介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

追悼に集まった人たちとそれぞれの悩み



昨日は、2月の末に急死した友人の追悼のため入間市へ。

直接その友人の実家に行く者もいれば、

入間市駅で待ち合わせて、

バスで行く者も。


その友人は次男で、

実家にはお兄さんがいるのですが、

それぞれがお線香をあげた後、

近くの居酒屋で思い出を語る会へという流れ。


その友人には3人の息子がおり、

次男が女川から来ていて、

彼も参加。


若い頃の友人にそっくりで、

親子とはこんなに似るものかと感嘆。


思い出話に花を咲かせたのですが、

48年ぶりに会った友もおり、

その容貌の変貌ぶりにもびっくりしたのですが、

向こうも僕の変わりようを見てびっくりはお互いさま。


二時間ほどの語り合いの会合ののち、

またバスに乗り、

友人二人と帰宅の途に就いたのですが、

友人の一人は、

娘が最近出社拒否で精神を患っているという悩みを話すと、

もう一人の友人は、

長女の孫には会えるが長男の孫には会えないとのこと。


その理由を問うと、

長男とは縁を切っているからだ、と。


長男が婿入りしたことに妻が怒り、

長男とは連絡も途絶えているのだとか。

IMG20240214110622

二人の子供のうちの長女が、

嫁に行くのは妻も承知しているとは言え、

長男の婿入りには、

妻の感情が許さないのだとか。


ずっと独り身できた僕からすれば、

思ってもみない悩みの数々。


家族の数だけ、

悩みというものは、

あるのかもしれません。




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過酷な職場環境から逃げ回って今がある



吉高由里子さんが主演した、

「わたし、定時で帰ります」でも描かれていたように、

長らく、

日本社会は、

サービス残業が当たり前でした。


その結果、

体を壊し、

中には廃人になる人もいたほど。


僕が今、

何とか健康が保てているのも、

そうした過酷な会社からは、

速攻で逃げて
きたからだと思っています。

CIMG1425

僕が介護離職するまで働いていたホテルは、

一番長く勤務した職場でもあり、

僕でも勤まる程度の労働負荷だったのです。


新宿というロケーションもあり、

よく、

CMやドラマの撮影で使われていたのは、

過去記事でも何度も言及した通り。


僕自身、

仕事の合間に、

そうした撮影に何度も立ち合いましたが、

退職後、

あれ、

これは僕が勤めていたホテルの屋上じゃね、

というプロモーションビデオもあります。


それは、

バックナンバーのハッピーエンドという曲のそれ。


ドラマやCMの他に、

プロモーションビデオの撮影も、

結構やっていました。


で、話を戻すと、

2分58秒あたりから3分13秒までの短いカットですが、

これ、たぶん、

僕の勤めていたホテルの屋上。


唐田えりかさんが、

屋上で振り向く場面、ね。



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日銭で生きる人たち



政治家村のテイタラクは横に置き、

庶民は今日も、

生きねばなりません。 


僕も、

35まではフリーターでしたが、

それ以降はしっかり働いてきました。

IMG_6283

フリーター時代、

日銭で生きていた時代もありました。


今の若者が置かれている状況は、

かなり悲惨。


まあ、

若者にも、

寄りますが。



僕も、

いろいろな日雇いを20代の頃にやりましたが、

どこも長続きせず。


マーガリン工場の床のコンクリートを斫って、

ガラ出しする作業のときは、

夏だっただけに、

きつかったのを覚えています。


あんまり疲れると、

興奮状態に入って、

夜眠れなくなる体験をしたのも、

その頃でした。




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