給付制限の3か月間がカットされ、すぐに失業手当がもらえているのですが、期間は、4か月です。これが会社都合であれば、一気に倍以上に伸びて、9か月。
 できれば、会社都合にしてもらいたかった、というのが本音です。

 しかし御上の目をごまかすことには、若干の後ろめたさもあるし、今は、正直に申告してよかったと思っています。

 4か月というのは、休職期間としては、長いようで、さして長くは、ありません。

 先月の24日に、ハローワークが提供している就職支援セミナーに行ってきたのですが、中高年の就職状況は、厳しいことを、実感しました。
 こうしたセミナーに参加すれば、それは求職活動実績としてカウントされます。
 次の認定期間までの間に、最低2回以上の求職活動が、失業給付金を受け取る条件になります。

 今日はハローワークに置かれているパソコンで、条件を入力して検索してみたのですが、該当したのは、1件でした。それも、職種違いの警備員の仕事です。

 今年はまだ、じっくりと桜の花を見ていません。
 見ないうちに、散ってしまうのでしょうか。



パルスオキシメータの値が気になります

 最近、父の呼吸が、激しくなっているのが気になっていたところ、今日、訪問看護の看護師さんにも、同じことを言われました。

 寝てばかりでは体力が落ちてしまうため、一日に、一度は、なるべく体を起こして、座る態勢をとってもらうようにしているのですが、すぐに息が乱れ、横になりたがるのです。

 パルスオキシメータの値も、このところ、あまり芳しくありません。
 パルスオキシメータというのは、血中酸素飽和度や脈拍数を測る器具のことです。
 人差し指を挟み込むようにして、測定します。
 血中酸素飽和度が、ときどき、90を切ることがあります。健康体であれば、95以上はあります。
 以前は、92から95の間の時が多かったのですが、今は、90前後であることが多いです。

 入浴介護サービスで、お風呂場の脱衣所まで歩いたりすると、呼吸が落ち着くまでに、かなりの時間を要します。介助しながらなら、歩いてくれるのはありがたいのですが、まだ浴槽に体を入れるところまでは至らず、シャワーで体を洗うだけで、時間になってしまいます。

 夏までは、浴槽に入れるようにしてあげたい、というのが、今の目標です。

 

年収が500万円を超えたことはありません

 30年近いサラリーマン生活で、年収が500万円を超えたことは、一度もありません。
 それには、理由があります。

 転職を、何回かしましたからね。

 そして五十も半ばになってからの介護離職。
 もはやそうそう、いい就職口があるはずがありません。
 しかも僕の場合、親の介護との両立が、外せない条件になります。

 そうした理由から、一昨日、秋葉原まで出向いて行っての起業家セミナーへの参加と、相成ったわけですね。

 お金の問題は、死ぬまでついて回る話です。
 いや、死んだ後も、葬儀が待っていますから、お金は必要です。
 今は、親の介護による正当な離職理由ということで、三か月の給付制限を外してもらい、失業手当をいただいていますが、11年も働いた五十代でも、失業給付金は4か月しかもらえません。
 それ以後は、無収入になります。
 だから、介護と両立できる仕事を探さなければなりません。

 「なんとかなるさ」
 そう、自分に言い聞かせている毎日です。

飲んでるときは気づかずに

 昨日は秋葉原で、起業家セミナーがあり、2か月ぶりに電車に乗り、都内の空気を吸ってきました。

 セミナーは、13時から17時までだったのですが、そのあとに、軽い懇親会のようなものがあり、立ったまま、缶ビールを3本ほど飲みました。周りは知らない人ばかりだったので、緊張を緩めようと、つい立て続けに飲んでしまったのですね。

 介護離職をして2か月、ときどきハローワークにも行っていますが、なかなか介護と両立できる仕事は見つかりません。
 昨日参加したセミナーは、たまたま金曜の午後で、訪問看護のヘルパーさんが来る日と重なっていたのも、僕にはラッキーでした。

 セミナー帰りに、池袋の東武デパートのスパイスで、夕食を摂ったのですが、そこでもグラスビールを頼み、そのときに、自分がだいぶ酔っていることに気づきました。間抜けな話なのですが、少し時間をおいて酔いが回ってくるのを、改めて感じ、わずかな量のグラスビールを飲み終えるのに、1時間以上もかかりました。
 スパイス12階の、韓国料理の店で、そこを選んだ理由は、夜景が見えるカウンター席があり、一人でも入りやすかったからなのですが、実はあまりおなかがすいていないことにも気づきました。
 
 酔って心臓がドキドキしてくると、食欲がなくなってくるのです。
 メイン料理以外は、ビュッフェスタイルの食べ放題だったのですが、野菜サラダとチヂミを数切れしか食べられませんでした。
 息が苦しいので、水ばかりをお替りし、まるで水を飲みに、その料理店に入ったようなものでした。

 セミナー後の3本の缶ビール。
 時間差で酔いが回ってくることに、年甲斐もなく気づいた夜でした。
 

介護離職後に、考えてみたこと

 早期リタイアを計画し、実行に移せる人は、計画性のある人だと思います。
 僕も、定年まで数年を残しての早期リタイアなのですが、それを目指して準備をしてたわけではないので、、最初は戸惑いもありました。

 特に、お金のことですね。
 それまでの給与所得が、ゼロになるわけですからね。

 ただ、しみじみと考えてみたのですが、仕事は、もちろん生活のためではありますが、会社に奉仕するということです。通勤時間も入れると、かなりの時間を、会社という他者のために費やしていることになります。

 今の僕は介護離職し、大半の時間を、両親と自分のために費やしています。

 これは、考え方を変えれば、かなり贅沢なことかもしれません。
 そう考えることで、なんだか、豊かな気持ちになれます。
 どうせ一度の人生です。
 人は、いつ死ぬのかもわかりません。
 そう考えると、人生の持ち時間を何に使うかこそが、最も大切な、考えるべきことなのではないでしょうか。

 先ほども言いましたが、今の僕は、大半の時間を両親と自分のために使っています。年老いた両親の生活リズムに合わせるうちに、僕もずいぶん、会社員時代に比べ、ゆったりとした生活になってきました。
 ゆったりとしたリズムは、体にもいいように感じます。
 計画的早期リタイアではなく、結果的早期リタイアの僕ですが、この、ゆったりとした生活は、とても気に入っています。
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