介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

コスパだけを考える人生はつまらない


コスパというのは大切ですが、コスパ至上主義になってしまうと、人生そのものを楽しめなくなる可能性もあります。

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たとえばですね、僕の知人に、お祭りなどで、子供に屋台のものを買い与えない、という持論を持っている人がいました。

お祭りなどの屋台というと、テキヤですが、彼らは、利益率の高いモノを売っています。

それは彼らにしてみれば当然で、雨の日もあるし、大量の売れ残りが発生することもあるし、不確定要素が大きいわけです。

そうしたリスクを抱えながらの商売なので、相当な利益を載せなければ、商売が成り立たないわけです。

で、そのコスパ至上主義の知人の考えだと、お祭りの屋台などはコスパ的には最悪なので、子供がどんなにねだっても買い与えないのだ、と。

僕は、これには、反対意見を述べました。

子供にとって、お祭りの屋台は、最高のワンダーランド。

そこで、いろいろとほしいものがあった場合、その中から何かを選ばせて、買い与えたほうが良い、と僕は思っています。

たとえコスパが悪かろうと、子供には思い出というお金には換算できないものが残るわけだし、いろいろなものの中から自分で選んだという責任感というか、自覚も芽生えるので、良い教育にもなると、思います。

それを、単にコスパが悪いからと、子供の要求を突っぱねるのは、良くない、と、そういったのですが、聞き入れてもらえませんでした。

まあ、僕の子供ではないので、その子の教育はその親であるその知人の範疇なので、それ以上は言いませんでしたけどね。

何でもかんでもコスパを持ち出すのは、かえって人生をつまらなくすると、僕は、思っています。

そういう意味では、長年のカルト宗教での散財も、コスパ的に言えば最悪なわけで、それでも、いい経験をしたと思えるのは、そのときは、それがベストの選択だと思って、自分で率先してやっていたことだから、です。

で、その散財があってこその今があるので、すべては無駄ではないし、良い勉強をしたと思っています。

コスパばかりを口にするその知人は、少しも幸せそうな顔をしていなかったことだけは、今でも、覚えています。

 

月6万円で生活するなら、国民年金ですら暮らせてしまう


あのですね、みんな、老後のお金の心配を、し過ぎなんです。

だって、月6万円生活ができるならば、国民年金でも暮らせるじゃないですか。

で、大半の人は、勤め人の経験があるわけだから、厚生年金もかけているのですよ。

であれば、国民年金の満額よりも、多い年金をもらえるわけでしょ。

だったら、問題ないのですよ。

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ただ、こんなお気楽なことが言えるのもおひとり様だから、ということも自覚しています。

僕の知り合いで、働かない息子を抱えている人がいますが、僕も、そのような立場だったら、こうもお気楽なことは言えません。

経済が、自分のコントロール下に置けているか否かが、決定的だと思うのですよ。

たとえ年金が10万円以下であっても、そのすべてが、自分の意志だけで収支が管理できるならば、という条件付きで言えば、老後のお金はそんなにかからない、ということ。

ただし、ドラ息子や働かない娘がいたり、金遣いの荒い伴侶がいたり、出来の悪い兄弟姉妹がいたりしたら、この限りではありませんよ。

そうした他者が、お金を奪い取っていきますからね。

これが所謂、家族を持つことのリスク、というやつですね。


僕は、人生の流れの中で今一人でいるので、その中で最大限の幸福を生きようとしているだけのこと。

家族がいた時は、そのときは親の介護をしていた時ですが、やはり、その中で、最大限の幸福を目指しました。

そう考えると、僕は、幸福の科学を辞めていますが、僕こそが、会員さんよりも、幸福を科学していたと、言えるかもしれません。

まあ、あんまり自惚れたことを言っていると足をすくわれますから、この辺にしますが、どんな環境に置かれても、その中で自分の持ち駒、を全部使って幸せになる決意、それが大事なのではないかと思う次第です。



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