介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

天涯孤独のおひとり様にとって、近所づきあいはある意味死活問題、でも素顔のままでいられたらいいよね

昨日は、自治会の総会でした。

年に1回の総会、欠席するわけには行きますまい。

ましてや、天涯孤独のおひとりさま。

近所づきあいは、ある意味、死活問題。

ゆめゆめおろそかにはできませぬ。

僕のご近所も世の中の縮図である事実に変わりはなく、高齢化が問題になっています。

で、昨日議題に上ったのは、毎年春と秋に行われる一斉清掃について。

この一斉清掃は、介護離職後は、僕は欠かさず出席しています。

それまでは、ホテル勤務だったため、日曜日が出勤日に重なることもあり、必ず出られるわけではありませんでした。

で、父も母もなくなり、天涯孤独の身となった今は、アルバイトを探すときも、必ず、日曜休みのところでした。

それは、勿論、自治会の活動に欠席しないため。

近所づきあいをなめてはいけません(誰も舐めていないって)。

会社の人間関係から解放されても、近所の人間関係は、自分が今の家に住む限りはついて回ります。

そして、この家は、終の棲家。

だからこそ、近所づきあいは大事なのですよ。


人生なんて、良いときもあれば、つらいときもあるもの。

以前、僕は、近所づきあいで、つらい経験もしているので、特にそのへんは気をつけています。

まあ、肩ひじ張らずに、肩の力を抜いて、なるべく素顔のままの付き合いを心がけています。





天涯孤独のおひとり様にとって、近所づきあいはある意味死活問題。

でも素顔のままでいられたらいいよね、と思っています。

自分の思い通りになることとならないことを見極めて、足ることを知って生きる

昨日は、午前中は霙交じりの雨が降っていたので、自宅警備とブログパトロールの日と決めて、コルトレーンを聴きながら、パソコンの前に座っていたのですが、ずっと座っていたら、ちょっと苦しくなってきました。

なんか、事務職の人って、こんなふうに座っているのだとすると、やっぱそれだけでも大変な仕事なのだな、と思ったりもしました。

ジョン・コルトレーンのアルバムはものすごい数があるので、とても全部を聴き切れるものではありませんが、縁あって入手できたものを大事に聴いています。

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昨日、繰り返し聴いていたのは、ジョン・コルトレーン アンソロジー1956-1958。

さて、世の中には、自分の努力ではどうにもならないことにこだわって悩んでいる人がいます。

まあ、そういう僕も若い頃は、そうだったのですが、あるときに気づいたのですよ。

この問題は、俺が、どんなに悩んでも解決しない、と。

だったら、悩むだけ損じゃね、と。


その気づきを得てからは、徐々に悩みからは解放されていきました。

悩むたびに思うのですよ、これは俺がどうにかできる類のものか、とね。

そうすると、次第に、悩みを客観的に突き放して見られるようになりました。

つまり世の中には、自分の思い通りになるものとならないものがあるのですよ。

で、自分がどうにもできないことは、悩むだけ損なのですよ。

その無駄なエネルギーを、もっと建設的なと言うか、もっと自分が楽しくなるために使ったほうが良いのではないのかと、思いますね。

昨日は僕は、コルトレーンを堪能して、楽しかったですよ。楽しかっただけでなく、味わい深かったですよ。

ジャズとボサノバと沖縄民謡が好きだと他人には言っているのですが、今は家にいるときは、8割がジャズですね。で、あと1割がクラシックで、もう1割が、その他諸々。

で、そのように音楽でも、自分の好きなものを聴く。これは、100パーセント自分の自由。

自分の自由になることは、全部自分の好きなようにする。

だけど、自分がどうすることもできないものに関しては、あっさりとした気持ちで眺める。

そのようにして、足ることを知って毎日を暮らしていれば、まずそうそうストレスなどもなく、伸び伸びとやっていけます。

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